第十九話 告白
翌日から私はばりばり絵を描いていった。リリィにちゃんと告白をすると言っても、それで恋人になってほしいというわけじゃない。すでに夫婦だし、それをお願いしてしまうと、きっとリリィは気を使ってしまうだろう。
だからあくまで私は好きというだけだ。とはいえ、いずれは同じ気持ちになりたいとは思うのだけど。そこは焦るつもりはない。
ただまあ、ちゃんとした告白を一度はしておきたい。今後リリィもそう言う風に思ってくれるようになったとして、私から告白をちゃんとしたかどうかは重要だろう。多分。きっと。
というわけでリリィの部屋を訪れて、湖畔の時と同じように向かい合って作業している。
下塗りも終わり、細かいところの仕上げにはいっているところだ。二日頑張ったので今日にも完成するだろう。
とはいえ、今日で帰ってから四日連続で部屋を訪ねていることになる。快く入れてくれて昨日と同じように刺繍をはじめているけど、大丈夫かな? と少し気になる。
「リリィ、毎日部屋を訪ねてるけど、迷惑じゃない? たまには一人でゆっくりしたいとかない?」
「迷惑だったら断っているわ。それに午後だけじゃない」
丸一日体を動かさないと体が訛るので、午前中はトレーニングをするのを日課にした。そのほうが午後に集中できる気もする。
でも午後と言うか、お昼を一緒に食べてそれから夕食まで一緒で、そのあとは各自お風呂にはいって寝室なので、一日の四分の三は一緒にいる。
私は楽しいし、リリィも悪く思ってはいないとは思うけど、さすがに毎日だと息苦しいと感じないかなと多少は心配だ。
「そうだけど、目の前で私が絵を描くことで、リリィも刺繍をしなきゃってなって強制してたら申し訳ないなって思って。もちろん楽しみだけど、無理しなくていいからね? 気を使わないでよ?」
「ふふ。それこそ、気の使いすぎよ。私はエレナと同じ部屋で過ごすのは嫌いじゃないし、刺繍も好きでやっていることよ」
「ならいいけど。不満があったらいつでも言ってね」
笑い飛ばす様に軽く言ってくれたけれど、それすら気遣いではないか。今はそうでも、後々気分が違うなって時にちゃんと言ってくれるか。リリィは優しいから、そう言う時は言ってくれるようにちょっとくどいと思われるとしても、念押しをしておきたい。
「そうねぇ。不満があるとするなら……いえ、まあ」
「あ、なになに? 何でも言ってよ」
私の念押しに嫌な顔をするでもなく頷いたリリィだけど、思いついたことを言うように顔をあげてから、また手元に視線をやってしまった。なので私は筆をおいてキャンバスの横から顔を出してリリィを覗き込むようにして明るい声で促した。
「別に、不満と言うほどでもないのだけど……」
「不満じゃなくて要望とかでもいいよ。私もリリィに色々してもらってるんだから」
「……昨日も、膝枕はしなかったわね」
「え……」
予想外の言葉に、一瞬返事がでてこない。膝枕? あの擬き、確かにリリィも甘えられるのは悪い気分じゃないとは言っていたけど、むしろリリィ的には積極的に甘えられたいってこと?
「そ、それじゃあ、おやつ休憩のあとに、お願いしてもいいかな?」
「別に、無理にしてもらいたいわけではないわ。少しだけ、思っただけよ」
「いや、無理とかではなくて……その、絵を描きたかっただけで、リリィの膝枕に飽きたとかじゃないし、その、できるなら毎日してほしいくらいだし」
「ふふっ。ふふふ。そんなに必死に言わなくてもいいわよ」
ちょっとすねたようなリリィの言い方に、今日は駄目と言われるかと思って言い訳みたいになってしまった。そんな私に、リリィは噴き出す様に笑った。
「う……笑わないでよ。リリィが言い出したのに」
「ふふふ。ごめんなさい。そうね。いつでもいいわよ」
「うん。もうちょっとでできるから。待っててね」
「ふふっ。ええ、待っているわね」
笑われてしまった。自分が膝枕してもらうのに今の言い方は、ちょっと子供っぽかったかもしれない。うーん、つい、リリィに対しては何も考えないで話してしまう。まあいいか。リリィは笑ってくれてるんだから。
私は改めて筆をとった。自分は目を閉じているようにして仕上げる。最後がリリィだ。リリィの表情は重要だ。これがうまくできなければ、告白のプレゼントになんて無理だ。
髪の色にもこだわったけど、リリィの一番の魅力はやっぱり表情だ。あの柔らかい笑みが、一番好きだ。
「……うん、できた」
「あら、できたのね」
仕上げをしてじっくりと全体を確認して、達成感から頷いてそう独り言ちた私に、リリィがぱっしと表情を明るくして顔をあげた。そしてどこかうきうきした様子で立ち上がり、私の隣にやってきた。
私はソファの端に座ってテーブルのすぐ横にキャンバスを立てているので、少しだけ角度を変えてリリィが正面から見えるようにする。
