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明日へ  作者: yukko
32/57

職場は移動により、実家から通える距離の支社勤務になっていた。

あの日のことを私は思い出して眠れぬ夜を過ごしていた。


「詩織ちゃん、今日はごめんね。呼びだして……。」

「いいえ、お元気そうで……。」

「ありがとう。あのね、実はもう一人来るのよ。」

「どなたですか?」

「私の夫なの。」

「……あの……ご夫婦のお時間に…お邪魔ではありませんか?」

「そんなこと無いわよ。夫が貴女に会いたい!って言ったんだから……。」

「そうなんですか……?」

「もうすぐ来るから……先に頂きましょう。」

「いいんですか? お待ちしなくて……。」

「いいのよ。先に始めててって言われてるから…。」

「そうなんですね。」

「何にする?」

「揚げ出し豆腐で!」

「じゃあ、私もそれにするわ。それと、ビールでいいかな?」

「はい!」


先輩と二人で食べ始めると、先輩のご主人様が来られた。


「待たせたね。」

「あなた! 遅いわよ。」

「初めまして。私は…。」

「知ってるよ。詩織ちゃん、だね。」

「はい。」

「今日はね……。」

「話は後で! 先ずは座ってよ。」

「そうだね。」

「美味しいわよ。揚げ出し豆腐!」

「そう? じゃあ、俺もそれで!」


食べて暫くすると……。


「詩織ちゃん、経理畑なんだよね。」

「はい。」

「入社以来……。」

「はい。」

「実はね、君に俺達と一緒に来て貰いたいんだ。」

「?」

「俺達夫婦は会社を辞めて、起業することになったんだ。」

「それは……おめでとうございます。」

「ありがとう。」

「それでね、君をヘッドハンティング!って訳なんだ。」

「勿論、今の会社の方がお給料はいいわ。

 先も分からないと言ったら、その通りなのよ。

 でもね、詩織ちゃんが何か今の生活に感じていたなら……

 職場を変えるのも手だし……。」

「どうかな? 少しだけでも考えて貰えるかな?

 因みに会社の早期退職者対象の起業を希望して会社からもOK出たんだ。」

「希望して……承諾されたら支援を受けることも可能という……。」

「そう! その制度を利用するんだ。」

「この制度、今年が最後なのよ。」

「そうですね。」

「だから、考えて欲しいんだよ。」

「……お話、ありがとうございます。」

「じゃあ!」

「でも、申し訳ありません。」

「駄目なの?」

「すみません。先輩……。」

「何か……理由があったら教えてよ。」

「……理由……。

 実は、父は祖父の代からの小さな会社を経営してたんです。

 でも、知人の連帯保証人になって……その方が逃げて……。

 借金が大きくて……廃業しました。

 その時に、私は結婚のための資金を……父に全て渡しました。

 お付き合いしている方には何も言わずに別れました。

 借金が残っていて大きかったからです。

 それから、両親は母の実家近くに引っ越して勤め始めました。

 私は両親とは別にアパートに住むようになって、仕送りをしました。

 やっと借金が全額返済したのですが……。

 両親が相次いで亡くなりました。

 私は……今の会社を辞めたら……貯金は無いので困るのです。

 私の老後のために少しでも貯金したいのです。

 だから、辞めることは考えられません。

 ………すみません。」

「………ごめんなさい。知らなかったことばかりで……。

 ……頑張ったのね。今まで……。」

「貯金か………。欲しいよね。当たり前だ。

 分かった。今は諦める。

 ……今は無理でも……先になって退職したいと思ったら……

 俺達に声を掛けてくれるかな?」

「……ありがとうございます。」

「本当にいい子だな。」

「そうでしょ。」

「あいつが言ってた通りだ。」

「あいつ?」

「知ってると思うわ。同期でしょ。」

「同期?」

「悠真……真瀬悠馬だよ。」

「………ゆうま………。」

「どうしたんだ?」

「どうしたの?」

「すみません。帰ります。本当にすみません。」

「詩織ちゃん……具合悪くなったのね。

 送っていくわ。」

「いいえ! 大丈夫ですから……お二人でゆっくり過ごされてください。」

「詩織ちゃん、心配だわ。」

「大丈夫です。ほんとに大丈夫……失礼します。」


帰りながら涙が出て来た。

顔を人に見られないように伏せて歩いた。


⦅あぁ……あの日も……泣いてばかりだった……。⦆


そして、今夜も私は涙で枕を濡らしていた。

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