拓海
拓海君と並んで歩いているのが不思議だった。
いつも美里が居たのだ。
美里が居ない時に拓海君と会うことなどなかった。
「詩織ちゃん、ありがとね。」
「美里には私から言おうか?」
「美里……どうしてる?」
「……どうして…る……って……。」
⦅言うべきなんだよね……。⦆
「あの………。」
「美里に彼氏……出来たか?」
⦅あぁ……なんとなく気付いてるのか、な?⦆
「…………。」
⦅めっちゃ勇気居る…。⦆
「詩織ちゃん?」
「…あのね……美里、会社の人と付き合いだした…。」
「……そ…っか……。明るくなってた?」
「うん。」
「幸せなんだな。」
「うん。」
「もう、決めたのか?」
「結婚?」
「うん。」
「……そうみたい……。」
「……そ…っか………。幸せなんだな…。」
「うん。
………拓海君……大丈夫?」
「…ごめん。悪い。気に掛けさせてしまって……。」
「そんな……当たり前だよ。」
「…てか……俺の気持ち、いつから知ってたんだ?」
「いつから? 分かんない……けど、長いと思う。」
「美里は? 俺の気持ち、知ってるのか?」
「美里は気付いてない! 安心して。」
「そっか……。良かった。」
「あくまでも近所の幼馴染のお兄ちゃんで居たかったのね。」
「それしか……俺のポジションは無いからな。」
「これを機に、周りを見てね。
すると、今まで見えなかった人も物も見えてくると思おうから……。」
「そうだな…。」
「まぁ、見えても私みたく、何も無い人間もいますが……。」
「そうなのか?」
「うん。全く………まったく! モテない。」
「そんなことないだろ。」
「あるあるですねん。」
「何故に関西弁!」
「なんとなく?」
「拓海君! 男だから泣いちゃ駄目とか思わないでね。
泣くなら私の胸を貸してあげるからね。」
「要らない。そんなにペッタンコの胸では泣けない!」
「失礼な! その言葉! セクハラじゃあ~!」
「……詩織ちゃん……俺の我儘、聞いてくれる?」
「聞くよ。今日だけは…!」
「さっきの店で何も飲んでないんだ。アルコール不足だぜ。」
「分かった。付き合う!」
「居酒屋でもいいかな?」
「いいよ!」
それから、拓海君と二人で居酒屋に行き食べて飲んだ。
拓海君は変に明るくって、それが怖かった。
別れ際に聞かれた。
「詩織ちゃんは、忘れられた?」
「忘れられないままだよ。好きだったから……。」
「好きなまま別れたんだよな。」
「うん。」
「戻れないのか?」
「翔太君と違って、彼はもう二児の父。」
「そっか……。」
「私ね、一生できる仕事に巡り合いたいんだ。」
「そっか……。」
「別れる原因だった実家の借金も目途が立ったと父が言ってたし…
もう仕送りしなくていいから、引っ越したのよ。
おんぼろアパートから…。」
「おんぼろアパート?」
「うん。セキュリティ対策全く駄目なアパート。」
「引っ越せて良かったよ。」
「うん。」
「それに、今まで何も無くて本当に良かったよ。」
「ありがと。」
「俺も詩織ちゃんを見習って仕事頑張る。」
「それもいいんじゃないかな?」
「そうだな。
……今日はありがとう。」
「いいえ、どういたしまして!
美里へは私が話すからね。翔太君のこと……。」
「おう。頼む。
……ごめんな。俺、今は平気な顔できなさそうだから…。」
「気にしないで!
ゆっくり…心を……何て言ったらいいのか分かんないけど…。」
「ありがとう。
……で、家まで送るよ。」
「いいよ。」
「否、送らせて! 俺のためでもあるから…。」
「じゃあ、遠慮なく…。」
「そうして!」
拓海君に美里さえまだ来ていない家まで送って貰った。
玄関で別れた後、拓海君の寂し気な後姿が目に焼き付いた。




