第十三話 湖畔の花畑3
リリィが、私といて幸せだと思ってくれていると、頷いてくれた。その微笑みを見て、胸の中に沸き上がる歓喜が、高揚感が、リリィのことが大好きだと主張した。
ドキドキと、胸が高鳴る。リリィと一生一緒にいたい。そう強く思って、はっとする。
私は結婚を申し込む時に、リリィに他に好きな人ができたらそうしていいと言っていた。あの時はそれは当たり前のことだった。
だけど、今、まだ二週間も経っていないのに、私はそんなのは嫌だと感じてしまっている。リリィと一緒にいられなくなるなんて嫌だ。リリィに他に好きな人ができて、私以外の人を膝枕するなんて嫌だ。
これが、恋と言うものなのだろう。今までよくわかっていなかった。だけど気づいてしまえば、間違いないと感じる。このどうしようもないほど胸が高鳴るのも、同時にどこまでも心が癒されるのも、他の誰でもないリリィが私を見てくれているからなのだ。
「……」
「ちょっと、恥ずかしいけれどエレナが質問するから答えたのに、どうして黙るのよ」
「え、ああ、ごめん。あんまり嬉しくて、その、リリィに見とれていて。と言うか、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。恥ずかしがるところも可愛いけど」
リリィはむっとしたように唇を尖らせて、撫でていた手で軽く私の頬をつまんだ。
自分の恋心に気づいた衝撃を受け止めていてぼんやりしてしまったせいで、リリィを不愉快にさせてしまった。
だけどリリィは別に特別な気持ちは抱いていないはずだ。なにせこんなに甘えて子ども扱いされているのだし。そもそも幸せかどうかなんて、別に恥ずかしがるようなことではない。なのにいちいち恥ずかしがって、そう言うところが本当に可愛いと思うけど、さすがに恥ずかしがることそのものには責任はとれない。
「そんなの、わざわざ口に出すのは恥ずかしいに決まっているわ」
「えー、そうかなぁ」
「そうよ。……あなた、私も、と言ったわね? じゃあ、エレナも、私といて幸せなのかしら? その口で言ってごらんなさい」
首を傾げるようにしてぐいっとリリィの太ももを押すと、リリィはジト目になって私を見ながらそう挑発的に促した。
「え? うん。私、リリィといて……幸せ、だよ……うん、ちょっと、照れくさいね」
そんな風に言われてもただの事実なのでなんてことはない、と思って口に出そうとして、いざ言おうとすると無性に気恥ずかしくなってしまった。こんな風になるほうが恥ずかしいのに。
でも、仕方ないと思う。だって私はリリィが好きなのだから。大好きな人と一緒にいて幸せなんて、告白みたいなものだ。
「ほぅら、照れたじゃない。ふふ、可愛いわよ」
そう言ってリリィは得意げに私の鼻先をつついた。そんな様子も可愛いな。と思ってから、のんびりしてもいられないと気づいた。
この気持ちを伝えないといけない。すでに結婚しているけれど、リリィは私をそんな風に思っていないだろう。なのに私が一方的に好きになってしまって、そんなことは想像もしていないに違いない。
嫌がられる可能性もある。そこまでいかなくても、そう言うことなら今までと同じ距離感はちょっと、と言われるかもしれない。
でも隠しておくことはできない。それはリリィに対して誠実ではない。
「リリィ、ちょっとだけ、真面目な話をしてもいい?」
「あら、どうしたの?」
私が起き上がりリリィの隣に座りなおり、リリィの顔をじっと見ながらそうお願いすると、リリィは上品に小首をかしげながらも刺繍をいったん置いてやや向き合う形になるよう座りなおしてくれた。
「リリィ、まだこうして過ごした時間は短いけど、私は、もうリリィのことが大好きになってしまったんだ」
「えっ? そ、そうなの……?」
「うん。だから、結婚を申し込んだ時に言った、リリィに好きな人ができたらって話、あれを撤回させてもらいたいんだ。もちろんどうしてもとなったら仕方ないけど、そうならないよう努力をすると言うか、今の無条件で受け入れるって言うのは撤回したいっていうことなんだけど……どうかな?」
「そ、それは……別に、構わないけれど」
私の言葉にまた照れて赤くなっているリリィに真面目にそう伝えると、動揺して視線を揺らして自分の髪を撫でつけながらも頷いてくれた。
「ほんと!? 嬉しいけど、無理してない?」
嬉しくて飛び上がりそうになるけど、気を遣わせてのことなら困る。リリィに無理させて、不幸にさせたなら何をしているのかわからない。
今後に関わることなので念押しして確認すると、リリィは苦笑して真面目な空気を壊した。
