第二十三話 王都へ
リリィと恋人になった。とても嬉しくて、その事実だけで胸がくすぐったいほどの喜びで、気持ちがふわふわと浮き上がるほど幸せを感じる。
だけど不思議なもので、今までは何気なくしていたリリィとの触れ合いがとても気恥ずかしくなって、恋人になってからの方が距離がひらいてしまった。
それでももちろん、離れがたいのは変わらなくて、毎日二人一緒に過ごした。それぞれの実家に手紙を送ったり、部屋でそれぞれ作業したり、のんびりおしゃべりしたり、時に街に出てぶらついたり。一緒に過ごすとそれだけで、心がそわそわするような喜びがあって、毎日とても楽しかった。
そんな風にしながら少しずつ距離をつめて、また前と同じように手をつないだり膝枕をしてもらえるようになるころには、季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。
暦の上では初夏だけど、うちは避暑地として人気なだけあってまだ涼しいくらいだ。と言うのを、領地をでてから実感する。地図上では近い王都だけど、一山超えてそれなりに気候の違いを感じられた。
「……そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
揺れる馬車の中、リリィはそっと私が自分の膝の上においていた私の手の上に重ねるようにして触れながら、そう慰めるように言った。
私の顔を覗き込んでくれるその、どこか心配したような微笑み。すこしひんやりしたリリィの手。ただそれだけで、体の底から力が湧いてきて、無駄な力が抜けていく。
とはいえ、リラックスして脱力できるわけもない。今回の王都訪問は、王と会って話をするためなのだから。
「ありがとう。でも、緊張するよ。そうでなくても、王様に会うって緊張するのに」
「そうなの? この前の謁見の間でのあなたは、とても堂々としていて緊張しているようには見えなかったけれど」
「まあ、旅をしていれば勇者のふりはうまくなったからね。でも今回は……」
言うなら、ものすごく今更だけどリリィをくださいと言いに結婚の挨拶をしに行くようなものだ。勇者としてでもまあ緊張するのに、緊張はする。当然する。
と言うか前回の謁見と続いてのパーティはまだ疲れが残っていた上での緊張状態であんまり記憶がないし。
その後も二回王様には会っているけど、自分のことを言いだそう言いだそうと思っているうちに言い出せなかったし……。いや、今ではその結果リリィと結婚してこうして幸せな生活なわけだけど。
王族専用の封印をした手紙で私のことはすでに伝えてもらっている。それに対して一度直接お話したいということで、王様の都合に合わせて現在向かっているところだ。
馬車はもう王都に入っているし、すぐに王城前について、お昼はすでにすぎていて、おやつの時間に休憩がてら王様と一緒にお話しすることになっている。その後、夕食を王様一家と共にして宿泊の予定だ。
はー……晩御飯の後に話をするくらいでも全然いいんだけどなぁ。
「もう着くわ。大丈夫?」
「……うん。大丈夫。気持ちを切り替えるよ。リリィ以外の前で、情けない姿は見せられないからね」
リリィが心配そうにそう言ってくれるので、私はその手を握り返してそう答える。
ここを出れば二人きりではないし、まして家の中でもない。勇者として見られているんだ。王様へ個人的な話をする時以外は、ちゃんと勇者をしないと。それが私の使命だ。
馬車が停車して声を掛けられるまでじっとリリィの顔を見つめることで、徐々に照れてはにかむリリィの可愛さを堪能して、私はこの生活を守るための気合をいれて気持ちを切り替えた。
馬車はすでに王城内に入っているけれどそれほど奥まで馬車ではいれるわけがない。入ってすぐに停車して乗り降りする場所があるのでそこで降ろされるのだ。
案内されるまま馬車をおりる。先に降りてリリィをエスコートして馬車を降りると、ちらちらと通路を通っている王城関係者から視線が集まるのを自覚する。
王城は王が住む住居部分だけではなく、たくさんの施設で構成されている。大きな囲いの中に入っても、その中は広く国営の施設がたくさんあり、ここで働く関係者もかなり多い。
「お待ちしておりました」
と大仰に待ち構えていた使用人たちに迎えられた。さすがに勇者としての時ほど派手ではないけれど、お姫様のご帰宅とあって結構な人数だ。その中でも見覚えのある、確か王様のお付きの一人だった人が中心にいて案内してくれるようだ。
簡潔に挨拶をすませて私たちを誘導してくれる。いや、執事だったか。一回王様から教えてもらったはずなので聞けない。
正直に言って、付き人とか執事とかの役職とか上下関係とかがいまいちわからないのもあって、余計に覚えられなくなっている気がする。
いや、一応習ったはずけど、形ばかりの領主で実践することないし、旅の間に貴族として習ったことって必要ないからどんどん忘れていくから。
とにかく初老の使用人の案内で見覚えのある客室に通された。室内に侍女が残ろうとしてくれたけど、落ち着かないので出てもらう。用事がある時はベルを鳴らせばいいのだから、いちいち室内に残ろうとしないでほしい。
