美里夫婦
年下君が話し始めた。
「僕は最初、ただの美人な先輩だと思って気にも掛けて無かったんです。
それが、ある日、恋に落ちました。」
「はいはい。知ってます。」
「聞こうよ。俺は知らないから……。」
「続けます。いいですよね。詩織さん。」
「もぉ……好きにどうぞ~。」
「僕は結構、モテるんです。
だから、女性から声を掛けられて付き合う繰り返しだったんです。
結構、しつこくて……『女って……。』って思ってました。
それは入社してからも変わらなかったんです。
宴会の時にしつこい子が居て、酔ってたからか分からないですけどね。
僕がトイレに行って、出ると、そこに居たんですよね。その子が……。
僕、腹が立って言ってしまったんです。
『お前なんかドブスを相手にするわけないだろ! バカか?』ってね。
その時、大声で泣きだしてしまって……その子が……。
めっちゃ困ったんです。
本音で言うと『困ったな。』と『知るかよ!』だったんですけどね。
立ち去れなかったんですね。
その時に美里先輩が来てくれたんですね。
たまたま、だったみたいなんですけど……。
そして、言ってくれたんです。その子を抱き上げながら……
『ちょっと飲み過ぎたのよね。もう帰ろうか? 送るから……。』って!
そして、僕には『大丈夫だから心配しないでね。任せて!』って!
もう僕、その時の美里さんの顔が忘れられなくなったんです。」
「もう知ってます。」
「俺は初めて聞いた!」
「モテるって大変なのよね。ねぇ、あなた…。」
「そうだ! 翔太の奴も入れ食いだ。常に……。」
「おい、俺はこの話には無関係だ!
ずっと君しか見えて無いからね。」
「あなた……。」
「そこで、ハートを飛ばさない!」
「次は? 早く話し終えてよ!」
「そう急がせないで下さい。詩織さん。」
「はいはい。」
「それから、詩織さんのご指導の下。」
「ちょっと待ったぁ―――っ。
何が私の指導の下なのよ!」
「教えてくださったじゃありませんか。
僕は今でも感謝しています。
僕から女性にアプローチかけたこと無いので……
本当に助かったんですよ。」
「イケメン君は違うね。アプローチかけられるしか経験ないってさ。」
「イジケナイ! 拓ちゃん。」
「詩織さんが教えてくれたんです。
『はっきり言いなさいよ。
〔僕は美里さんが大好きです。付き合ってください。お願いします!〕
そう言えば分かるから……美里でも……。』って……。
僕は伝えてきたつもりだったんですが、ちょっと鈍感なので……妻は……。」
「ちょっと待って……私、鈍感って……。」
「うん。ちょっとだけね。異性の想いに対してだけ鈍感だよ。」
「そんな……。」
「でも、それも含めて愛してるよ。」
「あなたぁ~。」
「もう駄目……お腹いっぱい過ぎて苦しい……。」
「もうちょっと我慢してくれよ。年下君のプロポーズ、聞いてないからさ。」
「承知しました。」
「でっ? それからどうした。」
「詩織さんのご指導通りに伝えたんです。
会社の帰りでした。
一緒に歩いていて言ったんです。
雨が降ってました。
傘を閉じて駅舎に入ろうとした妻に……
『僕は美里さんが大好きです。付き合ってください。お願いします!』
そう言ったんです。」
「うん? 私の言葉そのまま?」
「はい! そう言ったら、頬を染めて『ありがとう。よろしくね。』
そう応えてくれたんです。」
「嬉しかったの。私もちょっと気になってたのね。知らぬ間に……。」
「それで、プロポーズの言葉は?」
「それは、付き合って2日後でした。」
「早っ!」
「『愛しています。僕と結婚してください。』と言いました。
頷いてくれました。
それからは直ぐに全てを決めたくて…大急ぎで進めました。」
「直球だな。」
「一番、分かりやすくて素敵な言葉ですよ。」
「直球じゃないと美里には分からなかったかもしんないから、ね。」
「そだな………。」
「何と言っても………。」
「鈍感ですから!」
「鈍感だな!」
「鈍感だから…。」
「鈍感!だけハモらないで!」
「アハハ!……詩織ちゃんは? どんな日々だった?」
「私? 話すことなどないわよ。」
「あるんじゃないか?」
「あるわよ。詩織って言ってくれないもん。
あの彼との別れも……私、知らなかった。
別れたって言葉だけだったもん。
いつも我慢してばっか……だから、何かあったとしても言ってくれないもん。
友達なのに……寂しいよ。」
「……ごめんね。美里……泣かないで……。」
「大丈夫です。僕が居ます。」
「あったこと……話すわ。
でも……みんなと違うから……幸せな話は皆無よ。
それでも……いいの?」
「ほら……苦しいのに誰にも話さなかった……。」
「解決できないし、俺達が何か出来るわけでもない。
でも、話して……その一瞬でも、ほんの少しでも楽になれるんじゃないか?
だから、何も出来ないけど……話して欲しい。無理のない範囲で…。」
「拓海君……。」
「聞くだけしか出来ないけど……このメンバーから話が外に出ることはないよ。
その点だけは保障出来るからね。
俺も、一瞬でも詩織ちゃんには楽になって欲しいと思う。」
「翔太君……。」
「詩織………。」
「美里………皆……ありがと。
良い話は一つもないけど聞いてくれる?
私の5年間……。」
「うん。」
「ありがとう。話すね。」
私は私に起きたことを話す番になった。




