第二十話 告白2
絵を完成させて、リリィの手を取って告白した。伝わっていなかったみたいだからちゃんと、リリィに恋をしていると。リリィは私をそんな目で見ていないのはわかっているし無理をさせる気はないけど、気持ちを知っておいてほしいだけだとしっかり説明した。
だけどそんな私の告白に、驚いたり戸惑ったりしていたリリィだけど、何故かこう言いだした。そんなことないわ、と。
「えっと、そんなことない、って言うのは?」
「……ふぅ。エレナ、あなたは何もわかってないわ」
「何のこと?」
尋ねるとリリィは大きく息をついてから優しく微笑みながらも真面目な雰囲気でそう言った。どうして告白して駄目だしされているんだろう。言い方がよくなかったかな? リリィの好みの告白方法が別にあるなら、それでやりなおしてもいいけど。
「あのね……私も、あなたが好きよ」
「え……えっ!? そ、それって……恋愛感情と言う意味で?」
首を傾げる私に、リリィは顔を真っ赤にしながらそう言った。とてもまっすぐな言葉なのに、そんなわけはないと思っていたので私は思わず確認してしまっていた。
リリィに告白が通じていなかったのも当然だ。想像もしていないことを言われたら、そんなわけがない気がしてしまうのだ。
私の告白からの返事なのでそうじゃないわけがないのにしてしまう間抜けな私の問いかけに、リリィはくすっと笑って、私の両手をリリィも両手でつかんで、胸の前に持ち上げてぎゅっと握り返してくれた。
そしてリリィは驚く私に、さっきと逆みたいに微笑んで教えてくれた。
「……そうよ。あなたは本当に、自分の魅力がわかってないわ。子供っぽくて可愛いところも、頼りになって格好いいところも、まぶしいくらい自由なところも、全部素敵よ。あなたと夫婦になって、好きにならないわけがないわ」
「そっ……そ、そう、なんだ」
今度は私が耳まで真っ赤になる番だった。ストレートに言われて、リリィが本心から私のことが大好きなんだと伝わってきて、無性に恥ずかしくなってしまった。
だって、私が一方的に好きなんだと思っていた。リリィは大人の余裕で受け止めてくれるけど、リリィが私を好きになるなんてのはもっとずっと先の話だと思っていたから。リリィが私のことを好きだったなんて。そう思うだけで、なんだかものすごく恥ずかしい。
と言うか、え? リリィが私を好きで、両思いと言うことは。
「じゃあ、その……これから、こ、恋人、でいいのかな?」
「こ、恋人……。そ、そうね? すでに夫婦なのだし、恋人になると言うのも不自然な気もするのだけど……エレナがそれがいいなら、構わないわよ」
これ以上熱くなるのかと言うくらい体温が上がるのを感じながらもそう質問すると、リリィも同じように真っ赤になって視線を一回り泳がせてから、ややうつむき気味になってちらちらと私を上目遣いで見ながらそう答えてくれた。
こ、恋人。リリィと恋人。両思いになって恋人になるなんて、考えてなかった。いや、そうなれたらいいなーとは思っていたけど、もっと先の話だと思っていたから具体的に考えてなかったし。
「あ、ありがとう、リリィ。じゃあ、恋人になって、ほしいです」
「え、ええ。それなら、今から、恋人、ね?」
「う、うん……」
ぎこちない会話でなんとか恋人になると言う言質をもらえたものの、次にどうすればいいのかわからない。恋人になれて嬉しいのはもちろんだけど、ここからどうすれば?
リリィも恥じらいながら戸惑っているようで、とても可愛らしい。抱きしめたい。いやでも、恋人になっていきなり抱きしめるのはちょっと破廉恥では?
いやそれを言ったらさんざん抱きしめてきたけど。あ、なんだかものすごく恥ずかしくなってきた。駄目だ。一回離れて冷静になろう。
「えっと、それじゃあ……」
お茶でも飲もうと言おうと私はそっとリリィの手を離して、でもなんだか、急に寂しくなってしまう。
「隣、座ってもいいかな? その、とりあえずお茶でも飲んで落ち着きたいし」
「そう、ね。もちろん、構わないわ」
「ありがと」
リリィの了解をもらったので、改めて片手を差し出す。一瞬きょとんとしてから、リリィははにかみながら私の手をとってくれた。手をつないでリリィの方のソファに移動して隣り合って座ってから手を離す。
手を伸ばしてお茶をお代わりする。元々メイドにはある程度用意してもらってから部屋を出てもらっているので、ポットの中にはまだまだ残っている。
「はぁ……」
もうすっかり冷めているお茶を一口のんでいつのまにか乾いていた喉をうるおし一息つく。視界の真ん中からリリィがいなくなったのもあり、ドキドキしていた心臓も落ち着いてきた。
ちらっとリリィを見る。隣のリリィは俯いていて、髪の隙間から見える耳はまだかすかに赤みがかっている。
ああ、可愛いなぁ。私と恋人になったことで、まだそんなにも動揺してくれているんだ。嬉しい。
私はそっと、リリィに軽くもたれてその肩に頭をのせる。リリィの髪が触れて、いい匂いがする。恋人に甘えていると思うといつもより気恥ずかしいけど、いつもより、幸せな気分になる。
目を閉じて、ゆっくり呼吸をしてからまた顔をあげて、リリィの顔を見ないまま声をかける。
「ちょっとは落ち着いた、かな。リリィも大丈夫?」
「……落ち着けないわよ」
と私が人心地ついている横で振り向いたリリィがジト目で文句を言ってきた。顔の赤みもだいぶ引いているけど、どうやらまだ照れが残っているらしい。
でも私のことが好きで恋人になれた照れが残っているのが気恥ずかしくてジト目になっていると思うと、不満顔も可愛いしかない。