二人きりになれたので、用意されたお茶を一口のんで気持ちを落ち着ける。もうすぐだと思うと緊張しそうだけど、今からがちがちになっていても持たない。いったんリラックスしないと。
「ふぅ……冷静に考えて、おやつ食べながらの席で重い話をするのって美味しくなさそう」
「そうはいっても、王が丸一日休憩をとろうと思ったら事前調整が大変だもの。それに長時間話ができる時間があるより、短時間しかない方が多少気も楽になるんじゃないかしら?」
「それは確かに……」
夕食も食べたし夜通しお話できるよ、と言われても非常に困るところだ。
それに私はのんびり過ごさせてもらっているけど、ひどい被害にあったところはまだまだ復興中で、支援も必要だったり、王様の仕事はいくらでもあるだろう。
ううん、そう考えると非常に申し訳ない気がしてくる。
「と言うか無理に食べる必要もないわ」
「上位の人がだしたものに一口も手を付けないのは失礼でしょ」
「いや、あなたの方が上位でしょう」
「え? 王様だよ?」
一領主としての立場もだし、義理の娘婿なんだから私のとっても義理の父だし、上なわけがない。まあ身内枠とは言えるからそこまで気にしなくてもいいのかもしれないけど、気を紛らわせる冗談にしても上は言い過ぎだろう。
と思わず普通に首を傾げてしまう私に、何故かリリィは呆れたような顔をしてくる。
「あなたが望めば、今すぐにでもその王冠をいただける立場だという自覚がないわね」
「えぇ……だとしても、いただいてないから下でしょ。リリィは自分の叔父さん、というか父親だから軽口が言えるんだよ」
「まあ、御父様と呼びはするけれど」
呼びはするけれどって言い方に微妙な距離感がうかがえるな。内心父とは思っていないと言う? いや、実際に叔父なんだからそうだろうけど。
「そう言えば、リリィのお母さまのお墓参りもしてないね。この王城にあるのかな?」
「ああ……ええ。この国の王族専用のお墓にいれさせてもらっているわ。そう言えばあなたと私のお墓はどうなるのかしら。あの領地にはないし、新しく作らないと駄目ね」
「あっ、そう言えばそうか」
自分の死後を深く考えたことはないけど、無意識に先祖代々のお墓にはいるものという気持ちでいた。でも冷静に考えて今の私は実家を出た人間。今までまいってきた先祖の墓には入れない。そして領地としての領主は代々王族だったので死後も王都の王族の墓に入っていただろう。
えー、自分で新しくお墓を考えないといけないのか。それは……ちょっと面白そうかも。平民は代々続くお墓がなかったり、そもそも共同墓地だったりする。開拓村では自分たちが初代だったりするので、自分たちで好きなものを墓標にしたりして結構自由だったりする。
「えー、どんなお墓がいいかな」
「どんな……? そうね、場所や規模、素材もそれなりに大事だものね」
「あー、素材か。あんまり長く残っても恥ずかしいから木材がいいかな?」
「も、木材? 私が言ったのはどのような鉱物にするかと言うことなのだけど。あなたの石像も作られる予定だし、一緒に飾るのがいいんじゃないかしら」
「うっ……」
すっかり忘れていたけれど、そう言えば魔王討伐を記念して、全員分の石像がつくられているんだった。王族専任の職人が鋭意制作中なんだった。嫌すぎて忘れていた。
「いや、でも、あれってどこに飾るか決まってるんじゃ?」
「当初は王都の中心に飾る予定だったようだけど、それはエレナが嫌がったのよね? それぞれ故郷とか関係由来の地に置く方向で検討しているはずだけど」
「そうだったんだ……」
確かに嫌がった気がする。だって王都の中心にある広場のど真ん中、現在数十年前の偉い芸術家がつくった謎のオブジェを退けてそれを飾るとか言われたら、そりゃあ嫌でしょ。
思わずそれはちょっとって言ちゃったけど、それに対して特にその場では変えるとかと言う話にもなってなかったけど、そうなっていたのか。終わったあの時期は色々あったしすっかり忘れていた。
「まあ、詳しくは実際に出来上がってからね。大きさもあるから、かなり時間が必要だもの」
「うーん……」
まあ、それは置いておこう。いますぐ考えても仕方ないし。雑談で緊張もほぐれたし、今は目の前のことから考えていこう。
「いったん、それはできてから考えるとして、そろそろ時間かな? 王様の休憩室か応接間に移動するんだろうけど、どの辺になるのかな?」
「どうかしら。休憩時間に会うこと自体が、かなり身内枠で正式な謁見でもないし、直接ここに来られる可能性もあるわね」
「え、じゃあ急に来る可能性もあるの?」
雑談ですっかり緊張から解放されていたのだけど、そう言われてまた緊張が戻ってきてしまった。ドアをノックされて心の準備ができる前に王様が入ってくる可能性があるのか。
「そうだけど、何度も言うけど、悪いようにはならないわ。落ち着いて」
「う、うん」
「大丈夫。私がいるわ。そうでしょう?」
「……うん。ありがとう」
私にはリリィがいる。だからこそ安心できるのだけど、でも、だからこそ、リリィに大いに関係する王様と会うのが緊張するんだよねぇ。今まで以上に友好関係を維持する必要があるわけだし。
そう思いながらもう一口お茶を飲み、カップを置く。それとほぼ同時に、ノックがされて私は背筋を伸ばした。




