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75 会合

 聖女の噂は悪辣で、聞いているだけで吐き気がする。


 驚くべき美貌を持ち、その姿で王子エルランドを魅了した。エルランドは聖女に狂い、父親のモルテンを殺す。聖女はモルテンから父親殺しのエルランドに嫁ぎ、自由奔放に過ごした。男たちを手玉に取り、多くの者たちを貢がせ、悠々自適に暮らした。

 怒りに狂ったエルランドは、聖女に近づく者たちを殺しはじめる。

 聖女はエルランドを気にすることなく、それでもなお多くの金銀財宝を手にした。


 そんな女が母親。

 護衛騎士だったマウリッツは、そんな噂とはまったく違う女性だったと言うが、世間の噂を聞いていては簡単には信じられない。

 それよりも、噂通りだとしたら、誰の子供なのかもわからないではないか。

 本当にエルランドが父親なのか。そんな疑問さえ湧いた。


 銀の髪を黒に染めて、目元を隠して。子供の頃から顔を隠すように言われたが、エルランドに似ていると言われたことはない。エルランドの顔は知らない。エルランドの噂もひどいもので、容姿に関して耳にすることはない。

 だから、誰が本当に父親なのか、それすらもわからなかった。


「聖女さんは、無実ですよ」

 レナは澄み切った瞳を向けて、よどみなく口にした。

 愛する人との名前が記された質素な指輪を、いつまでも持ち続けていた聖女。そんな女性が、魅了の能力を使い、人々を狂わせるようなことなどしないのだと。


 ずっと、信じることはできなかった。

 けれど、やっと、信じることができる気がした。








「レナちゃんが起きたのかい?」

「今起きたけれど、また眠った」


 階下に降りれば、オレードが階段を上ろうとしていたところだった。

 今何時頃なのか。窓の外を見ればすでに明るく、日も高い。朝どころか昼に近いようだ。

 出血が多く気を失ったレナを治療したが、流れた血が多かったために目が覚めなかった。傷自体は治療を終えても、血を流した分の体力が戻らなかった。疲労もあったため、眠りが深かったのだろう。

 オレードはやっと目が覚めたことに安堵していた。


「出血が多かったからね。無事で良かったよ。フェルナンが気づかなかったらと思うと」

 リリックは時折視界を共有することがある。宿主の危機や、感情の昂ぶり、強い忌避などを感じると、その情景を記憶する性質がある。作り手と持ち主が同じであれば記憶するだけにとどまるが、別である場合、その記憶を繋げることがある。


 本来リリックは作り手が使うものだ。それを他人に渡しているのだから、繋がりは作り手の方が強い。視界を分けようと思えば分けられるほどに。

 そんな真似はしないけれど。

 ただ、リリックが反応し、勝手に送ってくる場合は嫌でも見えてしまう。

 だが、今回はそれに助かった。


 オレードは、大きく安堵のため息をつく。

 オレードもかなり心配していた。傷の手当てをしている時はずっと側で待っていた。レナを気に入っているため、心配で仕方がなかったのだ。


「傷は問題ないと言っただろう」

「そうは言ってもね。レナちゃんは体が弱かったと言っていたのだし、体力に不安があるだろう?」

「雪の中あれだけ歩き回っているんだ。病は完全に治癒したんだろう。目が覚めなかったのは睡眠を要しただけだ」

「ずっと付き添っていたくせに、よく言うね」


 オレードに鋭く突っ込まれてばつが悪い。眠っているだけだとわかっていたが、目が覚めないことに不安があったのは確かだ。いきなり飛び起きるとは思わなかったが。

 体力がまだ完全に戻ったわけではないため、話しただけで疲労したか、もう少し眠ると眠ってしまった。

 不覚にも涙を流したことを、玲那がごまかしたようにも思える。


「レナに食事を持っていくように伝える」

 言って頬をこすって顔を背けた。まだ目が赤いかもしれない。あんな風に無防備に泣くなんて、どうかしている。

「伝えたら広間においで。集まっている」

「わかった」


 誰が集まっているか。聞くこともなかった。








「さて、本題に入ろうか」

 広間に集まっていたのは、グロージャン家当主とその弟マウリッツ。アシャール家当主、そしてオクタヴィアンだ。


 どうしてこの面々なのか、オクタヴィアンは警戒している。マウリッツの噂は聞いているのだろう、顔が強張っていた。

 なぜここに、聖女の護衛をしていたグロージャン家当主の弟がいるのか。頭の中を回転させて答えを考えているはずだ。これからなにに巻き込まれるのかと、内心冷や汗ものだろう。


「今回の事件の犯行者たちは、皆死亡したようだな」

 口を開いたのはグロージャン家当主、ドーグラス。オレードの父親だ。

「ローディアを狙った犯行だったようでしたが、捕らえた者たちは自害したようです」

 マウリッツが続ける。


「前からいた団体だ。インテラル領主代理はご存じだろうか。元王、エルランドを治療する神官を許すなと主張する、怪しげな団体を。ここ最近目立ちだし、治療する者がローディアに変わって声が大きくなった」

 ドーグラスに問われて、オクタヴィアンは噂は耳にしていると答える。だが、都での噂でしかオクタヴィアンは知らないだろう。ドーグラスはマウリッツに説明を促した。


「町でエルランドと聖女の悪評を煽っているだけの団体ですが、ここ最近活動が活発になりました。ローディアの名前を出して反発するほどです。オクタヴィアン様もご存知の通り、ローディアはヴェーラーの命令でインテラル領へ入りました。その理由に気づいた者たちは、ローディアが邪魔なのでしょう。調べられると嫌がる者たち、ローディアを陥れたがっている輩が、今回の騒動を起こしたのです」

 オクタヴィアンが理解したような顔をして、ちらりとフェルナンを横目にする。


 聖女の護衛騎士はグロージャン家から縁を切られたと言われているのに、当たり前のように当主の横にいて説明をする。しかも表立って動けないとされている中で、情報を得ている。隠とん生活を送っているはずなのに。しかもここにアシャール当主が同席して黙って話を聞いている。

 オクタヴィアンは想像つくだろう。年齢は若いが頭も良ければ勘もいい。


「……それは、同じと言うことですか」

 一瞬の沈黙の後、オクタヴィアンは重くるしそうに口を開く。

 なにが、とは言わない。それでもマウリッツは頷き、ドーグラスは目をすがめて息を吐いた。


「おそらく、同じだと考えている。エルランドや、聖女に虜になった者たち。それから、君の父君。違うのは、一度に摂取した量だろう」

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