第十五話 自覚した翌日
リリィへの恋心を自覚して、その場で告白をした。リリィは優しく受け入れてくれて、これからもずっと一緒にいてくれると言ってくれた。
とっても嬉しい。けど、翌日になって冷静に考えると、ちょっとばかり性急でみっともない告白だったかと思わなくもない。
恋の告白なんてものしたこともないけれど、もう少しくらいはこう、格好つけてもよかった気がしないでもない。
最初に言ったのを撤回したいと言うだけで、今すぐリリィにどうしてほしいと言うことではなかったけど、普通は恋人になってくださいと言うのが告白だ。
そう言う時は普通もっと格好つけると言うか、いい雰囲気でと言うか、丁寧にするのだと思う。すでに結婚しているのだし、恋人になってという告白をするのも不自然だ。
とは言っても、好きという気持ちを伝えるのだし、もうちょっとこう、プレゼントをしながらとかでもよかったかもしれない。
とはいえあんまり改まるのもそれはそれでなんだか今更気恥ずかしいし、今描いている絵ができたら、その次にリリィの肖像画を描いて、うまくできたらそれをプレゼントしながらさりげなく気持ちを伝えてみよう。
「うーん、リリィ、ちょっと隣に座ってもいいかな?」
と朝から決意を新たにした私は、昨日と同じ場所で色んな色を試しているのだけど、リリィの髪の色の表現に悩む。
「ん? 構わないけれど、今日は朝から甘えん坊ね?」
「ち、違うって。髪色をよくみたいから」
「そう? いいわよ、好きにして」
「ありがとう」
からかうように笑いながらも快く許可してくれたので隣に座る。近くからじっと見ても美しい。光を反射すると金にも見えるし、手に持つと輝く絹にも見える。
これだと、風景の中にいるのと室内では色味も変えたほうがいいのかな。手に取ってじっと目に焼き付けるように見てから、そっと目を閉じて思い浮かべる。
リリィの顔。表情。ドキドキしてじっと見つめたくなるあの笑顔。……思い浮かべることはできたのだけど、私の中でのイメージのリリィの髪の色をと思っても、笑顔にばかり気を取られて何色かぴんと来なかった。
リリィの魅力は表情がダントツすぎて、色味はそこまで正確ではなくても私はぽーっと見とれてしまうらしい。手を離して考え込む私をちらりと見たリリィは首を傾げる。
「そんなに難しい色味かしら。普通に白だけで影をいれるくらいでいいと思うのだけど」
「白一色なんて駄目だよ。光の加減で陽光みたいに輝いてるし、全然違うよ」
「まあ……光の加減でそういうことはあるかもしれないけれど。プロではないのだし、そこまで実際の光景に忠実にしなくてもいいんじゃないかしら。あなたのイメージで塗ってくれて、文句は言わないわ」
「そう? ……うーん」
本人の言質をとったとはいえ、そもそも私の中のイメージが固まっていないから困るのだけど。……とりあえず、見たまま塗って見るか。
元の席に戻っていろを塗ってみる。まずはうすーく白。その上に光を感じさせる淡い黄色を影のように重ねて、光の表現のようにする。透明なガラスのようなイメージで。
……うーん? なんとなく似ているけど、やっぱり違う。もう一度考えてみる。
リリィのイメージ。色……リリィの笑顔に一番似合う色、と考えたらどうだろうか。白でも金でも銀でもない。……光そのもの? 私にとってリリィはお日様の光のように温かくて心が落ち着く。……妖精の羽の色味イメージに近いかもしれない。透明でありながら発光してきらきらするんだ。よし、これだ!
さっそく試してみる。白ではなく光そのもの。赤みも青みもあってキラキラしている、リリィの心の美しさを映したような色。
「……よし」
なんとなくイメージは固まったので、さっそく昨日の続きを描いていくことにした。
一人頷く私を見て、リリィはくすりと笑いながら刺繍をすすめている。リリィを見ながらなので、時々目が合う。その度軽く微笑み合って、胸の中がふわふわする。
そんな気持ちを表す様に、私は色を重ねていく。
「……できた」
「あら、できたのね。どれどれ? 見せてごらんなさい」
元々、八割が風景でリリィの部分は少なかったので、小一時間ほどで完成した。小さくつぶやいて筆をおく私に、リリィはにっこり笑って刺繍を机に置いて、どれどれなんてちょっとおばあさんみたいに言いながら立ち上がった。時々言い方が固いと言うか、古風なとこあるんだよね。似合ってはいるけど。
「へぇ……すごいわね。こういう表現は初めてされたわ」
「どうかな? ちょっと現実味がない色になってしまったけど」
「構わないわ。何というか……あなたの目にはこう見えていると言うことでしょう? 少し聖画のように神秘的な感じもして照れるけれど」
ソファの横まで来て肘置きに手をついて覗き込んできたリリィは、片手を自分の頬にあてながらそう肯定してくれた。気を使ってるのがないとは言えないけど、なかなか高評価のようでほっとする。
きらきら光っているだけで、髪の色そのものは透明っぽく描いてるからそこまでかけ離れた印象もないしね。
これなら私も結構リリィの雰囲気を出せている気がするし、プレゼントの肖像画に移ってもいいかもしれない。
「ねぇ、リリィ。この後、リリィの肖像画を描こうと思うんだけど、プレゼントしてもいいかな?」
「え? それは……構わないけれど、これはもらえないのかしら?」
リリィを振り向いて尋ねると、きょとんとしながら今の絵を手のひらで示された。描いた後までは考えていなかった。最初だしあくまで練習感覚だったけど、リリィがいいと思ってくれたなら嬉しい。
