母
父から電話が架かって来たのは昨日だった。
昼、仕事をしている時に……。
「詩織!」
「どしたの?」
「母さんが……。」
「お母さんがどうしたの?」
「……倒れた……。」
「えっ?」
「今。病院に居る。」
「どこ? どこの病院?」
「市民病院……だ。」
「今から行くから!」
「詩織、気を付けて来るんだよ。
この上、お前まで何かあったら……
父さんは……。」
「お父さん、何かある訳ないじゃん。
お父さん、行くから待ってて!」
「分かった。気を付けてな。」
「はい。」
電話を切って、上司に話して、私はタクシーを拾い駅で降りて電車に乗り………母が…父が待っている病院へ向かった。
早く着きたかった。一秒でも早く着きたかった。
遠いと思った。遠すぎると思った。
電車を乗り継いで最寄りの駅に下り、そこからタクシーを拾って病院に着いた。
手術が終わって母は集中治療を受けていた。
母は脳梗塞で倒れたと聞いた。
「お父さん……。」
「詩織、良く来てくれた。ありがとう。」
「何言ってんのよ。娘だから当たり前じゃない!
大丈夫! 大丈夫! お母さん、戻って来てくれるよ。家に……。」
「父さん、詩織……。」
「彰大……。」
「お兄ちゃん、来てくれたの?」
「遅くなって済まない。」
「彰大……ありがとう。」
「父さん、ごめん。今まで何も出来なくて……。」
「いいんだ。全て悪いのはお父さんだからな。
お母さんがこんな目に遭ったのも……
全てお父さんが悪い……。
苦労……掛けっぱなしで……。」
父は泣き崩れた。
父にとって、母はこの上なく大切な妻だったのだ。
子どもから見て、それほど仲が良いとは思わなかったが………
きっと父と母は心を通わせて寄り添って生きて来たのだろう……そう思った。
医師の説明を受けてから、父に食事を摂らせて……。
⦅美味しくない……美味しく感じない。
お父さんは、きっと……もっと……何も感じられないまま食べてるのよね。
無理して食べるって変ね。⦆
「明日も病院に来たいから、実家に泊まるわ。
いいかな? 父さん。」
「彰大、お前、帰らなくてもいいのか?」
「帰らないよ。そんなこと気にしないで欲しいよ。父さん……。」
「そうか……じゃあ、布団出さないとな。」
「詩織も泊まるだろ?」
「あ!」
「どうした?」
「忘れてた……明日、美里の結婚式……。
どうしよう………。」
「行きなさい! ずっと仲良くして貰ってる美里ちゃんの結婚式なんだからな。
行きなさい!」
「でも……お父さん……。」
「但し、母さんのことはちゃんと話しなさい。」
「お父さん…。」
「万が一が…あれば電話する。
その時は途中でも戻って来なさい。
そのことを了解して貰いなさい。」
「詩織! 父さんの言う通りにしなさい。
母さんと父さんのことは俺に任せろ!」
「お兄ちゃん……。」
「そうと決まったら駅まで送るから……。」
「送る?」
「車を飛ばして来たから……。」
「飛ばすって………事故らなくて良かったわぁ~。」
「……そうだな……ほんとに、そうだ!」
「詩織、美里ちゃんに『おめでとう!』って伝えてくれ。」
「うん。分かった。
お父さん。」
「うん?」
「一旦、家に帰るね。何かあったら電話してね。」
「うん。分かった。気を付けて帰るんだよ。気を付けて……。」
「うん。じゃあ……お兄ちゃん、後のこと頼みます。」
頭を下げると兄は困惑しながら「他人行儀なこと言うな!」と言って、車を駅に向かって走らせた。
美里には全て話した。
「いいの? ほんとに?」
「うん。お父さんがそう言ったの。
だから、もしかしたら途中で声も掛けずに帰るかもしんない。
その時はごめんね。」
「何言ってるの! 来て貰えるだけで充分だよ。ありがと…。」
「ううん。………あ! お父さんから美里に……。」
「何?」
「ご結婚、おめでとうございます。……って。」
「……おじさん………。
ありがとうございますって伝えてね。」
そして……美里の結婚式に参列した。
拓海君には色々話したいと思った。
嘘をついたことは墓場まで持って行こうと思う。
伝えたいことはいっぱいある。いっぱいある。




