第二十五話 王との面談2
リリィの叔父でありお義父様である王様に結婚の許可をもらいにきたつもりが、何故か謝罪された上に、法律の話をされ、さらに正式に私とリリィが結婚していることにしてもらえることになった。
私からまだ何もお願いしていないのに話が早すぎる。
「だが、勇者エレンという存在はすでに民の心に根付いている。彼は皆の希望としていまもあるのだ。あまり大っぴらに勇者が女であることを公表することは好ましくないことは理解してほしい」
「えっと、大丈夫です」
早すぎて感情が追い付かず言葉が出てこない私に、お義父様は眉をさげてそう言った。それを理解する頃にようやく気持ちも追いついてきた。
正式に私は女になり、女同士としてきちんとリリィと結婚できる。でもそれはあくまで書類上の話で、大々的にその話を公開することはできない。わかっている。それで十分すぎる。
と言うか、公表されても困る。これ以上私の人生に余計な波風はいらないし、今さら女扱いされたり、女らしくしろと言われると非常に困る。
ちゃんと私の気持ちを伝えよう。お義父様は十分なことをしてくれた。これ以上お義父様の手を煩わせるつもりはない。
「わかっているつもりです。今更女としてふるまうのも気恥ずかしいですし、抵抗がありますから」
そう言ってから、一度リリィを見る。賛同してくれるとは思うけど、リリィの気持ちも確認しておきたかった。
目を合わせたリリィは一度瞬きをしてから、ふっと微笑んで頷いて、私が握っているだけになっていた手に力を入れて握り返してくれた。それに私も頷き返してから、お義父様に向かって続ける。
「リリィと二人きりの時にエレナとしていられるなら十分です。勇者として目立つのは嬉しいことではありませんから、できるだけ静かに暮らしていきたいと思っています」
「ああ、安心しなさい。二人が望む限り、私は二人の穏やかな生活を全力で支援するつもりだ」
それにお義父様は穏やかな顔のままそう力強く言ってくれた。こんなに心強いことがあるだろうか。もちろん、何かしてもらうつもりはない。法律や書類上のこと以上に迷惑をかけることはしたくない。だけどその気持ちがとてもありがたい。
そう思ってから、そうだ、と思いだす。元々伝えようと思っていたことも、ちゃんと伝えないと。
「ありがとうございます。それとお義父様、改めてお伝えしたいことがあります。いいでしょうか?」
「、うむ。構わんぞ。何でも言ってみなさい」
急に言い出すのも変なので前置きしたら、変に意識させてしまったのか一瞬お義父様は動きを止めてから促してきた。まあ本当に一瞬のことなのでスルーしよう。
「はい。私は、リリィのことが好きです。リリィを愛しています。リリィと、結婚させてくださって、ありがとうございます。必ず幸せにします」
つい、リリィと結婚させてください、と言いそうになってしまってそう言いかえる。いやだからもう結婚しているんだよね。うーん、まだ恋人感覚なのでつい。
だけど気持ちは真剣だ。世界の誰よりリリィを思っている自信がある。だから安心してほしい。私と結婚させたこと、後悔させたりはしない。
私の言葉にお義父様は少し驚いたように瞬きしてから、ゆっくりと大げさなくらいに頷いてくれた。
「ああ、そうか。なによりだ」
「……御父様。私も、エレナの元に嫁がせてくださり、ありがとうございました。私は、幸せです」
私の手をひいて自分の膝にのせたリリィは気恥ずかしそうに頬を染めながらそう言った。大事なことだとは言え、やっぱり自分の身内に言うのは恥ずかしいよね。普段の恥じらいとはまたちょっと違っていて、リリィ可愛い。
「うむ……ああ、ほんとうに、よかった。姉上に顔向けができるというものだ。エレナ、リリィをよろしく頼む」
私がリリィの可愛さに内心にやつきそうなのを我慢していると、リリィの言葉を受けたお義父様は今までにないわかりやすいく感情に出して目を細めてどこか泣きそうになりながらそう言った。
「はい。お任せください。必ず、リリィを幸せにします」
「ああ、父として、頼んだ」