「していないわよ。そもそも、最初からそんな気はなかったわ。私は最初から、あなたに人生を捧げる覚悟をして式をあげたのよ。他の人なんて視界にはいらないわ。当然じゃない」
「リリィ……」
それは、私にだけの覚悟ではないだろう。決められた結婚なのだから、仮に私以外との結婚でもそう覚悟したと言う話だ。
だけど、その相手は私だったのだ。私に対して、最初からリリィは一生一緒にいようと覚悟をしてくれていて、私の好意もまっすぐに受け止めてくれているのだ。
嬉しい。他の誰にも、この立場を渡したくない。ますますそう思う。
私が好きだと言っても、リリィは態度を変えないでくれた。だからってリリィも私に恋愛感情を持っているなんてうぬぼれてはいない。だけど、そうなる可能性を否定はしないでくれると言うことだ。
少しずつでいい。リリィが私を同じように思ってくれるように、頑張ろう。
「ありがとう。ますます惚れちゃいそうだよ」
「ほ、惚れ、か、簡単にそんな言葉、言うものじゃないわよ」
「簡単じゃないよ。リリィにしか言わないから」
「……」
リリィはまた照れたように、ちょっとすねたように唇を尖らせた。可愛い。この可愛いリリィをずっと見ていたい。
「リリィ、改めて、これからもずっと、一緒にいようね。絶対、幸せにするから」
「……ええ、エレナも、私が幸せにしてあげるわ」
私の言葉にリリィは赤い頬のまま、だけど拗ね顔はやめてほほ笑んだ。
それだけで、幸せな気分になってしまう。これが恋をする気分なのか。不思議な感じだ。
「うん。のんびりしてるところ、急に真面目な話してごめんね」
「そうね。急だったわね。だけどまあ、その……気持ちは嬉しいから、構わないわ」
「ありがと。大好きだよ」
「そ、そう言うのは、あまり軽々しく言わないものよ」
私の気持ちを受けいれてくれたリリィだけど、恥ずかしがり屋なのは変わらないらしい。私としてはもっと気持ちをたくさん伝えて、リリィにもうっかりそんな気になってもらえたら儲けものなのだけど。
まあ、そんなせこいことをせず、正攻法で口説くほうがいいか。時間はたっぷりあるのだし。
「うーん、わかった。そうだね。じゃあ、二人きりの時に言うね」
今もほとんど二人きり見たいなものだけど、それなりに近くに使用人が控えている屋外だ。大きな声ではないけど、それなりに聞こえているだろう。
私はリリィへの思いを知られても構わないけれど、詳細に言葉や表情を観察されたらまあ、それなりには恥ずかしいし、リリィはもっとそうなのだろう。ならそこはちゃんと考慮しないとね。室内で二人きりの時にしよう。
「そ……そうね、そうしてちょうだい」
「うん。リリィ、もう一回、膝枕もどきしてもらえる?」
「ん。いいわよ」
今日のところはのんびりいこう。
リリィは私に恋はしていない。だけど夫婦で、私がリリィのことを好きなのはわかっているのだ。無理強いはしないけど、リリィ本人も甘えられるのが嫌いじゃないと言うことだし、積極的に甘えていこう。
そしていつか、リリィが私のことを好きになってくれたなら。両思いになれたら、本当に夫婦になれる。今からそれが楽しみだ。
「リリィ、この旅行が終わったら、次はどこに行きたい?」
「あら、気が早いわね。……でもそうね、私では思いもつかないところに、あなたはたくさん行ってきたんでしょう? 話を聞かせてくれる?」
「うーん……そうだなぁ」
旅の話をして参考にすると言うことだろう。確かに、おすすめの旅行地なんてものはこの領地しかないのだ。その外に行こうにも、どんなところがあるかわからないと提案も難しいだろう。
旅について、積極的に話したいわけではないけど、別に隠したいわけでもない。面白おかしい異文化の話もないではないし、思い出しながら話してみようかな。
「リリィは海って見たことある?」
「いいえ。話には聞いたことがあるけど、ないわね」
「そっか。私が行ったことのある港町は三つあるんだけど……」
旅行っぽい行先を思い出しながら、私はリリィが経験したことなさそうで、楽しいと思ってもらえそうなことを話した。
リリィは私といて幸せだと言ってくれた。だからこそそれに甘えず、もっともっと、リリィが楽しめる毎日を提供していきたい。
そうしてたくさんお話をしていたので、結局リリィの刺繍も邪魔してしまった。
この旅行から帰れば、またしばらく休憩が必要だろう。楽しむためには気力も体力も必要だし、リリィのペースに合わせたい。
慌てても仕方ない。ひとまずはこの旅行中に、私の絵も完成させて、リリィにプレゼントできるようにしてみよう。
私はそんな風に明日の予定をたてながら、今夜もリリィの手を握って眠りにつくのだった。