「どうかな? 自分では結構よく描けたと思ってるんだけど」
私の問いかけにリリィは軽く腰を曲げてまじまじと笑顔で見てから、うんと頷いてはにかんだような可愛らしい笑顔を私に向ける。
「いいじゃない。とても……ええ、いいわ。あなたからみて、私、こう見えるのね。最初のもよかったけど、これはなんだか……ええ、とても素敵だと思うわ」
「ほんと? よかったぁ。……リリィ」
ほっと胸をなでおろしてから、私は立ち上がってリリィの名前を呼ぶ。不思議そうにしながら立ち上がった私とぶつからないよう一歩引いたリリィに、私はそっとその手をとる。
「ど、どうしたのよ?」
「リリィが絵を気に入ってくれてよかった」
「それは、当然よ。とても素敵な絵だもの」
リリィは戸惑いながら私の手を軽く握り返してくれながら、照れたように頬を染めつつもまっすぐに私を見つめ返してくれる。
好きだ。この気持ちを、伝えたい。改めて伝えたら私の本気すぎる気持ちに引いてしまうかもしれない。ぎこちなくなるかもしれない。そんな恐怖し躊躇う気持ちだってある。それでも、伝えたい。
「ありがとう。この絵、私の気持ちをこめたから。大好きだよ、リリィ。受け取ってもらえる?」
「……ええ」
リリィは真っ赤になってどこか緊張したように固くなりながら頷いてくれた。まるでリリィの方が告白しているようなその可愛らしい姿に、私の緊張がほどけていく。
私はもう片方の手でもリリィの手を取ってぎゅっと両手で握って少しだけリリィに近寄って、その目を見ながらはっきりと気持ちを伝える。
「ありがとう、リリィ。リリィにもいつか同じ気持ちになってもらえるよう、頑張るから。嫌になるまででいいから、私のことを見ていてほしい。本当に、世界で一番好きだよ」
つづけた私の言葉に、リリィは目を丸く見開いた。まん丸の綺麗な瞳。そのリリィの瞳に、私が映っている。リリィの目には私はどう映っているだろう。
握ったリリィの手が動揺でか私の指先を揉むように動く。このまま私の熱が、リリィにも移ってしまえばいいのに。
「……え、エレナ、その……あの、そ、そんな言い方をしたら、その、か、勘違いしてしまいそうになるから、やめたほうがいいわ」
「え? どういうこと?」
そう思いながらじっと見つめていると、リリィはしばし見つめあったあとはっとしたように視線を私からそらしてそう言った。だけど意味がよくわからない。勘違いしてしまう? ストレートに気持ちを伝えたつもりだけど、どこかわかりにくかっただろうか。
「だ、だから……その言い方だと、まるで私に、その、恋愛感情で、告白、しているみたいに聞こえるわ」
「そうだけど。え、そうじゃないように聞こえた?」
「え? えっ!?」
リリィの言葉に首を傾げる私に、リリィは今まで聞いたことない声を出して驚いている。可愛い。けどまさか伝わってなかったとは。でもこの間の告白は自分でもちょっとと思うくらい雑だったから仕方ないか。ちゃんと伝えると決めてよかった。
リリィに気持ちが伝わってなかったなら、実質これが初めての告白だ。断られる可能性が出てきた。だけど引けない。引けるわけない。伝わってないなら何度だって伝えなきゃ。そうじゃなきゃ、同じ気持ちになってもらえるわけがない。
「じゃあ、もう一度はっきり言うね。リリィがとても素敵な人だから、恋に落ちました。本当の夫婦になれるよう努力するから、私だけを見ていてほしい」
「……、……」
リリィは私を見返したまま口を開けて、何か言おうとして口を開けたり閉じたりした。
ものすごく動揺しているみたいだ。多分ここまで様子のおかしいリリィは二度と見れないと思う。とても貴重だ。珍しい可愛い姿として覚えておこう。
「……リリィ、嫌なら無理しなくていいからね。ちゃんと距離をわきまえて、改めてリリィのことを口説かせてもらうから」
「いっ、嫌とか、言ってないでしょう……ふー。はぁ、エレナ、あなたって人は本当に、突然ね」
「うーん、ごめんね」
私の言葉にリリィは自分を落ち着かせるようにして大きく呼吸をしてから、視線を泳がせた。力をゆるめても私の手を振り払おうとはしていないので、拒否はされていないと思いたいけど、とにかくめちゃくちゃに驚かせてしまったらしい。
私としてはむしろ自覚してから今日の告白までは時間がかかっている感覚なのだけど、でもこの間の告白が伝わってなかったのなら突然に感じるのか。
「リリィからしたら、私は子供でそう言う対象ではないかもしれないけど気持ちは知っておいてほしくて。リリィに何かしてほしいってことではないから、安心して」
「……そんなこと、ないわ」
「ん? そう?」
私の追加説明にリリィは唇を尖らせて、どこか責めるように私を見ながら否定した。それに相槌をうちながら、私は首を傾げる。
なんだか今の文脈はおかしかったような。そんなことない? あれ? どういう意味だ?