「それはもちろんいいよ。乾いたら渡すね」
「ええ、お願いするわ。最初のあなたの作品だし、すごく気に入ったもの。大事にするわね」
「そんなに? 気に入ってもらえて嬉しいけど、照れるね。ぇへへ」
にっこりとお世辞ではなく嬉しそうに言ってくれたのが嬉しくて、照れくさくて頭を掻いてから誤魔化す様に次のキャンバスを用意する。
どんな構図にするか。肖像画とするなら、胸から上くらいで描くのが無難だろうか。
「ふふふ。あ、あと、私を描いてくれるのはいいけれど、折角ならエレナも一緒にお願いね」
「えっ、私も?」
私の反応に微笑ましそうに笑いながら自分の席に戻ったリリィは、ついでと言う感じで軽くそうお願いしてきたけど、予想外で驚いてしまう。私自身を描くなんて全く考えていなかった。
「ええ。私だけの絵ばかり飾っていたら、私がまるで自分のことが大好きみたいじゃない」
「そ、そうかな……うん、わかった」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
そう言われたらそうかも? と思って頷いた。リリィも嬉しそうだし、まあ、いいか。
習い始めの時に自画像は一度描いたことがある。気恥ずかしさはあるし、リリィへの告白も兼ねてのプレゼントに自分を描くのも抵抗があるけど、本人が望んでいるのだからあえて断るほどの理由はない。
とはいえ、どういう構図にするか。普通に二人並んでだと身長差もあるし、居間に飾るような真面目な家族画みたいな雰囲気になってしまうかもしれない。
それよりはこう、ラフというか、私の気持ちが伝わるような柔らかい雰囲気の絵にしたいのだけど。
会話をしているとか? 笑いあっているとか? でも口を開けている瞬間は違和感があるか。口を隠して笑いあっているとかも、絵にするとおかしいだろう。
口を閉じていて、二人とも自然に顔が見れて、それでいて穏やかな雰囲気がわかりやすい構図。
「……」
一つ、思いついた。ついたけど、これ絵にしてしまうと恥ずかしいような。うーん。軽く下描きで描いてみれば、他のパターンも思いつくかな?
キャンバスではなく手のひらより少し大きめの試し描き用に用意した紙に、簡単に描いてみる。思ったより悪くない。膝まで入るぶん顔が小さくなるけど、その分雰囲気も出ている。それにあまり人物を大きくすると細部の書き込みや細かな色遣いでプロとの差が目立つかもしれない。全体で雰囲気で描いた方がいい気もする。
あくまで趣味だし、プロには勝てないし勝つ気もないけど、リリィは王家御用達の画家に自画像を描きまくってもらっているはずだ。それを考えると、いかにもな肖像画ではなく背景も重視した全体画の方が無意識に見比べる機会もへるだろう。
そう言う意味でも悪くない選択肢だ。動きがあるから構図にメリハリもあるし、ソファや自然も同じ角度だから描いたばかりなので練習は十分だし。
うーん、でも、この時自分はどんな顔をしているのだろう。明日鏡を持ってきて確認すればわかるだろうけど、だらしない顔をしている気がする。かといって変に美化してもリリィには当然わかるわけで。
「また悩んでいるわね。もしかして自分の顔は描きにくいものなのかしら?」
「あ、うーん、そうじゃなくて、二人の人間を描く構図で悩んでいて……こんな感じだと、おかしいよね?」
心配されているようで、言わないとリリィが二人一緒にと言ったから悩ませているのではと気を遣わせては申し訳ないから、恥ずかしさはあるけど素直に相談することにした。
簡単に描いたので誰が誰かわからない程度だけど、この構図を見ればどっちがどっちか一目瞭然だろう。
構図はリリィのすぐ傍に私が寝転がり、頭を撫でてもらっている昨日の午後そのものだ。うーん、やっぱり恥ずかしい。構図は客観的に見て悪くないとは思うのだけど、でも、自分で絵にしちゃうのってどうなんだろう。もっとこれしてっておねだりしているようなものだし。いや実際にしてほしいけど。
なんて風に考えながらも、テーブル越しに紙をうけとったリリィの反応をうかがう。場合によってはすぐにごまかせるように何か言い訳を考えないと。
「あら、ふーん。いいんじゃないかしら。こう言う絵自体はあるけれど、自分の絵でと言うのはないし、新鮮でいいと思うわよ」
「う、そうかな?」
思った以上に好反応だった。せっかくの肖像画ならそれらしいのを、と言われる可能性もあったけど、まあ、リリィだって私がプロじゃないのも承知の上なんだからそんなこと言わないか。
うう、じゃあ、これしかないか。考えるほど恥ずかしい要素が出てくる気がしたけど、まあ、リリィに見せるだけだし、大丈夫だろう。実際に絵以上に情けないところを見せているわけだし。
「ええ。それに昨日のエレナはいい顔をしていたもの。絵に描かれるのが楽しみだわ」
「う……こ、これは最後まで見せないからね。プレゼントだから、途中で見るのは禁止ね」
「あら、ふふ。わかったわ。その時までのお楽しみにしているわね」
覚悟を決めたところに、さらに恥ずかしいことを言われてしまった。やっぱり人に見せたくない顔をしていたのかも。
今更撤回はできないけど、途中経過は見せないことにして、なんとか最後まで描ききった未来の自分の実力に期待したい。
私はリリィの微笑みにぎこちなく苦笑を返しながら、キャンバスに下書きを始めるのだった。




