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あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第一章 結婚
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第十八話 家に戻って

 初めての旅行が終わり、家に帰ってきた。帰りは小雨が降りだしてしまい、休憩中も籠っての少し窮屈な帰り道になってしまったけれど、滞在中に降らなかった幸運に感謝するべきだろう。


 固まった体をほぐすために、昨日は一日鍛錬をした。その間リリィもゆっくりしたらしい。楽しい旅でもリリィくらいの体力だと疲れてしまうようだ。どちらかと言えば運動不足になっていた私からすると、大変そうで心配になってしまう。

 そうして今日からまた日常が帰ってくる。と言っても仕事もなにもない身だ。領内を見て回るということで、すでに次の旅行の予定もたっている。

 二か月ほど先になる。初夏の季節に、牧場のある草原地帯に行く。乗馬もできるというし、服もオーダーしたので完璧だろう。平民は普通の服でのるので乗馬服は一般に売っていないし、体を動かすときの服はさすがに私もオーダーの方がいいと思うしね。


 というわけで旅行もしばらく先なので、じっくりと告白の為の絵を仕上げたいと思う。構図は決まったし描くだけとはいえ、早く仕上げてしまうこともない。


 今日はのんびりとリリィの表情を見て、絵のイメージをかためることにする。


「……エレナ、あの、何か言いたいことがあるなら遠慮せずに言って構わないのよ?」


 というわけで午前は運動不足を防ぐために鍛錬で体を動かして、午後からリリィのお部屋にお邪魔してのんびりお茶をしようとお誘いした。

 リリィも快く受けてくれて、今日は一日一緒にゆっくりしようね。リリィはリリィで刺繍とか好きなことしていてくれていいからね。ということで話はまとまってリリィも準備をして刺繍を始めたのだけど、じっと見ていると何やらリリィからは真面目な顔でそう言われてしまった。


「ありがとう、リリィ。でも別に言いたいことはないよ。ただほら、リリィの表情も描くからよく観察しておこうと思っただけ」

「……そう言われると、否定しにくいのだけど、そうもじっと見られると気になって集中できないわ」

「うーん……正面だからかな?」


 視界の中に私が入っているから気になるのだろう。実際絵を描いている時も結構目が合っていたしね。それが心地よくもあったのだけど、確かに気になるか。


 リリィの部屋には大きなテーブルを挟んで大きめのソファが二つある。作業がしやすくなっているのだろう。窓辺にも休憩用のミニテーブルとソファがあるけど、どのソファも一人用ではなく大きなものだ。

 私は向かい合って座っていたソファから立って、リリィの隣に座る。肩をくっつけるように座って横から覗き込むと、リリィの刺繍の手元がよく見える。


「エレナ……」

「あ、ごめん。肩がくっついてると、腕を動かしにくいかな?」


 どこか呆れたような声がしてリリィの手元から顔に目をやると、何か言いたげな顔をしていてハッとして反対側にもたれるようにして肩をはなした。


「……体重をかけられているわけではないし、左手はささえているだけだから支障はないわ。でも、あまり見ないで。気が散るわ」

「わかった。じゃあ刺繍するとこ見てるね」


 謝る私に、リリィは仕方なさそうに苦笑してそう言ってくれた。迷惑をかけているかな、とも思うのだけど、でも許してくれた優しさが嬉しくて、私はまた肩をそっとくっつける。

 リリィの肩は私の二の腕のちょうど途中あたりだ。頭一つ身長が違うリリィは隣に座ると頭半分くらいだろうか。表情をうかがうのに支障もないし、手元もよく見える。


「それはそれでプレッシャーなのだけど。まあ、いいわ。仕方ないわね」

「ん……ふふ、ありがと」


 リリィはくすっと笑って私の頭を撫でてくれた。その仕草が私の我儘をいやいや聞いてくれているんじゃないって伝えてくれているみたいで嬉しくなる。


「リリィ、刺繍をしながらおしゃべりはできる?」

「それは平気よ。決まった手順通りにするだけだもの」

「もう頭の中ではできてるってことだね」

「そう言うと、なんだか大層に聞こえるけれど、まあ、そうね」


 そう返事をしながらも、リリィはすいすいと手を動かしていく。それによって少しずつ糸が色を塗っていく。その動きはよどみなく、滝が流れているのをじっと見ているような、雨が降る光景をぼんやり眺めてしまうような、そんな不思議な魅力があった。