そう言って御義父様は笑った。その笑顔はどこか晴れ晴れとしていて、個人としての素を見せてくれたように思えた。
そして緊張もなくなったのでしばし建前にしていたお茶とお菓子を楽しみながら、久しぶりの親子の歓談を見守り、王との結婚後の初面談は終わった。
「さて、名残惜しいがそろそろ時間だ。私は仕事にもどるが、二人はゆっくりしてくれ」
「はい、また後で」
というわけでお義父様は出て行った。そしてそのまま私とリリィは宿泊用の別室に案内された。
さっきのはあくまでこっそり王様と非公式の面談なのであのたまたまバッティングしたという建前の為の部屋だ。実際に賓客の宿泊部屋は別にある。その部屋に行ってしまうとそこに王様が来ると会いに行ったとはっきりするからわざわざワンクッション必要だったらしい。
確かにベッドとかなかったけど、そこまで考えてなかった。なるほど。王族ってややこしいなぁ。あくまで領主になったリリィに婿入りの形でよかった。
「ふぅ。緊張したね」
「……本当に緊張してたの?」
客室とはいえ、複数の部屋で構成されている。お茶だけいれてもらって使用人にはさがってもらい、リビングのソファに並んで座りながら一息つくと、何故かリリィからは疑いの目を向けられた。
「え? いや、めちゃくちゃしてたよ? あんなに慰めてくれてたのに疑ってたの?」
「始まるまではしていたけど……普通にお父様、エレナとか呼び合うし、あの人の前で、あんな風に寄ってくるし」
「実際に義理の親子ではあるし……でも、まあ、ごめん」
どうやらあの軽く寄り掛かったスキンシップを思いのほか気にしていたらしい。いや、まあ、私でも気恥ずかしかったんだから、リリィはもっとか。でも手を握ってきたのはリリィからなのに。
「この後、夕食の席では他の人とも会うんだよね。えっと、全員の名前教えてもらってもいい?」
「いいけど、全員覚える必要はないわよ。お母様は離宮にいらっしゃるし、上の子三人は仕事で出ているから、末の二人だけだし。本人から自己紹介されるでしょうけど、デヴィットとエリザベスよ」
「デヴィットとエリザベスね。なるほど。覚えた」
末二人と言うと、確か成人したての第四王子と、五歳のお姫様だったはずだ。二人くらいなら余裕だ。元々リリィの口からたまに名前がでるから、愛称は覚えていたしね。これで一安心だ。
まあ、そもそも仮にも貴族として王族の名前くらい全員覚えておけということなのだけど。リリィは自分が王族だからかその辺は注意しないみたいだ。よかった。
「と言うか、王妃様は離宮? なにかあるの?」
「いえ、ただ妊娠しているだけよ。お母さまはつわりがひどいタイプだから」
「えっ」
えっと、一番上は私より上だったはず。いやでもうちの親よりは若いんだし、まあ、大丈夫なのか。
「ごめん、ちょっとびっくりしちゃった。そうだったんだ。おめでとうって伝えておいて」
「ありがとう。第五子でなれているとはいっても、結構高齢だから内緒にしておいてね」
「りょーかい」
ちょっとびっくりしたけど、御義父様は家族思いで情が深い人なんだろうなぁ。リリィが優しいのも納得だ。他の王族に会うのかってちょっと緊張したけど、大丈夫かも。リリィの家族なんだもんね。
「リリィ、私達も年をとっても仲良くしようね」
「……そうね」
「ん? あれ、誰か来るね」
「え?」
先輩夫婦として仲良し家族のお手本と言ってもいいのかもしれない。そう思って軽く言ったのだけど、何故か呆れたようにしてリリィはカップを取りながら相槌をうった。
それに声をかけるより先に、軽快な足音が聞こえて立ち上がる。普通の足音ならスルーするけど、走っているような足音だ。
何かあったのかな? リリィに片手をむけてそのまま座らせたまま、ドアに近寄る。その間にも外は何やら騒がしくなり、どん! とドアに何かがぶつかった音がした。
「お姉さまー! あーけーてー!」
「姫様! おやめください!」
一瞬警戒したけど、どうやら大丈夫だったらしい。どんどんとめちゃくちゃ乱暴にドアをたたきながらかけられた声に、私は肩の力を抜いた。
