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あなたを幸せにすると誓います  作者: 川木
第一章 結婚

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第十一話 湖畔の花畑

 夕方、日が沈む前に目的地にたどり着いた。別荘と言うよりは館と言うべき大きさではあるけれど、王族が滞在することを考えると控えめな方だろう。これくらいの方が私も落ち着く。

 いつでも使えるよう常に使用人が常勤しているので、今回も事前に連絡さえすればすぐに利用可能だったそうだ。もったいない気もするけど、私がここの領主になったからって別に今後も王族が来ないわけでもないし、それの準備も必要なのだろう。


 恙なく夕食、入浴、寝室の手配が済まされていた。ただ寝室だけは夫婦で過ごす想定ではないので、二つのベッドをくっつけておいているという見ない作りになっていた。

 体を休めてベッドに入ると、いつもと違ってベッドが完全に分かれていて掛け布団も別なので、相手の存在をほとんど感じ取れないのが妙に心細く感じてしまった。


「……リリィ、もう寝た?」


 寝ようと思えば寝れるだろう。昼寝したとは言っても短かったし、元々睡眠管理は得意だ。だけどその以前なら無視できたような些細な心細さが、私の口を開かせた。


「まだ起きているけど、眠れないの?」

「うーん、そうじゃないけど、なんかちょっと、いつもより遠いから……あの、ちょっと、近づいてもいい?」

「構わないけど……なぁに? 甘えたくなっちゃったの?」

「う……」


 リリィを向いて気持ちを伝えると、リリィも私を向いてくれながらもどこか悪戯っぽい笑顔でそう私をからかってきた。

 そんなんじゃない。さすがに子ども扱いしすぎ。そんな風に恥ずかしさをごまかす言葉が出てきそうになった。


「……うん。甘えても、いいかな?」


 だけど、リリィにはそんな見栄を張らなくてもいい。そう思いなおして、恥ずかしいけどそう素直にお願いしながらそっと手を伸ばす。隙間からリリィの布団の中にいれて、手の甲で軽く触れる。

 リリィは自分から言ったくせに私のストレートな言い方に照れたようで、一度目をそらしたけど、すぐに私をじっと見つめ返しながらそっと私の手を握って微笑んでくれた。


「……そんなこと、聞くまでもないでしょう? 私に甘えないで、誰に甘えるのよ」

「……ありがとう」


 突き放すような言い方。なのにその声音はどこまでも優しくて、私はその手をぎゅっと握り返した。

 温かくて、心地よくて、私はさっきまでよりずっといい気分で眠りにつくことができた。


 翌日、目が覚めた時には当然手が離れているのだけど、ベッドを超えてリリィ寄りになっていたのが少し恥ずかしかった。普段はそんなことないし、そもそも境界線がないからわからないのに。

 今度来るまでには、大きいベッドを用意しておいてもらおう。と思いながら起床した。


 それから朝食を済ませる。この辺りは湖が近いけれどあくまで観光としての湖なので、魚が名産と言うわけでもないらしい。だけど新鮮な野菜を使ったサラダはみずみずしくて美味しかった。シンプルな朝食だからこそわかる、素朴な旅の醍醐味を楽しんだ。


 そうしてゆっくり朝食を楽しんでから、いよいよこの旅の目的地、湖と湖畔の花畑に向かう。これまた馬車にのったけれど、これならさすがにリリィでも歩けるだろうという短時間で到着した。


「へぇ、綺麗だね」


 到着する少し前から窓から見えていた景色だけど、到着して馬車から降りてすぐ目の前で見るとその迫力は段違いだ。

 反対側が遠めにしか見えないほど大きな湖に、その周りはには色とりどりの花畑だ。

 よく見ると花畑の周りにはかなり低いけど柵が境界線になっている。正面の花畑から湖に目をやると、右側に回ったところに湖に突き出た桟橋やボートもあるし、奥に小さな小屋もある。すべて自然にできたものではなく、きちんと管理されているようだ。


「でしょう? 気温もちょうどよくて、心地よい風が吹くから私も気に入っているの」

「そうなんだ。リリィのお気に入りを教えてくれてありがとう」

「……別に、秘密の場所でもなんでもありませんもの」


 お礼を言うと何故か照れたのか、リリィは少し視線をそらしながらそう言った。有名な場所だとして、自分が気に入っている場所をすすめてくれたこと自体が嬉しいのだけど。

 リリィはすぐに恥ずかしがる。そう言うところ可愛いけれど、今のは何がポイントなのか全くわからない。


 風景に見とれているうちに、少し離れた木陰になるあたりに腰を落ち着けられるよう絨毯が地面にひかれ、小さなテーブルやソファ、茶器セットまで用意されている。馬車も少し離れたところにとまっている。

 それらの位置も推奨位置があるのだろう。手馴れていて、整地されているのか安定していてテーブルがぐらつく様子もない。


「これ、靴を脱いであがるのかな?」

「屋外で脱ぐわけないでしょう? 今は私たちだけにしていると言っても、はしたないわ」

「そういうものかな」


 靴を脱いだところで靴下が見えるだけだし、素肌を見せるわけでもないとは思うけど、まあ確かに基本的には屋外では靴は脱がないものだ。庶民は水遊びで靴下を脱ぐことすらあるからあまり気にしていなかったけど、今後は気を付けよう。


「お姫様、お手をどうぞ」

「よろしくてよ」


 気を取り直して軽く笑って絨毯の上にエスコートする。大き目で寝そべれるものと一人用の二つのソファが小さめの丸テーブルを挟んで斜めに向かい合い、花畑を見ながら迎えあえるように配置されている。

 大きい方を案内し、自分は一人用に座る。すかさず侍女がお茶をいれてくれたので一口。湯気が出ていて少し熱いけど、その分ゆっくりいただいたことで、無意識に高揚で入っていた力が抜ける。


