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44−2 城

「薬はどこだ」

 図体の大きな男が、鬼が持っているようなイボイボ付きの鉄バットのような物を手にして、鉄格子前ですごんだ。


 人がうとうとと体育座りのまま眠っていたのに、ひそひそと話す声とするような足音が耳に入り、すぐに気がついた。こんな湿気た場所でぐっすり眠れるわけがないので、男が鉄格子前に来るよりも先に玲那は立ち上がっていた。攻撃されないように、近づかずに壁際で右手を握りしめる。


 男は兵士のような胸当てをしておらず、槍も持っていない。兵士とは別の身分の者だ。だからといって、身分は高そうには見えなかった。どちらかといえば、身分が低そうなチンピラ風情。髪の毛がボサボサで、まとまりがない。ランプの光が淡いのでしっかり見えないが、ベージュ色の長袖を折り、肘から手の甲にかけて皮の手袋をしている。膨らんだズボンに膝下ブーツ。ベルトではなく、帯を巻いただけでズボンを押さえていた。身分が高そうな感じはない。銀行には行かなそうな装いだ。


「薬はどこだと聞いているんだよ!」

「何の話ですか? 意味がわかりません」


 玲那が言った瞬間、男が鉄バットで鉄格子を叩きつけた。

 びくりと肩が上がる。打った音が耳の中でこだました。鉄格子は壊れないのか、まだ音がビーンと鳴っている。

 薬と言われて思いつくのは小瓶だ。こちらはあれがなんの液体なのかわからないのに、当然知ってるかのごとく話してくる。


「ハロウズ家に行ったことはわかってる!」

 想定していない名前が出てきた。男はボサボサ頭を振り回すように怒鳴り散らす。

 玲那がハロウズ家に行ったことを知っている。それはともかく、そこで小瓶を渡したと思っているのだ。

 どうしてそうなった?


「なんの話かまったくわかりませんが」

「とぼけるな! 薬を渡したのか!」


 渡したと言ったらどうなるのだろう。どうやら男は強面なだけで、頭の中は空っぽらしい。会話の進め方が下手すぎる。玲那からなにかを聞きたいとしても、もう少し聞き方があるだろう。鉄バットで脅せばなんでも話すと思っているようだ。


 普通ならそうかもしれないが、相手が一人であれば、今の玲那には対処ができた。

 ビットバで気絶させるくらいはできる。

 右手に力を入れて、すぐに対応できるように神経を集中させる。男は苛立ちを隠さず、鉄バットを振り回した。

 ガキン、と音が響く。そのうちその鉄格子は壊れるのではなかろうか。


「おい、まだか!?」

「うるせえ。すぐだ!」

 階段前の扉が開いて、兵士が様子を伺いにきた。大声で返す男に比べて兵士は小声だ。どうやら他の者に知られたくないらしい。


「私がそのなんとかさんに薬を渡していたらどうなるんでしょう?」

「こ、の野郎、聞いてるのはこっちなんだよ!」

 玲那の言葉が気に触ったか、男が兵士の槍を無理やり奪うと、鉄格子の隙間から玲那を狙った。


「次はその細っこい体に刺すぞ!」

 壁にかすった槍を、男はなにもなかったかのように引いて、兵士に返す。

「若い女をそんな簡単に殺そうとするなよ。あとで役に立つんだから、さっさと終わらせてくれよな」

 兵士が止める気もないと、その槍を手にした。

「当たってないだろうよ」

「当たっただろ。目が悪いのか? ほら、おねえちゃんがびびって動けないじゃないか」


 兵士がせせら笑ってくる。その顔をフライパンで殴りたい。

 槍は玲那の肩をかすっていった。咄嗟に避けなければ胸に刺さっていたかもしれない。すぐに斜めに避けて座り込んだので、肩をかすっただけですんだのだ。


 頭悪すぎないか?

 出かけた声は呑み込んだ。


 右肩がびりびりと痺れてきた。ひどく痛いわけではないが、血が流れるのがわかる。今ので足が震えてきた。緊張しているのか視野が狭くなるのを感じる。空間が狭くなるような、周囲が迫ってくるような感じがした。ひどく緊張すると、視界が狭まり一部分しか見えなくなるのだ。手術前によくなった感覚で、耳が遠くなったりする。


 ここで緊張してはダメだ。動きが鈍くなる。意識を保つために、右手を握りしめ、開き、もう一度握りしめる。

 玲那はゆっくりと立ち上がる。座っていたら咄嗟に動きにくい。足は震えていて力が入りにくかったが、男を睨みつけて一挙一動を見つめた。相手の動きを見ていなければ、気の短そうな男があの鉄バットで鉄格子を壊してきそうだ。

 大きく息を吐く。相手は頭の回転が悪いのだ。なにもかも知っているとは思えないが、知っていることは話してもらいたい。


「ハロウズ家には行きました。でも、薬は、渡していないって言って、信じてもらえるんですか?」

「だったらどこにある!」

「捨てました。薬なんて知らないんで、中の液体は捨てて、小瓶だけいただきました」

「なんだと!! ふざけやがって!!」

「おい、殺すのは勘弁してくれよ。お楽しみがあるんだからさあ」

「うるせえ!」


 男が下卑た笑みをした兵士を突き飛ばした。勢いよく飛ばしたせいで、兵士が壁に頭をぶつけて転がった。気を失ったようだ。

 なんと短絡的な男なのだろう。この男を遣わせた者も大概だ。よほど適当なのか。それとも、相手が村に住む女の子だからと、軽く見ているのか。この男の前では泣きべそでもかいて、なんでも話すと思われているのかもしれない。


 男は兵士の腰から鍵を取り出すと、鉄格子の扉の鍵を開けた。大きな図体で無理に扉に入り込ようと、鉄バットを引きずってから、それで手のひらを打ってみせる。軽いわけではないだろうが、鉄バットが軽そうに見えた。


「薬はどこだ。ハロウズに渡したのか」

「渡したらどうなるんです? ハロウズ家に忍び込むんです?」

「知らねえよお。俺はお前がどこに薬をやったのか聞けって言われただけだ!」

 男は鉄バットを振り上げた。

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