無理やり引きはがされてから、控えめにノックがされて末のお姫様、エリザベスの来訪と入室の許可を求める声がかけられた。
侍女を引き連れてやってきたエリザベスは、ドアが開くとぴょんと元気よくはいってきてから、めちゃくちゃ丁寧に貴族の礼をとって自己紹介をしてから、エリィと呼んでもよろしくてよ! と胸をはってくれた。
とりあえずこちらも自己紹介して、とりあえずお茶会をすることになった。もうお菓子の時間ではないので、本当にお茶だけだけど。
「お姉さま、遅いわ! 今日帰ってくるって聞いてたから、待ってたのに!」
「ごめんなさいね、エリィ。さっきまで御父様と大事なお話をしていたの」
「むー……」
エリィは不満そうにしながら、じろりと私を見てくる。なんだろう。もしかしてお姉ちゃんをとったと思われてるのかな? 一応私が義理の兄になることは理解していて、エレンお兄さまと呼んでくれることにはなったし、ここは私から歩み寄って見よう。
「エリィ、こちらから挨拶に行かなくてごめんね。来てくれてありがとう。会えて嬉しいよ」
「ん……エレンお兄さまは、お姉さまのこと、ちゃんと好き?」
「もちろん。大好きだよ」
「……お姉さまも、エレンお兄さまのこと好きなのね?」
「え、ええ。そうよ」
私の言葉に何故かさらに不満そうにし、戸惑いつつも頷いたリリィに、エリィはむーっと言いながらお茶を飲んだ。
「じゃー、しかたないから、結婚したのは許してあげますわ」
「ありがとう。リリィのこと幸せにするね。エリィはリリィと仲よしなんだよね。話は聞いてるよ」
「ほんと!?」
「うん、可愛い妹がいるって」
「んふー」
リリィのことがよほど好きなのか、そう言った途端わかりやすく笑顔になった。可愛い。お茶を飲み干してカップを置くと、どや顔になって席を立ち、しなりしなりと歩いて私の隣にやってくる。
「ふふん。エレンお兄さまも、わたしのこと、かわいがってもいいわよ」
「ほんと? ありがとう。じゃあどうしよう。高い高いとかする?」
「えっ? な、なにそれ」
なんか近づいてきたので、具体的に可愛がれと言うことなのかと思ったのでそう言うと不思議そうにされたので実演することにした。
高い高いと軽く三十センチくらい投げてあげると、ぽかんとしてから、もう一回もう一回と強請られた。
視界の端にいたお付きの侍女さんがなんだかはらはらして言いたげにしていたけど、さすがにこんなに小さな女の子を落とすわけないのに心配しすぎだ。安心してほしい。リリィを高い高いしても大丈夫なくらいには鍛えているんだから。
「エレンお兄さま、なかなかやるわね」
「ありがとう。お褒めにいただき恐悦至極。はい、リリィ」
「あ……お、お姉さま」
「エリィ、ほら、おいで。遠慮しなくてもいいわ」
「……でも、わたし、もうお姉さまになるしぃ?」
満足したようなのでリリィの隣に座らせるようにおろすと、何故か急に遠慮したようにもじもじしだした。リリィが促す様にそう言ってぽんと自分の膝を叩くと、嬉しそうにしながらも抵抗している。
どうやらお姉さまになるから、リリィに直接甘えるのが恥ずかしいらしい。私には可愛がっていいぞと言っていたけど、あれは逆に後からはいった新人への気遣い的なやつなのだろうか。
「可愛いエリィ、明日帰るからまた会えなくなってしまうのよ。可愛いあなたのお顔をよく見せてくれないかしら? お願い」
「ん。そ、そういうことなら、しかたないわね?」
エリィは恥ずかしそうにしながらちらちら周りの使用人や私を見てから、みんな笑顔なのを確認してからリリィの膝の上に頭を乗せた。
「いい子ね。私の手紙は読んでくれた?」
「読んでもらったわ! あのねー、お返事の練習もしてるのよ」
「まあ、嬉しいわ」
「んふふ」
エリィがソファの上に足をのっけてくつろぎだしたので、私はさっきまでエリィが座っていた向かいに座り、仲のいい姉妹のひと時をしばし見守った。こうして正面からお姉さんぶってるリリィを見るのも、たまにはいいな。