 リリィの顔ばかり見てたら怒られるからと思って見始めた刺繍作業だけど、思いの外熱中してしまう。


「……ふふ。楽しい?」

「うん。あ、ごめん。話していいって聞いたのに、話さずに」

「いいわよ。無理に話す必要はないもの。エレナが話したい時に、話したいことを話せばいいのよ。私もただ、真剣なあなたが可愛いから声をかけただけだもの」


 楽しそうに声をかけられてからようやくぼーっとしていたことに気づいたけど、振り向いたリリィはそう言って悪戯っぽく笑った。

 リリィはどこかからかうような表情でもどこか優しさがにじんでいて、いつでも優しいお姉さんって雰囲気で、見ているだけで心がふわふわしてぽーっと見つめてしまうなぁ。


「もう、またじっと見て」

「えー、もう、恥ずかしがり屋なんだから。と言うかリリィは美人だしお姫様なんだから、今までもよく見られてたでしょ?」

「……人前にでることはそれなりにあるけれど、エレナみたいにこんな距離でじっと見られることなんてないわよ」


 ついつい見つめているとリリィは恥じらうように唇を尖らせて私に注意してきた。この流れでは仕方ないと思いつつ、そもそも注目を集めてきた立場なのに恥ずかしがりすぎな気がして単純に疑問で質問したのだけど、さらにジト目になってしまった。

 言われてみれば、私だって結婚するまでは美人だなーと思ってもじろじろ見たりとかは失礼だからしなかったなぁ。


「そっか。じゃあ、リリィのこと近くから見れるのは私だけなんだね。嬉しいかも」

「……」


 以前を思い出して、今リリィとこの距離間でいられるのがより嬉しくなってしまってそう正直に言ったけど、でも会話の流れ的に注意されたのにこの返事は怒られるかも?

 と思ったのだけど、私の言葉にリリィは一瞬驚いたように目を見開いてからむうっと眉をしかめてじっと私を黙って睨んできた。


「……」

「……」


 ものすごーく怒ってるのかな? とちょっと身構えたのだけど、リリィは何も言わない。じっと見てるとしかめっ面もやめて真顔になった。

 こうして微笑んでいない顔を前から見ると、表情のよさではなく、純粋に顔立ちが整っているのがよくわかる。

 真剣な表情も刺繍をしている姿を見る時に何度か見ていたけど、こうしてすぐ傍で見ると、本当に綺麗なお姫様だなぁと感じさせる力と言うか、美貌ってこういうことなんだなぁ。


「……」

「……」


 今、リリィも私を見ているんだ。リリィも私と同じように私のこと考えてくれてるのかな。だとしたら嬉しいけど、リリィは何を考えているのかな。


「……ねぇ、エレナ」

「うん。どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。もう」


 リリィと見つめあうことを堪能していると、ふいにリリィが私を呼んだ。静かな声音に私も静かに答えたところ、またむっと怒り顔になってしまった。

 真顔だと綺麗なんだけど、むっとわかりやすく怒り顔を作っていると途端に少女っぽさと言うか、可愛らしくなるなぁ。


「何かしちゃったかな? ごめんね」

「そう言いながら、ずいぶん笑顔ね。私が怒っても大したことないと思っているのかしら?」

「そうじゃないけど、怒ってるリリィも可愛いから」

「……もう。怒っている私が馬鹿みたいじゃない」


 素直に応えると、リリィは笑ってそう言った。怒り顔も可愛いのは本音だけど、やっぱり、笑っているほうがいいかな。


「そういうつもりじゃないけど。どうして怒ってたの?」

「……エレナがあんまり私の顔を見るから、じっと見られたらどんな気持ちになるか教えてあげようと思ったのよ。なのにあなたときたら……にこにこしちゃって」

「えー、だって怒る感じでもなくなったし、リリィの顔をじっと見れたのも嬉しいし、リリィが私のことをじっと見てくれたのも嬉しかったから」

「……そう。わかったわ。私の負け。もういいわ」


 リリィは私の言葉に赤くなってしまって、すっと顔をそらしておろしていた手をあげてまた刺繍をはじめてしまった。相当恥ずかしいのか耳まで赤くしてしまって、ごまかそうとしているのか若干投げ出すような口調になってるのも可愛い。

 でも見つめあう時間が終わったのはちょっと残念。そんなに恥ずかしいこと言ったかな。好きって言ったわけじゃないからセーフだよね?


 うーん、でも、やっぱりちゃんとリリィに好きって言いたいな。もっとちゃんと気持ちを伝えて、好きだなって思った時に言えるようになりたい。

 うん。明日からは真剣に絵の制作をしよう。


「リリィ、邪魔してごめんね。もう見るのやめるから」


 このまままたじっと見てたら怒られそうだし、さっきのリリィと見つめあっていた記憶が新しいうちに脳に焼き付けようと思って、私はそう謝罪しながらソファに寝そべる。

 リリィの太ももに頭が当たるようにして、リリィがちらっと私を見たのでにこっと微笑んでから目を閉じる。


「あなたって、本当に自由な人ね」

「そうかな」

「そうよ。でも……ふふ。おやすみなさい」


 そう言って私の頭に優しく手がふってきて、なでてくれる。

 ちょっと目を閉じてリリィを感じながら頭の中でしっかり明日の作業をイメージしようと思っていたのに、リリィが優しくそう言って寝るまで撫でてくれるものだから、私はそのままお昼寝をしてしまった。



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