表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第一章 結婚
14/56

第十四話 リリィ視点 恋心と親心

 エレナと結婚して、約二週間後にはもう、旅行に行っているのだ。あまりに動きが早い。普通はもっと大げさなくらいに時間がかかる。警備や身の回りの世話の調整に時間がかかる。万が一の為に万全を期すために仕方のないことだった。

 だけどそれが、他ならぬエレナの一言ですべて解決する。エレナが守るから安全だと言えば、それを否定することは誰にもできない。世話も準備もある程度で大丈夫だとエレナが言えば、それがそのまま通るのだ。

 笑ってしまうくらい簡単に、外出が許される。いや、許可なんていらないのだ。ただそう決めるだけでいいのだ。

 それが勇者であり、間違いのない実力と実績を併せ持つ肩書。ただ生まれただけでなれる王族とは比べようもないのだ。


 だと言うのに、エレナと接していると子供の様に純粋で、甘えん坊で、とても可愛く感じてしまう。


 元々、甘えられるのは嫌いじゃない。

 私は昔から会う人の誰もが私が幼い頃に両親を亡くしていたことを知っていて親しい使用人の多くは可愛そうな子だと憐れんでいた。それに立場上仕方ないけれど、親しくない人とは心理的距離が大きくて敬遠されたり、疎まれることも少なくなかった。

 義理の父である王も、私を身内として大事にはしてくれたけれど、いつでも扱いは可哀想な姉の子だった。

 甘えてくれるのも、従兄弟たちがほんの幼いうち、何もわからないうちだけだ。。その頃だけは、私は可哀想でも面倒な地位のある人間でもなく、ただひとりの人として、本当の姉のように無邪気に見てくれている。そんな風に感じられたから。


 甘えてもらうと、可愛いなと思うし、他でもない私が必要とされているのだと思える。何より、相手がエレナなのだ。嬉しくないわけがない。

 誰もが感謝する勇者様。憧れ、尊敬、羨望、そう言った私とは縁遠い感情を人から向けられてしかるべき、王ですら頼りにして私の嫁ぎ先にした人。

 そうして実際に、力強くてそこにいてくれるだけで安心できる力がある人なのに、私に対しては甘えてくれるのだ。


 私に心を開いてくれていて、私だけ特別なのだ。認められている嬉しさや、優越感すら抱いてしまうような心地よさもある。

 なのに本人だけはそれがちっともわからなくて、甘えてごめんなんて言うのだ。

 しかも、私の生活が抜け出したかった王族としての生活と変わってないのではないか、なんて考えているのもおかしくて笑ってしまった。


 ほんとうに、可愛い人。


 私はずっと、王宮をでたかった。みんなが私を知っていて、気を使っていて、常に見張られているようで、誰もが私を可哀そうなお姫様というフィルターを通してみていた。

 そしてそんなお姫様を演じないといけない気がして、息苦しくて、いつか出ることをずっと望んでいた。


 私だって頭ではわかっている。姫と生きてきた私が、いくら今の生活がいやでも飛び出して平民として生きていけるわけもない。家事だって何もできない。だからいつか、王が決めた相手に嫁ぐのを待つばかりだった。

 そんな私が何不自由なく今も生活できていて、生活水準は王族だった頃から落ちたわけではない。それは事実だ。


 だけどそれ以外、何もかもが違う。いつでも傍に護衛がいて、建物内でもそれは同じで、使用人が常にいて寝室でも寝ている時以外は一人になれなかった。

 それが、エレナが逆に気を遣うから下がっていいよと言ったことで呼ばない限り室内には入ってこなくなった。廊下に護衛の人もいなくなった。それどころか、出ようと思って軽率に館の外に出ることができる。


 そして何より、私の傍にはエレナがいるのだ。私を可哀そうなお姫様ではなく、絵本のようなお姫様にしてくれる。そのくせ、距離をとるどころか自然に甘えてくれる。ただ私を見てくれる。