「ふふ、可愛いね、リリィ」
「ま、またそうやって」
「いいでしょ、恋人になったんだから。私も浮かれてるんだから多めに見てほしいな」
多少落ち着いたとは言っても、まだ全然ドキドキしているし、リリィと恋人になったなんて夢みたいだと思っているし、なんならちょっと夢の可能性があるとすら感じている。
そんな私の態度がご不満の様で、リリィは唇を尖らせて上目遣いになる。
「……ずるいわ。年下のくせに、余裕ぶって」
「全然余裕なんかじゃないよ。誰かを好きになるのも初めてだから」
「それは……私も、そうよ」
「え、そうなの?」
何もかも、リリィが初めてだ。だからこそやり方なんてわからないから、迷ったりして我ながら若干遠回りして時間をかけたと思っている。
初恋だから言動が多少おかしくても、浮かれてのことだから多めに見てほしい。というつもりで言ったら、まさかのリリィも初恋だと言う。さすがにびっくりだ。
「……なにか文句でも?」
「いやいや、そうじゃないし、嬉しいけど」
私は性別のことがあって結婚するつもりもなかったし、家族以外の人と近い距離になることを避けていたから、恋ができるような心理的に親しい相手と言うのがそもそもいなかった。
でもリリィにはそう言う制限はなかったのだし、私より年上だし、お姫様なので恋愛経験があるとは思わないし恋人は私が最初だとは思うけど、初恋はあっても全然おかしくはないはずだ。
ということを丁寧に説明すると、リリィは納得はしてくれたけどでも納得できない、みたいな複雑そうな顔になった。
「それは……エレナの立場と比べたらそうかもしれないけれど、私だって、そんな簡単に親しい人なんてできないのだから。あなたと同じよ」
「そっか。うーん、ふふ。ごめんね。喜んじゃうや」
親しい人がいないと言う悲しい告白なのであれだけど、でもリリィの初恋相手が私なんて、光栄すぎる。それにさすがにいたとして嫉妬を表にだすつもりはなかったけど、実際にいなくて私が最初となると、うん、嬉しい。
「……いえ、まあ、それは、私も同じだけど」
「ぇへへ、うん。リリィと結婚出来たこと、王様に感謝しないとね」
結婚式をあげるまではとんだことになってしまったと王様を恨めしく思ったりもしたけれど、今となっては本当に感謝しかない。リリィをここまで育ててくれて、私のお嫁さんにしてくれた。本当に、魔王を倒した褒美としてこれ以上ないものだ。
「そうね。また手紙でも送ろうかしら」
「ああ、そうだね。私も一緒にいれてほしいけど、私から手紙を書いても失礼にならないかな」
「義理とは言っても、あなたの親でもあるのだから、手紙を書くくらいで失礼になるわけないでしょう。あなたのことを気に入っていたもの。個別で手紙を書いた方が喜ぶかもしれないわよ」
「えー……それはちょっと面倒、かな」
手紙と言うのは書き方が決まっている。きちんとした挨拶を決まった型から選んで、〆まで気を抜けない。言い回しが少し違えば失礼になってしまうことがある。比喩表現も決まっていて、あまりストレートな物言いは嫌われるとか。うーん、めんどくさい。
一応習ったけど誰にも公式に送ったことはない。リリィが送るのにこそっと一枚いれさせてもらうだけならそこまで格式張っていなくてもいいかと思ったのだけど。
「あなたね……一応聞くけれど、あなたのご両親とはちゃんと連絡は取っているのかしら? 仲が悪いとは聞いていないけれど」
「仲は悪くないよ。家族のことは好きだし。でも連絡は、結婚式の日以来とってないね」
不自由だったり制限のある生活だったけど、別に家族が悪いわけじゃない。貴族に生まれた以上、領を存続させる責任があるのだから、その為に多少犠牲になるのは仕方ないことだ。
むしろかなり気を使われていて、家の中では自由にさせてもらっていたと思っている。まあ、気を使われているのは子供心にもわかるので、どうしても折に触れて気まずいところはあった。
なのであまり長時間一緒にいることは避けていたし、積極的に交流をしようという気にはなれない。まあ、改めて考えると今どうしているか知りたい気持ちはあるけど。
旅から帰って王様に挨拶してから家に戻った最初は泣いて喜んでくれたし、すでに決まっていた結婚についても一緒に謝ると言ってくれた。さすがに私のせいでここまで進んだ話を親のせいにはできないから断ったけど。
そのせいで余計に心理的に距離ができた気がしないでもない。でも確かに、そうだ。あんなに心配してくれていたのだから、この結婚は正解だったと教えてあげないと今も心配しているかもしれない。
そう思うと急に申し訳なくなってきた。
「そうだね、私の家には手紙を書いておくよ。でもそれはそれとして、一人で王に手紙を書くのはちょっと……単純になれていない手紙を王に書くなんて恐れ多いよ」
「気にすることはないと思うけど、そうまで言うなら、手紙はそれでいいわ。エレナがいいなら手紙の内容も確認してあげるわ」
「それは助かるよ。リリィなら手紙の作法も完璧だろうし」
「完璧と言われると抵抗があるけれど、なれてはいるわね」
今後の話をしたことでリリィも落ち着いてきたようで、すっかりいつもの頼りになるお姉さんになった。
よかった。さっきの可愛いリリィもいいけど、あんまり固まられると私も緊張しちゃうしね。
「いずれは、あなたの実家にも挨拶に行きたいわね」
「えぇ……なんかそれは、ちょっと恥ずかしいよ」
と答えながらも、リリィが私の恋人として意識して行動しようとしているのはなんともくすぐったい喜びがあるので、結局全部言われた通りになってしまうだろうな、と予感していた。




