第一話 結婚初夜
貴族家の後継ぎ末っ子として生まれ、成人後すぐに勇者と予言されるまま旅立ち、百年ぶりに復活した魔王を倒した私は王家から姫を嫁にもらった。
これだけ聞くと、まるで絵本のようにきれいにまとまっていて、めでたしめでたしな幸せな話だと思うだろう。
だけど跡取りとして男性で戸籍を登録していただけで私の肉体は女だ。非常に具合が悪い。
嫁いでいった姉が双子を産んだのでその一人を父の養子にして後継ぎ問題が解決して、貴族としては無理でも平民なら戸籍もなく突然増えても誰も気にしないので、これから自由に女として生きていこうと言うところに予言の勇者にされ、仕方ないので男として魔王を倒した。
その結果、褒美として新たな領地と貴族位、そしてお姫様の嫁入りを拒否できなかった。
男だと虚偽申請したことがバレたら、まあ勇者としての功績があるので処分はないだろうが、それに今更、民に私が女だと知られるのも抵抗がある。なんとか穏便に断りたかったけれど、政治的にも世情的にもこうするしかない、と王にお願いまでされた上でこの褒美は王命だとされてしまった。ますます言い出しにくくなってしまい、お姫様には非常に申し訳ないけれど、真実を話すことなく結婚式をあげてしまった。
せめて彼女にだけでも説明してその意向を確認したかったけれど、そもそもまともに顔を合わせたのが式場でのことだった。だが、それも言い訳にもならないだろう。お姫様からすれば私が騙したことには違いない。これから部屋に行ってすべて説明しなければならない。非常に気が重い。
「失礼いたします」
名乗って許可をもらい入室する。今日から私のものになったこの城のような居宅も、なにもかもなれない。
部屋に入ると薄暗いサイドテーブルの上の明かりだけに照らされて、ベッドの上に座っている人がいた。
私の妻となった、リリアン・ベーカー・ドノバン。勇者として任命された時、初めてその顔を見かけた時も思ったけれど、改めて、美しい人だ。
彼女は現王の姉の子で、ご両親が亡くなったことで王の養子になった、正真正銘王の血をひくお姫様だけど、他国の血をひいていて目を引く白い髪に白い肌をしている。
彼女の大まかな事情は知っている。私のように疎い人間でも知っているくらい、みんな知っている話だ。
それでもその姿を初めて見て、噂なんていい加減なものだと思った。美しいと言う話だったけれど、そんな一言で言い表せない、絵本の中のお姫様が飛び出したと言っても信じてしまいそうな、儚くて美しい人だった。
こんなに美しいのに、そのことが噂にはでてこないのだ。それだけで噂の信ぴょう性なんてたかが知れていた。
「……そのように、畏まらなくて構いません。私はもう、王族ではなくなったのですから。どうぞ、こちらへ」
「ありがとうございます、姫」
けして大きくないのに、よく通る声だ。王族と言うのはみな幼いころから多くの人の前で話をするからだろう。彼女のカテゴリーが王族でなくなったとして、彼女の振る舞いの全てがもうそうなっているのだ。
そう思いながら、私は姫にすすめられた姫の隣、ベッドの上ではなく、ベッドサイドの椅子を引いてベッドに向けてから腰かけた。
「……姫、というのはおかしいでしょう。私はもうあなたの妻になったのですから」
「そう、でしょうか。では、リリアン様、お話しなければならないことがあります」
「……」
リリアン様は他人行儀で距離のある私の態度に不審そうな顔をして無言で促してくる。冷や汗がつたう。どんなに批判されるだろうか。
「すでに婚姻をしてしまい、今更ではあるのですが、私は、あなたと子をなして家庭をもつということができないのです。大変申し訳ございません」
「それは……私が、あなたより七つ年上だからですか?」
「ち、違います。あなたに悪いところなんて何もありません。ただ、私は……女、なのです」
この言葉を言うと決めていたのに、言葉に出すのは抵抗があった。今まで絶対に、ばれてはいけないと思っていた。女として生きるとして、それは貴族としての自分を捨ててからの話だと思っていたから。貴族のエレン・マックレーンとして女を名乗るのは、思っていた以上に声が震えた。
