謝罪
泣いていてスマホの通知音に気が付いた。
先輩からのLINEだった。
「詩織ちゃん
近いうちに会いたいのだけど……。
この前のことで会って話したいの。
返信を待ってます。」
⦅先輩……心配かけたままだった、な。⦆
「先輩
先日は急に帰宅して申し訳ありませんでした。
いつでも、お声掛けください。」
「ありがとう。
じゃあ、早速だけど明日はどうかしら?」
「はい。
伺いますので、時間と場所をお願いします。」
先輩と退社後に会う約束をした。
⦅もう大丈夫だって言おう。心配掛けちゃったから……。⦆
駅の大きな広告の前で待ち合せた。
先輩は私より早く着いていた。
「すみません。
お待たせしてしまいまして……。」
「そんなに待ってないわ。」
「良かった…。」
「じゃあ、店に行きましょう。」
「はい。」
囲炉裏がある店だった。
個室に囲炉裏があって、趣がある落ち着いた部屋だった。
囲炉裏を囲んで先輩の向かいに座った。
「この前はごめんね。」
「それは私の台詞です。
急に帰ってしまって、心配をお掛けしました。」
「詩織ちゃん、私もうちの人も知らなかったのよ。」
「…………。」
「詩織ちゃんが彼と付き合ってたこと……知らなかったの。
ごめんなさい。
知ってたら……本当にごめんなさいね。」
「……あの……それは、何方から?」
「あれから直ぐに、うちの人が彼に聞いたの。
『何があった?』って……。」
「………そうですか………。」
「真瀬悠馬君と付き合ってたのよね。」
「はい。先輩がご存じないのは当たり前なんです。
別れてから……あの人が結婚してから先輩は移動で……。」
「うん。そうだけど……彼から聞いてたら誘わなかったわ。」
「そうですか。」
「別れた理由……お父さんの借金なのよね。」
「………はい。」
「辛かったわね。」
「………はい。」
「……今も……真瀬君のこと…好きなの、よね。」
「…………好き……よりも執着だと思います。」
「執着?」
「はい。……あれから何年経っても私には何も無いんです。
好きだと言ってくれる人も、好きだと思える人も……
人生でたった一度の恋だったから……その恋に……執着して…。」
「執着であっても、いいじゃないの。」
「いい?」
「そうよ。執着してても誰にも迷惑かけてない!でしょ。」
「はい。」
「何も行動を起こしていない!でしょ。」
「はい。」
「詩織ちゃんの心の中だけでしょ。」
「はい。」
「じゃあ、無理して忘れようとしなくていいじゃないの?」
「……でも…………。」
「そんな日が来るか来ないか分からないけど、すっかり忘れる日が来るかもしれな
いじゃないの。」
「……………。」
「長い間、何も無かった!かもしれないけど、これから先、何も無いとは言えない
でしょう。」
「……私は……年を重ねてしまって……もう恋という年じゃありません。」
「年齢は……そうかもしれないわ。
年が近い人はもう結婚してるものね。
それに、結婚だけが……恋だけが人生じゃないから……。」
「はい。」
「でも、一生で一回だけの恋……は、切な過ぎるわ。
いつか、真瀬君を忘れさせてくれる男性に巡り合って欲しいのよ。
私の願いだわ。」
「ありがとうございます。」
「詩織ちゃん……。貴女の人生はまだまだ長いの。幸せで暮らして欲しいの。」
「……ありがとうございます。」
先輩のスマホの着信音が鳴った。
「ごめんね。うちの人から……出て来るわね。」
「はい。」
先輩は部屋を出て話している。
私は涙を拭って……お手洗いに行こうと部屋を出た。
お手洗いの近くで先輩の声がした。
何故だか、思わず動けなくなり先輩の声を聞いてしまった。
「えっ? じゃあ……。」
「うん。あの子……今も好きなの?」
「忘れられないの?」
「じゃあ……うん。知りたかった!って……。知ってどうするのよ。」
「うん。………うん。………こっちは断ったから、ね。」
「それで、真瀬君は?……うん。退職は?……するの?」
「うん。退職したの?……したのね。」
「じゃあ、うちに来ることも? 決定なのね。変更なしね。」
「奥さんはどうなのよ。……えっ?……まぁ、お子さんが亡くなってから…。」
「うん。………そうなんだ………。」
「どうなるのか分からないけど……上手くやって欲しいわ。」
「うん。真瀬君の気持ちは…変わらないのね。うちに来るって気持ちは…。」
「うん。分かった。」
「えっ?……………………。」
後は聞こえなくなった。
声が小さくなったのではなかった…と思う。
私が後退り、その場を離れたからだと気づいたのは部屋の前まで戻った時だった。
部屋に戻っていることさえ私は分からなくなっていた。
⦅あの人……退職したの?
先輩たちと起業するために?
お子さんが亡くなった……って……知らなかった…。⦆
部屋で先輩を待った。
後は、どんな顔していたのかも分からない。
ちゃんと会話出来ていたのかも分からないまま……帰宅した。




