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あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第一章 結婚

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第二十二話 閑話 勇者様とその御一行 聖女視点

 初夏らしい透けるような青空の中、汚れ一つないウエディングドレスに身を包んだ女性が、私の孫と幸せそうに仲間たちに囲まれている。今日は私の一番年下の孫の結婚式だ。


「ジェーン、ここにいたのかい」


 魔王を倒したので聖女も引退したかったのだけど、平和になったことで起こった結婚ラッシュに引っ張りだこだった。今日ようやく孫の番が回ってきて、これでひと段落。さすがに聖女を引退しても許されるだろう。

 と二次会をしている庭を見下ろす自宅の二階の部屋でぼんやりやり切った達成感に浸っていると、私の夫であるマーティンがやってきた。


「あんたこそどこに行ってたんだい? もう仕事は終わったんだから、あとは飲み食いするだけじゃないか」

「そうはいかないよ。まったく、いくつになっても破天荒なんだから」

「貴族の婚姻じゃないんだから、細かいことはいいじゃないか。ほれ、あんたも飲みな」

「はいはい……」


 私は元々地方の農民の娘だった。貧乏ではないけど、本当にどこにでもいる普通の娘だった。それがひょんなことから魔力が多くて回復魔法にめちゃくちゃ適性があることがわかり、当時ちょうど人手不足だった聖女へと祭り上げられてしまった。

 最初からなにくれと私の世話をしてくれた旦那と出会えたのはいいけれど、それなりに苦労も多く我ながら波乱万丈な人生を送ってきたと思う。


 魔力が多い私は人より老けるのが遅くて、これでも魔王討伐の旅に出るまでは30代に見えると噂の50代孫持ちだったのだけど、今では60を超えて今の見た目年齢は40はいっているだろう。いやまだ40前半くらいだと思いたいけれど。

 そもそも私が聖女になった時も、時代的に魔王がでてくるより上の世代なので、魔王討伐する聖女の親になるだろうと思われていた。なのに蓋を開けてみれば現在も現役で聖女をしている私の娘たちも私ほどの力の持ち主は一人もいなかった。

 死ぬ可能性もある危険な旅に、まだ未成年の子がいる娘をいかせるわけにもいかず、私は自分から望んで魔王討伐の旅に同行することになった。

 死ぬときは一緒だと旦那がついてきてくれることになった時は惚れ直したものだ。


 あれから五年。五体満足で帰ってこれて、その間に生まれたひ孫の顔も見れた。手がかかるわんぱく坊主で、私が一番心配していた孫も今日結婚した。もういつ死んでも迷わず成仏するだろう。


「はぁ。あのやんちゃだったケビンが結婚かぁ。僕らも年をとるはずだね」

「年寄り染みたことを言うんじゃないよ。気持ちが老けちまうじゃないか」

「最近はもっぱら引退が口癖のくせに……」

「いいんだよ、勇者様だって引退しただろう」

「それはそうだけど……。エレンは元気にしているかなぁ」

「……だねぇ」


 マーティンの言葉に、私は勇者様のことを思い出していた。あの子は、孫より年下の子供だった。

 その話は聞いてはいたけど、勇者様だと言うからてっきり体の大きな益荒男かと思っていたけれど、実際には私とそう背丈の変わらない少年だった。

 いや、正確には少女だった、だけど。エレンは女の子だった。本人はばれているとは気づいていないけど、間違いない。


「あの時はどこに耳があるかわからないから聞けなかったけど、貴族では性別を偽るのもよくあることなのかい?」

「いやぁ、僕はしょせん子爵家の四男だし、子供の時から教会に入ると決まっていた身だからねぇ」


 旦那は元貴族だ。だから聞いてみたけど、答えになってないものが帰ってきた。教会に所属するにあたり貴族籍は返上するのは通例なので、教会内部に貴族はいない。と言うのが事実ではあるけど、問題があって絶縁したわけではない実家の影響は大きいので、教会内部もそれなりに階級社会だ。

 私も聖女とはいえ、超然とした権力があるわけではない。しがらみがなく絶対的に何を言っても安心な人なんてめったにいないし、そもそも勇者のトップシークレットだろう。あまり他の人に聞くわけにもいかない。


「でも、結婚なんかして……王様はもちろん、全部ご存じなんだろうね?」

「さぁねぇ。エレン君は案外先延ばしにするタイプだし、意外と土壇場まで言っていない可能性もあると思うけど」

「うーん、そう言えば、そうだねぇ」


 そもそも性別だって最後まで言わないままだった。言葉で確認しなかったけど、私以外にも気が付いていただろう。五年も一緒にあんな旅をしてばれない方が無理がある。なかなか言い出せない性格だったのだろう。

 普段一緒に過ごす分には、素直でおおらかで気のいい若者だった。だからこそ私も心配であれこれ世話を焼いたものだ。


 最初に会った時を思い出す。頼りない、どこにでも、はいなくても線の細い美少年と言う感じだった。

 本当にこんな子が勇者として魔王を倒せるのかと疑問に思った。一応鍛えてはいて、剣をふる姿も様にはなっていたし体力もあったけれど、同じく同行している王宮直属の騎士副団長、および団員の三人と比べたらまさに大人と子供だった。

 本人もそれは自覚していたのか、表情は気を張っていてもその瞳はどこか不安げだったのを覚えている。そんなエレンのことをみんなで見守っていた。

 魔女のエミリーはエレンの次に若く、最初こそエレンの頼りなさや接触しないよう距離をとっていたエレンの態度に怒ることも多かったけれど、少しずつ仲よくしていたようだった。

