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2−2 玲那

 どうやら、夢ではなさそうだ。

 足裏が靴に触れる感触。着ているワンピースのようなベージュの布が、太ももに絡み、足をくすぐった。家の木の匂いは鼻の奥に感じ、春のような暖かな空気が肌に触れていく。


 生きている。


 指先は自由に動き、飛び上がっても足は痛くない。スクワットをしてみても、筋力のなさに床に座り込むことはない。万歳をしても、どこにも痛みは感じない。頭痛もなく、大きく息も吸い込めて、身体がとても軽く感じる。

 自分は死んで、新しい生を受けたのだと、信じることができた。今頃、元の世界では、自分の葬式でも行われているのだろうか。

 胸が痛むのは気のせいだ。この体で、胸が痛むことはない。


「早く降りてきてくださいー」

 使徒の呼び声にハッとして扉を抜けると、すぐ横が階段になっていた。どうやらここは二階のようだ。


 家は戸建てで、眠っていた場所は二階で一部屋のみ。一階は、階段下にある廊下で分かれた右側がリビング。左側がキッチンらしく、キッチンには地下倉庫もあるのだと説明される。

 まずはリビングだと、階段を降りて右側に折れる。そこは真っ暗な部屋になった。バン、と勝手に窓が二つ開いて、光が差す。その部屋の全貌が目に取れた。


 小さな木の机と椅子が二脚。本棚のような棚。窓際に小型の暖炉があり、数本の薪が積んである。壁にタイル画があるが、飾りはそれだけ。随分とシンプルな部屋だ。廊下側に扉があり。そこから外に出られるようだった。


「玄関がないんだ」

「靴を脱ぐ習慣はありませんからねえ」

「ちょっとなんだか、なんだかです」

「まあまあ、こちらに行けば、もっと驚きますよ」


 それは悪い意味ではなかろうか。使徒は先ほどの階段前の廊下に戻り、キッチンを案内してくれる。廊下の左手に、扉が開きっぱなしの部屋があった。


「キッチン、ですかあ」

「キッチンですね」


 案内されたキッチンなる部屋に、玲那は目を眇めて使徒を横目で見てしまった。

 そこはリビングの半分くらい広さで、縦長の部屋だった。裏口があり、外に出られるようになっている。

 しかし、キッチンにあったのは、どう見てもかまどだった。IHのはずはないと思ったが、もちろんガスコンロでもない。


 部屋の半分の裏口側が一段低くなっていて、壁際にかまど、薪などがあり、リビング側の壁にはシンクと調理場のような石の台になっている。

 形の悪い鍋が石の台にいくつか置いてあり、壁に掛けられた道具も見られたが、鍋と木ベラと、おたま。そして、窯用の薪があるだけ。


「水瓶は外にありまして、井戸から水を汲むことになります」

「井戸!?」

「あとは地下に倉庫ですね。床板を外して降りられますので、お時間がある時にどうぞ。では、お庭のご案内を」


 使徒はそのまま裏口を開けた。ふわりと暖かな風が入ってくる。リビングに比べてキッチンは少し涼しいようだ。暑いくらいの暖かさを感じて外に出れば、玲那は、あっと声を上げた。

 目の前に広がるのは雑草の生えた土地で、気持ち程度に作られた低い木の柵で囲われている。雑草の生えた野原の先は、奥深い森だ。そちらから鳥の声が届き、カサカサと何かが動く音も聞こえた。


「うわあ。田舎だあ」

「自然豊かと言ってください。あちらの森は庭ではありませんので、入って迷子になりませんように。とても広い森になります。そして、こちらが水瓶」


 裏口のすぐ隣に、玲那の腰ぐらいまでの高さの大きな瓶がある。隣にも瓶があり、屋根の雨水を溜めているのか、木で出来た雨樋に繋がっていた。

 顔を覗かせると、自分の顔が映る。見慣れた玲那の顔とは違い、頬にはりのある女の子がそこにいた。揺れる水面で見る分でも、痩せすぎてはいない。病気が長かったため、玲那の顔は細く、目の下も窪んでいたが、今の顔は平均体重だろうか。


 鏡と違ってしっかり映っているわけではないが、若干鼻が高いかもしれない。目は二重で変わりない。そこまで違いはなさそうだが、そっくり同じでもない。


「魂はあなたを表すのです。ですから、姿もあなたになっていくでしょう」

「言ってる意味が、わからないんですが?」

「結局、あなたはあなたということですよ。その身体は神が与えたものですが、魂が定着すれば、あなたになるでしょう」

 よくわからないが、その内、玲那の顔になっていくのだろうか。それとも、この顔に慣れるということだろうか。


「平凡な顔ですね」

「ちょっと、黙りましょうか?」

 使徒の一言に少々苛つくが、使徒の顔に比べたら間違い無く平凡なので、何も言い返せない。


「あれが井戸になります。柵に囲まれた土地はあなたの土地になりますので、好きにしてください」

 井戸は柵の側にあり、屋根のある滑車と桶があった。間違いなく、手作業で水を運ぶことになる。


 ぐるりと回ってリビングの出入り口に行くと、柵に繋がる木でできた門扉があった。前は石がゴロゴロ転がっている、舗装されていない土の道で、車一台通れるくらいの小道だ。小道を挟めば野原で、少しだけ山になった先に、小さく家が見えた。


「あれが、一番近い隣の家になります」

 それにしては遠いように思う。都会生まれ都会育ちの玲那からすれば、隣家が一軒しか見えない時点で、相当な田舎だった。

 けれど空気がいい。けんそんとした雰囲気はなく、聞こえるのは風の音や動物の鳴き声などで、自然の音しか聞こえない。病院の消毒薬くささは感じず、ぬるい一定の温度の中、エアコンからの風が流れてくるわけでもない。


「人々の記憶では、あなたは遠い国から来た人ということになっていますので、気にせずお付き合いください。神の力により、適当に誤魔化されます」

「ええええ?」

「お名前は、そのまま使っていただいて結構です。氏はホワイエ様になります。レナ・ホワイエ様」

「ホワイエ、ですか」


 その苗字はどこから出てきたのだろうか。しかし覚えにくいわけではないので、頷いておく。

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