「ふー……うん、いい眺めだ」


 室内みたいなしっかりした用意に、さすがに大げさすぎるのでは、と感じたけれど、実際にこうして腰をすえると合っていた。

 森の中、横をみると美しい自然の景色がある中、当然のようにある人工物のソファという対比はどこか非現実的だけど、その分どこか絵本のような不思議な魅力を感じる。

 それになんといってもその中心にリリィがいるのだ。まるで絵本から妖精がお茶会中のまま飛び出てきたようだ。実に絵になる。


 そう感じてから、これを自分なんかが絵にしていいのか、と思ってしまう。


 今日のこの湖畔でのんびりする時間、リリィは景色をみるだけではなく趣味をのんびり楽しむ時間でもある、と説明してくれた。リリィは刺繍をしながらこの時間を過ごす、と言うことで私は絵を描くことになった。

 と言ってもそこまで本格的なこともできない。油絵は時間もかかるし汚れてしまう。ここでできるのは下書き程度だろう。

 こんな風に外ではっきりとお遊びとしてするのは初めてだけど、軽い気持ちで挑戦してみようと思っていた。だけどよく考えたらリリィを描くのにそんなおかしなものは見せられない。下書きだからこそちゃんと構図やバランスを整えていないといけない。急に緊張してきた。


「……どうかした?」

「うん、どんなふうに描こうかと思って」

「そう……その、何もなしにじっと見られるのは落ち着かないわ。やる気があるなら用意しましょうか」


 どんなふうにするかと考えながらリリィを見ていると、また少し恥じらいながらリリィは指示を出した。それほど大きくないキャンバスが用意され、リリィの手元にも刺繍の用意がされた。刺繍はすでに下書きを終えているようで、うっすらと何かが書かれている。


 さっそくかいて見ることにしよう。と言ってもちゃんとしたキャンバスに描くのは何年ぶりだろうか。まずは構図だ。リリィを中心にして、湖と花畑がわかるようにはしたいので、斜めから見るようにして、実際には私の位置からは見えないから想像の角度になるけれど。

 まずは風景から軽く、ここが湖でこのあたりに花があり、奥は木々、空はこう、とふわっと描いて、リリィの大きさは、うーん。そこまで大きくなくてもいいか。

 どう頑張ってもリリィの方が景色より美しいので、大きすぎると景色が消えてしまう。あくまで登場人物のほうがいいだろう。リリィはリリィで肖像画のように中心に描いてみたい気持ちもあるけれど、それだと過去に描かれた肖像画と比較されてしまうだろう。プロの腕前ではないのだし、旅の途中に描いていたのも自然が多い。なれたもので感覚を取り戻すのがいいだろう。


 と考えながらも描いていく。リリィは手元を注視しているので、あまり表情は見えないけど、誰かわかる程度にはしたい。

 描いていると段々集中してきた。時々ちらっと視線を向けて可愛い顔を見せてくれるのもやる気がでる。こんなに可愛いリリィが期待してくれているのだ。少しでもいいものを描きたい。

 本当に、あまり自覚していなかったけど、描くのが好きなのだな。考えないとわからない自分がおかしい。


 バランスを見ながらかきこんでいく。ソファの手前のテーブルも描いていくと、手前に私まではいってしまうような構図にはなってしまうけど、さすがにそこは無視する。絨毯の色が少し合わない気がする。地味ながら見やすい落ち着いた茶色なのだけど、どうせ靴なのだし絨毯はなくそう。その方がより妖精っぽい。


「……ふぅ」


 全体図がなんとなく描けたところで一息ついて手を拭いてお茶を飲むことにする。うーん。まあまあいい感じだと思う。

 思ったよりいい勢いで下書きができた。このまま塗りに入ってもいいくらいだ。油絵は時間がかかるし、もう少し手軽なインクも用意しておけばよかった。


「お疲れ様、描けたのかしら?」

「まあ、下描きはね」

「なら見せてもらっても?」

「え? まあいいけど」


 一息つく私に、リリィも気が付いたようで手をとめた。そして刺繍針を布に固定させてから立ち上がって私の後ろに回ってきた。


「へぇ、よいじゃない。完成が楽しみだわ。この後色を付けるの?」

「うん。でも油絵は時間がかかるから、また今度かな」

「水性とか、他にも絵具はあるけれど、エレナは油絵専門なのかしら?」

「そういうわけじゃないけど、描いたことはないね。あー、でも、確かに、挑戦してみてもいいかも」


 一緒に画材を買った時も、ちゃんと習ったのは油絵だけだからと何も考えずに馴染んでいるものを買っただけだ。だけど確かに、これは教養の一環ですらなくただの趣味なのだ。別に習っていなくても好きなものをつかってもいいし、興味があるならまた習えばいいのだ。


「なら見て見ましょう。用意してちょうだい」

「ん?」


 リリィといると思わぬ発見と言うか、視野が広がる気がする。と思っていると、リリィの指示でずらっと買った覚えのない画材が用意された。


「え? いつのまにこんなに?」

「私は絵には詳しくないけれど、種類は多い方がいいでしょう?」


 何でもないように言われた。用意してくれていたらしい。

リリィの刺繍に例えるなら、刺繍針や糸の種類はどれだけあってもいい。と言う感覚なのだろうか。

 驚いたけど、ありがたく選ばせてもらうことにした。せっかくなので試し描きもさせてもらい、リリィがいいと言ってくれた色のあるものにした。

 名前はわからないけど木炭のように色のついた塊で直接描き、ぬらした筆でなでると水性絵具のようになるのが優しい色合いで面白そうだったので、それで塗っていくことにした。



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