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【001】プロローグ

こちらは(一応)「窓明かりの向こう側」の続編にあたる作品です。ただし、前作を読んでいただき「これで完結でいい!(むしろそのほうがいい!)」と感じた方は、ここでブラウザバックすることをおすすめします。

※引き続き、ド・シリアス。

※アリシア氏、こちらも引き続き、基本的には情緒不安定。

 ――『くさい』と言われた。





 その日、アリシアはいつものように自室で本を読んでいた。

 幼児向けのものはほとんど読み終えてしまったので、自国の歴史について書かれたページをペラペラとめくる。


「わがくに、の……れきし、は……しょだい、うぃりあむ、おうの……じだい、に、さかのぼる……」


 普段、会話をする相手がいない分、声に出して文字を読み込んだ。以前、食事を運んできた使用人に久々に声をかけようとしたら、空気が喉に張り付いたようになって、思い切り咳き込んでしまったからだ。使用人は「やだ、風邪?」と言って、アリシアを床に突き飛ばした。

 『かぜ』――つまり、咳き込むことは相手にとって嫌なことであるらしい。その時、定期的に声を出しておくのは大事なのだと学んだのだった。


「うぃりあむおうは、『はじまりのおう』ともいわれ……となりには、つねに……もうじゅうのすがたがあったとされて、いる、が……これは、しんわの、じだいからつづく……せいじゅうであったのでは、ないか、と……」

「――なにしてるの」


 他にすることもないので、一心不乱に文字列をなぞっていると、三つの影が部屋に入り込んできた。

 ハッとして顔を上げる。そこにいたのは、異母弟(おとうと)異父妹(いもうと)二人だった。

 直接聞いた話によると、異母弟(おとうと)と上の異父妹(いもうと)がアリシアより一つ下で、両者同い年。下の異父妹(いもうと)がアリシアより二つ下ということらしい。


「ちょっと、きいてる?」


 異母弟(おとうと)に頭を小突かれて、アリシアは視線を泳がせた。だいたいにして、彼らには何を言っても駄目なのだ。

 彼らがわざわざここに来た時点で、()()()()()()()のはわかりきっている。


「っていうか――ねえ、なんかくさくない?」


 顔を顰めてそう吐き捨てたのは、上の異父妹(いもうと)だった。「あたしも、おもった!」と下の異父妹(いもうと)も同調する。

 曰く、異母弟(おとうと)の母親譲りだという色素の薄い茶色い瞳がこちらを捉えて、歪んだ。


「……ゆあみもしてないの? きったないなあ」


 ――してる。

 そう答える前に、壁に立てかけてある、使い方を知りもしない何か――(ほうき)だった――を手に取った上の異父妹(いもうと)が、アリシアに向かってそれを振り下ろした。

 アリシアが、反射的に顔を覆い「いたい!」と叫ぶ。

 何度も繰り返されるその行為を愉しげに見つめながら、下の異父妹(いもうと)は言った。


「くさいから、きれいにしてあげてるのよ!」


 痛みに呻きつつ、アリシアが「やめて」と訴える。しかし、異母弟(おとうと)は「しんせつにしてもらったら、ありがとうっていわなきゃだめなんだって」と、まるで悪戯をした子どもを諭す親のような声色で言った。

 やがて、痛みもほとんど感じなくなった頃、アリシアが絞り出すように口にした「ありがとう」という言葉。それにきょうだいたちは満足したのか、子ども特有の無邪気なはしゃぎ声を上げながら去って行ったのだった。


「ゆ、あみ……」


 床に転がったまま、アリシアは以前読んだ絵本に書いてあった『ゆあみ』というものについて思いを馳せる。


(えほんでは、きしさまが「あせもかいたし、ゆあみでもするか」っていってた。『ゆあみ』は……あせをかいたら、するもの……。きしさまは、たくさんの()()があるところに、はだかではいってた……)


 書物から知識を得ているアリシアは、ある絵本の中にあった『ゆあみ』という描写を見て、しかもそれがどうやら『人が定期的に行っているらしいこと』だと知り、以降、自分も人だからと見よう見まねで『ゆあみ』をすることにしたのだ。

 とはいえ、それは絵本から、賢くも幼いアリシアが読み取ったものでしかないので、湯などという発想にはならなかったし、大量の水を用意する術もなかった。

 結局、裏に流れている小川の水を(たらい)に汲み、それを体にかけるというやり方にした。一度は、小川にそのまま入ってみたのだが、底にあった小石で足の裏を負傷し、微々たるものながらも流血した挙げ句、しばらく痛みと戦うことになった経験があるので。


(『くさい』……)


 もしかしたら、自分の思う『ゆあみ』は、何か違うのかもしれない――。

 そう不安に駆られたアリシアが再び(くだん)の絵本に飛びつき、()()()()が布のようなもので体を拭っていることに気がついたのは、(ほうき)で打たれた痛みが和らいできた数日後のこと。

 そして、本来の()()()がどういうものであるか知ったのは、それからさらに数カ月ほど経った頃のことだった。

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