「はい……? それは、心が、ということですか? その、女性を愛せない、と言う」
「いえ、そうではなく、生まれた時から、身も心もそうなのです。ですから同性のあなたと子をなすことはできないのです」
「……そのような嘘をつかなくても、無理強いをするつもりはありませんよ。私は王家をでられただけで満足しています。私を押し付けられて、迷惑なこともわかっています。私はあくまでお飾りの形だけでも、文句を言うつもりはありません」
「……」
リリアン様はきょとんと幼く見えるような表情をして困惑していたようだけど、改めてちゃんと説明すると意味を理解してくれたけど、全く信じていないようだ。
眉尻をさげてどこか寂し気な微笑みでそう言われてしまった。私のせいでそんな顔をさせていると思うと、苦しくなるけど、いや……本当のことを言っても嘘だと断定するほど、私どう見ても男なのか。ちょっと複雑。
「では、少々、お待ちください」
こうなったら仕方ない。これ以上こんな顔をしてほしくないし、はっきりさせるため、私は服を脱いでいく。
立ち上がって上はすべて脱ぎ、下は下着一枚になる。さすがに全裸になるのは抵抗がある。本当は上も上着をつけていたかったけれど、男性の格好で胸をつぶしていたのでそれをとらないと証明にならない。
パンツはさすがにはいていても、中に男性のものがはいっていないのは証明できるだろう。
「え、エレン様……? も、申し訳ございませんっ」
ぽかんとした顔でまじまじと私の体を見ながら私の名前を呼んでから、はっとしたように勢いよくベッドから降りて私の近寄り、私が椅子にかけた上着を私にかけた。
「その、あなたを、傷つけるつもりはありませんでした。と言うのは、言い訳になりますね。ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうなその顔に私は、リリアン様のような方に服を着させてもらうなんて、きっと私が初めてだろうなとぼんやり考えていた。
傷つかなかったとは言わない。いくらそのようにふるまっていたとは言え、言葉では信じてもらえないほど男にしか見えないことも、幼い頃以来家族にも見せていない肌を一方的にさらすことも、恥ずかしいしどこか屈辱的にすら感じられた。
それでも、女に騙されて嫁がされたリリアン姫には非はない。彼女が私に何かを望んでこうなったわけではない。王だって私に悪意があってこうなったわけではないだろう。
ただ、こうなるしかなかったのだ。
「いえ、大丈夫です。私は勇者ですから。あなたが思うより、ずっと強いですよ」
安心させるために微笑みかけると、リリアン姫はそっと私の服から手を離し、背中を向けた。
私は服を着ていく。リリアン姫が立ち上がって近くで見たことでわかったけれど、彼女はこの季節には少し薄すぎるのではないかと思うような、透けて体のラインが見える薄いネグリジェを着ていた。
ぱっと見のデザインと言うか、そのシルエットだけはよくある寝間着としてつかわれるものだけど、丈も結構短い。簡易な部屋着なのかと思ったけれど、それにしては凝ったレースがされていて、飾りに小さな宝石もついている。
と服を手早く着ながらちらちら見てから気が付いた。
ああ、そうだ。当たり前だ。本来、今は初夜なのだから。リリアン姫は私に抱かれるためにこんな格好で、覚悟を決めて待っていたのだ。
そりゃあ、いきなり話があると隣をすすめたのに距離をとられ、男ではないと言われたのだ。混乱もするだろう。
「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
「……なぜ、と事情を聴いても構いませんか?」
そんな当たり前のことを、早く説明しないといけない。だけどしたくない。怒られるだろうか。なんて子供みたいに頭の中で言い訳していた私は失念していたのだ。
改めて申し訳なくて、私は心から謝罪をすると、リリアン様は静かに振り向いた。そしてベッドに腰かけてそう尋ねてきた。
「はい。ご説明させていただきます。お隣、失礼いたします。」
私はリリアン様に近寄り、その肩に私の上着をさっき自分がされたようにかけてからその隣に座った。そしてすべてを話した。