 ここでの生活がどんなに以前のものと違って、どれだけ息がしやすいことか。心身ともに安心してゆっくりと落ち着けるものか。


 エレナは何もわかっていない。


「えーっと……それは、リリィも私といて幸せって思ってくれてるってこと?」


 そしてそんなことをストレートに質問してくる。そう言うところ、子供だなとも思う。だからこそ、正直に言えばとても恥ずかしいけれど、ちゃんと気持ちを言葉で伝えなければならない。


「……ええ、そうね」


 そうして頷いてみせると、エレナはほっとしたように、本当に嬉しそうに微笑んだ。そしてどこかぼんやり、夢うつつのように私を見つめてきた。


 私の言葉一つでこんなにも喜んでくれた、その表情を見ていると、私の心も満たされていくのを感じる。

 そして自分で言って、本当にその通りだと改めて思う。私は、エレナといて幸せだ。エレナとの生活自体が私が望んだものである以上に、エレナと一緒にいること自体が、私にとって幸せだ。


「……」


 胸の中に、エレナへの思いが抑えきれないくらい膨らんで、もうごまかせない。嘘でもその場しのぎでも、エレナへの気持ちが勘違いにすぎないなんて言うことができなくなってしまった。

 エレナをぎゅっと抱きしめたい。この可愛い人の頭の中を私でいっぱいにしたい。


「ちょっと、恥ずかしいけれどエレナが質問するから答えたのに、どうして黙るのよ」


 自覚するとますます体の熱があがっていく気がして、会話をして誤魔化そうとそう責めるように頬をつまみながら茶化してみる。


「え、ああ、ごめん。あんまり嬉しくて、その、リリィに見とれていて。と言うか、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。恥ずかしがるところも可愛いけど」


 するとエレナは当然のようにまた、そんなことを言う。

 また可愛いって言った。エレナは少し、私のことを軽率に褒めすぎだと思う。悪い気はしないけれど、心臓がますますうるさくなってしまうから、少し困る。

 それにしても、恥ずかしがらなくていいなんて。じゃあ言ってみてほしいものだ。


「そうよ。……あなた、私も、と言ったわね? じゃあ、エレナも、私といて幸せなのかしら? その口で言ってごらんなさい」

「え? うん。私、リリィといて……幸せ、だよ……うん、ちょっと、照れくさいね」


 そう思って促すと、エレナは一瞬きょとんとしてから平然と口を開き、そして途中から声が途切れて小さくなり、目をそらしてはにかんだ。


「ほぅら、照れたじゃない。ふふ、可愛いわよ」


 可愛い! 可愛くてたまらない。ああもう、この子は私をどうするつもりなのか、と文句を言いたいくらいに可愛い。興奮してしまって、言葉はなんとか取り繕ったけれど、ついエレナの鼻先をつついてしまった。

 このままずっと撫でまわしていたいくらい可愛い。と思っていると、ふいにエレナは真面目な顔になって起き上がった。


 そして真剣な顔で、真面目な話があるなんて言う。もしかして、私の気持ちが漏れ出てしまっていただろうか。そう不安になりながらも向き合うと、エレナは私の顔を覗き込むようにじっと私を見ながら口を開いた。


「リリィ、まだこうして過ごした時間は短いけど、私は、もうリリィのことが大好きになってしまったんだ」

「えっ? そ、そうなの……?」


 その予想外すぎる言葉に、思考回路が停止してしまい、聞き返すことしかできなかった。だって、え? 私のことが大好きって言ったの?


