同居人
下村一輝からの返信を待っていた。
仕事が終わりスマホを見ると返信が届いていた。
「詩織ちゃんから会いたいって言ってくれるのは珍しいな。
いつもの店でいいのかな?
少し遅れると思うけど、待っててくれるか?」
「ありがとう。待ってる。」
「じゃあ、またな。」
「ありがとう。」
会社を出て店に着くまで落ち着かなかった。
店についても心がざわざわして落ち着かない。
⦅お願い。助けて! お願い!⦆
俯いていたようだった。
心配した声がした。
「どうした? 何かあったのか?」
「下村さん、来てくれてありがとう。」
「どうした! 泣いてたのか?」
「私、怖いの。」
「怖い?
店を出ようか?」
「えっ?」
「もっと落ち着いて話を聞ける店……。」
そう言って手を繋いで店を出た。
下村一輝は次の店に着くまで手を離さなかった。
「二度目だなぁ……詩織ちゃんと手を繋いだの。」
「そう、ね。」
「食べられないかもしれないけど、注文はしておくよ。」
「うん。」
「僕が決めるからね。」
「うん。」
直ぐに注文してくれた。
和食のお店だった。
「ゆっくりだよ。
ゆっくり、話せるなら話して。」
「うん。…………あのね。
あの人の奥様がリストカットしたの……。」
「リストカット!」
「同期が……悠君を支えたいと思っても……
支えたら駄目だって……。」
「……………。」
「私、この前……もしかしたら………悠君の……
悲鳴だったかもしれない………って………。
怖くなったの。
支えたいって思ってしまう私自身を……怖くなって……
助けて欲しくて……メッセージ送ったの。」
「………支えたいの?」
「そんなこと、許されない!」
「でも、気持ちは嘘つけないよね。」
「助けて欲しいって思ったらいけなかった?」
「ううん。僕に連絡くれて良かったと思ってる。」
「私、どう気持ちを落ち着かせたらいいの?」
「一人にならないこと、かな?」
「一人にならない……。」
「……詩織ちゃん、今日はこれから誰かの所に泊まる?」
「泊めて貰う方がいいのよね。」
「そうだね。お兄さんの所は?」
「あ……お義姉さんと折り合いが悪いから……無理なの。」
「そっか……。」
「美里に聞いてみるわ。」
「うん。駄目なら僕の家に来な。」
「えっ?」
「美里ちゃんに聞かなくても、もう僕の家に来なよ。」
「……でも……。」
「僕はもうその方がいい!
このまま君を一人に出来ないから……。
行ってしまうかもしれないじゃないかっ!
未来が……将来が……見えない男の元に!
違うか?」
「…………………。」
「今日、僕の家に!
もう放っておけないから……。」
「私………。」
「今の君は冷静じゃない。僕よりね。
僕も冷静ではいられない。君を一人にすれば……。
だから、食べたら僕の家に連れて帰るから!」
「…………でも……。」
「何もしないと約束する。
それは心配しないで。
僕は手を出さないよ。君の気持ちが僕に向いてくれていないうちは……。
ただの同居人だと思ってくれ。いいね。」
食事は喉を通らなかった。
店を出て、タクシーを拾った下村一輝は私の家に向かった。
「服とか化粧道具とか必要な物を持って行こうね。」
「……うん。」
この日から下村一輝の家で一時的な同居をするようになった。
一輝は約束通りに「ただの同居人」を貫いてくれた。
詩織42歳、一輝45歳だった。