 エミリーの師匠と共に、八人での旅は順調、とはいいがたいものだった。魔王がどこにいるかの情報はなにもない。勇者が感じる魔の気配は近くにる強い魔物と見分けがつかないので、とにかくかたっぱしから魔物退治をしてまわる。間に合ったものもあるけれど、全てを助けられるわけではない。

 たった五年で魔王を倒せたのだ。勇者として十分な働きだろう。それでも失ったものをなかったことにはできない。そのひとつひとつを忘れない勇者様だった。

 そんなエレンだから、きっと勇者なのだろう。だけどそんな美点も、もめ事を起こしたくない、ことなかれ主義と言う欠点になる時もあった。


「ふっ、ふふふ」

「ん? どうしたんだい?」

「いやぁ。なに、ちょっとあの子が盗み食いした時のことを思い出しただけさ」

「ああ、いや、盗み食いと言ったら可哀そうだろう」


 エレンの荷物にエミリーが大事に食べていたチョコレートが混入し、自分の分はとっくに食べ終わっていたのにまだあったのかと勘違いしたエレンが食べてしまってから始まった犯人捜し。

 あの時は明らかに顔色を変えながらも、エミリーがこんな信用できない泥棒がいるパーティを組んでいられないとキレるまで黙っていた。

 エレンの弁明にエミリーが鞄を間違っていれてしまったと判明したが、一度キレてしまったものだからエミリーも引けずに、全員で仲裁をして今度エミリーにチョコパフェを好きなだけ食べさせてあげると言う約束をしてなんとかしたのだ。

 チョコレートは相当なぜいたく品で、流通がきちんとしていなければ作ることはできない。当時は結構な貴重品になっていて、そんな中で珍しく手に入ったチョコ菓子だったので、すぐに買うこともできずそんな結果になった。


「そう言えば、パーティの時にもあの子はパフェを食べていたね」

「ああ、甘いものが本当に好きなんだろうねぇ」


 全部が終わった後、パーティが解散する直前の王家が主催してくれたパーティでエミリーは一人がつがつとデザートを食べていて、その中にはチョコレートパフェもあったはずだ。

 あのパーティは形式的にも必要なもので、正直エレンも含めてみんな気を使っていたので、一番自由に楽しんでいたのはエミリーだろう。


「でも思えば、あの時にはもう結婚の話がでていたんだろうね。あの子の顔色はあまりよくなかったし」

「そうかもしれないね。今思えば、あまり元気がなかった気がするし。疲れもあるし、肩の荷が下りたのかと思ってあまり気にしていなかったよ」

「それは私もだよ。悪いことしたかねぇ。あの子の性格はだいたいわかってたんだから、一声かけてあげればよかったね」


 勇者は世界で唯一、魔王に勝てる存在だ。どんなに強い人でも、ただそれだけでは勝てない。どんなに鍛えていても武器も防具もない人間がたった一人で、山のように大きなドラゴンに勝つことはできないだろう。それと同じだ。

 勇者は神に選ばれ、魔王を倒すための力を与えられた。予言のように勇者が直接言われたわけでも、名前があるわけでもない。だけど過去の記録からなんとなくこういうものだろうと言う仮説はある。

 その力は、守りたいものを守る力。誰かを守りたいと思えば思うほど、その力が強くなる。そう言うものだろうと言われている。


 それでも最初は、少し剣ができるだけの小柄な少年に、本当にそんなことができるのか。きっと不安に思ったのは私だけではないだろう。

 だけど各地を回って魔物と戦い守るべき人を見て、民の一人一人を知るほどに、エレンはその力を増していった。ほんのわずかに出会った人々、会うことすらできなかった人々、それらがエレンに力を与えた。

 きっと、勇者と言うのは力や技術があって強いから選ばれるのではない。その心が強いから選ばれたのだ。誰かを守ろうと思える強さ、自分が立ち向かえる強さ、恐くても自分が前に出られる強さ。どんなにつらい時も人を思える優しさ、誰もが恐怖する場面で誰より先に一歩踏み出せる勇気、そう言った強さがエレンにはあった。


 エレンは強くなった。魔王を倒したからとその力はなくなるものでもない。今のエレンは変わらず世界で一番強いのだろう。そんなエレンを心配する必要なんてないのかもしれない。それでも、つい心配になる。

 強いからこそ、自分のことは後回しにしてしまうところがあった。自分がひどい目にあったのに、あんなに苦しんだのに、何も知らない人が何も知らないまま笑っているだけで喜ぶような子だった。


 本当に、きっと適性が違えば私より聖女が似合う子だっただろう。だけどそれはけして、エレンの幸せな人生を保証するものではない。自己犠牲なんて日常には必要ない。

 結婚生活は問題ないのか。お姫様とはうまくやれているのか。きちんと話せているのか。我慢ばかりしていないか。そんな風に親目線、いやなんなら祖母目線になってしまう。


「落ち着いたら、一度訪ねてみようか? まずは手紙でもだしてみるのがいいんじゃないかな」

「お、いいねぇ。……うん、そうしてみようか」


 一番心配していた孫が結婚して幸せの絶頂なのを確認した今、私は不器用な勇者様に思いをはせるのだった。


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― 新着の感想 ―
聖女さまはお婆ちゃん!素敵 勇者ちゃん視点だと隠し事のせいでパーティメンバーとも距離があったようでしたが実はバレていて見守られていたとは 心配もかけていたみたいだしこれは幸せにならないとね 聖女さまに…
再開、お待ちしてました! 聖女さまの登場にも驚きましたが…バレてましたよエレナさん! お婆さん目線なのがホッコリしました
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