「うん。だから、結婚を申し込んだ時に言った、リリィに好きな人ができたらって話、あれを撤回させてもらいたいんだ。もちろんどうしてもとなったら仕方ないけど、そうならないよう努力をすると言うか、今の無条件で受け入れるって言うのは撤回したいっていうことなんだけど……どうかな?」

「そ、それは……別に、構わないけれど」


 落ち着きなさい。こんなにあっさりと真顔で冷静に大好きだなんて言えるのは、それこそこれが恋愛感情による告白ではない証拠だ。だからおかしな期待はしない。ただ、そうだとしても、十二分にとても嬉しいことだし、普通に照れる。

 何とか思考回路を復旧させて自分を落ちつかせて、話だけはつなげるけれど、心臓が勝手にドキドキするのは抑えられない。


 エレナは私をあくまで家族として、その、大好き……になったから、簡単にお別れするのは寂しいと思ってこんな話をしているのだろう。大丈夫。この返事で問題ない。

 元々、エレナが女性だったからと他の人を相手になんて考えは全くない。エレナにその気がなくて、そんな関係ではなかったとして、夫婦は夫婦なのだ。エレナを幸せにするためにも、他の人のことを考える時間なんてないだろうと思っていたのだから。ええ、大丈夫。


「ほんと!? 嬉しいけど、無理してない?」


 私の返事に、エレナは肩をはずませて飛び上がるかの様に大げさに喜んでから、にこにこ笑顔でそう確認してくる。

 それを見て、ようやく私の心臓は落ち着きだしてくれてほっとしつつも苦笑する。


 エレナはまだまだ子供なのだ。今の言葉選びが告白みたいだなんて、ましてそれで私が一喜一憂しているなんて、想像もしていないのだろう。

 彼女は15歳から今まで旅をしていたのだ。世間ではようやく成人となり、早ければ就職して見習いに着く頃から過酷な旅をしていたのだ。しかも性別を偽って、仲間にさえ距離に気を付けながら。恋愛感情のような複雑な情緒が育つような心の余裕なんてなかったのだろう。

 エレナは強い。だけど幼い。世間の15歳よりもっと、幼いのかもしれない。だからこそ純粋で、可愛いのだ。


「していないわよ。そもそも、最初からそんな気はなかったわ。私は最初から、あなたに人生を捧げる覚悟をして式をあげたのよ。他の人なんて視界にはいらないわ。当然じゃない」

「リリィ……」


 だから丁寧に答えた。私はもうとっくにエレナに人生を捧げているのだ。今更、撤回することはないしそんな気もない。

 私はエレナが求めるだけ甘やかしたい。そうしていつかエレナが成長して、いつか恋を知るまで、私が傍にいて守ってあげたい。

 この国を、民を、私を、世界の全てを守ってくれた勇者様への褒美にしては、些細なものだろうけど。エレナが私がいいと言ってくれるなら。私は喜んで、エレナの為に生きたい。他でもない私が、そうしたいのだ。


 私はエレナが好きだ。それは恋なのだろう。だけど、親心のようにただエレナを見守っていきたい、ただただ幸せになってほしいと言う気持ちも嘘じゃない。

 エレナを幸せにしたい。そうすればきっと、別れてしまっても、私も幸せでいられるだろうから。


「ありがとう。ますます惚れちゃいそうだよ」


 だと言うのに、エレナはそんな簡単に軽口をたたいてくるものだからまたときめいてしまった。ドキドキしてしまう。

 別れたくないとエレナを困らせないように、恋心が育ちすぎてしまわないよう、いざという時に親心が勝てるように頑張らないといけない。


 私はそう自分に言い聞かせた。夜、寝る時には当然のように手を握られた。子供そのものの仕草なのに、またときめいてしまった。前途多難そうだ。

 まあ、時間はたっぷりあるのだから、少しくらいはこの恋心を楽しんでもいいだろう。私はそう自分に言い訳しながら、エレナの手を握り返した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すみません、15話を読んで気付きました エレナさんはもう告白したという認識でしたね…うっかりしていました
ここ2〜3話のゆったりとした空気感 とても幸せそうでいいなと思って読んでました でも水面下では愛しさ限界突破しちゃっていたのですね 充分に幸せそうだけど イケイケもっとイチャイチャしろ! と応援したく…
このままずっと撫でまわしていたいって、リリィさんも可愛いなあ お互いに片想いだと思い込んでる(片想い込み?)可愛い同士のお二人が、どんなふうに進展するのか楽しみです! 21話までで一旦区切りになるとの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