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明日へ  作者: yukko
28/57

父から電話が架かって来たのは昨日だった。

昼、仕事をしている時に……。


「詩織!」

「どしたの?」

「母さんが……。」

「お母さんがどうしたの?」

「……倒れた……。」

「えっ?」

「今。病院に居る。」

「どこ? どこの病院?」

「市民病院……だ。」

「今から行くから!」

「詩織、気を付けて来るんだよ。

 この上、お前まで何かあったら……

 父さんは……。」

「お父さん、何かある訳ないじゃん。

 お父さん、行くから待ってて!」

「分かった。気を付けてな。」

「はい。」


電話を切って、上司に話して、私はタクシーを拾い駅で降りて電車に乗り………母が…父が待っている病院へ向かった。

早く着きたかった。一秒でも早く着きたかった。

遠いと思った。遠すぎると思った。

電車を乗り継いで最寄りの駅に下り、そこからタクシーを拾って病院に着いた。

手術が終わって母は集中治療を受けていた。

母は脳梗塞で倒れたと聞いた。


「お父さん……。」

「詩織、良く来てくれた。ありがとう。」

「何言ってんのよ。娘だから当たり前じゃない!

 大丈夫! 大丈夫! お母さん、戻って来てくれるよ。家に……。」

「父さん、詩織……。」

彰大(あきひろ)……。」

「お兄ちゃん、来てくれたの?」

「遅くなって済まない。」

「彰大……ありがとう。」

「父さん、ごめん。今まで何も出来なくて……。」

「いいんだ。全て悪いのはお父さんだからな。

 お母さんがこんな目に遭ったのも……

 全てお父さんが悪い……。

 苦労……掛けっぱなしで……。」


父は泣き崩れた。

父にとって、母はこの上なく大切な妻だったのだ。

子どもから見て、それほど仲が良いとは思わなかったが………

きっと父と母は心を通わせて寄り添って生きて来たのだろう……そう思った。

医師の説明を受けてから、父に食事を摂らせて……。


⦅美味しくない……美味しく感じない。

 お父さんは、きっと……もっと……何も感じられないまま食べてるのよね。

 無理して食べるって変ね。⦆


「明日も病院に来たいから、実家に泊まるわ。

 いいかな? 父さん。」

「彰大、お前、帰らなくてもいいのか?」

「帰らないよ。そんなこと気にしないで欲しいよ。父さん……。」

「そうか……じゃあ、布団出さないとな。」

「詩織も泊まるだろ?」

「あ!」

「どうした?」

「忘れてた……明日、美里の結婚式……。

 どうしよう………。」

「行きなさい! ずっと仲良くして貰ってる美里ちゃんの結婚式なんだからな。

 行きなさい!」

「でも……お父さん……。」

「但し、母さんのことはちゃんと話しなさい。」

「お父さん…。」

「万が一が…あれば電話する。

 その時は途中でも戻って来なさい。

 そのことを了解して貰いなさい。」

「詩織! 父さんの言う通りにしなさい。

 母さんと父さんのことは俺に任せろ!」

「お兄ちゃん……。」

「そうと決まったら駅まで送るから……。」

「送る?」

「車を飛ばして来たから……。」

「飛ばすって………事故らなくて良かったわぁ~。」

「……そうだな……ほんとに、そうだ!」

「詩織、美里ちゃんに『おめでとう!』って伝えてくれ。」

「うん。分かった。

 お父さん。」

「うん?」

「一旦、家に帰るね。何かあったら電話してね。」

「うん。分かった。気を付けて帰るんだよ。気を付けて……。」

「うん。じゃあ……お兄ちゃん、後のこと頼みます。」


頭を下げると兄は困惑しながら「他人行儀なこと言うな!」と言って、車を駅に向かって走らせた。

美里には全て話した。


「いいの? ほんとに?」

「うん。お父さんがそう言ったの。

 だから、もしかしたら途中で声も掛けずに帰るかもしんない。

 その時はごめんね。」

「何言ってるの! 来て貰えるだけで充分だよ。ありがと…。」

「ううん。………あ! お父さんから美里に……。」

「何?」

「ご結婚、おめでとうございます。……って。」

「……おじさん………。

 ありがとうございますって伝えてね。」


そして……美里の結婚式に参列した。

拓海君には色々話したいと思った。

嘘をついたことは墓場まで持って行こうと思う。

伝えたいことはいっぱいある。いっぱいある。

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