74−2 痛み
「ところで、なんで私から方法を変えたんですか? 一軒家に一人。なんて極端な放置プレイ」
「立ち向かう精神力は、誰もが持っているわけではありませんからね」
メンタルお化けと言いたいのか。納得できるような、できないような。確かに玲那はへこたれることなく、一人暮らしを満喫していたが。
今までの異世界人がこの世界に馴染むのにことごとく失敗したため、玲那は予言としてヴェーラーに伝えられなかった。今回は誰にも伝えず、勝手に馴染ませよう。みたいな。
「まあ、変におだてられても困りますけどね。ハードル上げられて、現れたのがこれかー。がっかり。みたいなのは確かにきつい。きつすぎる」
今までの異世界人のように、特異なことはまったくない。驚くほどない。異世界人が来たー。と受け入れられて、じゃあ、あなたはどんなことができますか? で、まったくなんにもないと知られたら、相手のがっかりが辛すぎる。一軒家で一人暮らしで良かった事案である。
「てっきり、私だけ体を持っていないから。とかだと思ってました」
「あなただけが、魂だっただけですよ」
他の者たちは体があったのは間違いないのか。
「ああ、そろそろ時間ですね」
使徒はわざとらしく柏手を打つ。嫌な予感がすると、玲那の足元の白い床に、ぽっかり黒い穴ができあがった。
「では、どうぞ、お気をつけて」
「ちょっ、そのセリフ!」
「いってらっしゃいませー」
「新しい世界とか、勘弁!」
せっかく、あの世界に慣れてきていたのに。フェルナンに伝えたいことがあったのに。
白い世界で使徒がふわふわ浮いていたのが遠ざかっていく。
「ちょっとお、勘弁してよおおおっ!!」
体が急降下して暗闇に落ちていく。使徒がぱくぱくとなにかを言った。
それを見終える前に、玲那は暗闇に包まれて意識を失った。
「異分子は、馴染むことがとても難しいのですよ。ですが、あなたなら大丈夫でしょうね」
使徒の言葉は、玲那の耳には届くことはなかった。
最初からやり直しはひどくはなかろうか。
あの家での生活もやっと慣れ、魚も釣れれば、獣も狩れるようになった。今後作りたいものもあるし、考えていることもある。なにより浄水場は作り途中だし、お風呂まで作ってもらって代金未払いである。
せめてお金。お金を払わせてくれ。
それに、フェルナンに伝えていない。
聖女のことを。
「やり直すのは勘弁!」
がばりと起き上がると、今度は白の世界ではなかった。
どこかで見たような木組みの壁。天井が斜めで、まるで屋根裏のような。
「あれ? ここって」
呟いて、人の気配に気づいた。床に座っていたのか、フェルナンが驚いた顔をして玲那を見上げる。
「フェルナンさん! あれ!? 本物!?」
玲那は自分の背中に触れ、顔に触れ、手足がしっかり動き、どこも痛みがないのを確認する。
鏡はないが、フェルナンが隣にいる。よく見れば眠っているベッドは、オクタヴィアンの屋敷の、玲那の部屋のベッドだ。
「生きてるじゃん! あっぶなー。また死んじゃったかと思っちゃった。て、えーと。おはようございます?」
隣で座り込んでいたフェルナンが無言で玲那を見上げているのを思い出して、玲那はフェルナンに顔を向けた。死んで新しい世界に飛ばされたのかと思ったので、つい生き残れたことを口にしてしまった。
深く意味を考えないでほしい。
フェルナンはきゅっと唇を閉じて、眉を寄せた。
気のせいかな、目が若干赤い気がする。ここで寝ていたのか?
そう思ったら、いきなり立ち上がって踵を返した。
「え、ちょっ、待っ、」
逃げるように玲那を後ろにして部屋を出て行こうとするので、それを止めようと服に手を伸ばしたが、歩く方が早い。体重をかける場所がなくなって、そのままべしゃりとベッドから落ちる。
「あだっ」
「大丈夫か!?」
「あてて。ベッドから落ちただけです」
フェルナンは慌てて駆け寄ったが、はたと気づいたかのように、すぐに背を向ける。
そうはさせない。今度はがっしりとフェルナンの服を掴んだ。フェルナンの歩む力の方が強くて、掴んだまま引きずられたので、フェルナンがギョッとした顔をして振り向く。
「なにをやっているんだ!」
「お話。お話があるんですよ! もう、会えなくなって、話もできないかと思っちゃってましたよ。良かった。お話できて、」
「当たり前だ!」
いつまでも裾を掴んでいたのが悪かったのか、フェルナンがふるふると震えて、いきなりがなった。
「あんな傷で死んでたまるか!」
「傷?」
「大怪我だったんだ! リリックをつけていたのに、どうしてあんな怪我をっ」
「あー。跳ねた石が後ろから吹っ飛んできたみたいです。あ、リリちゃんのおかげで、他の人は無事だったんですよ。リリちゃん頑張ってました。あれ、リリちゃんはどこだ?」
頭の上にいるはずのリリがいない。自分の頭をなでるように触れて、リリがいないことを何度も確かめる。
「リリちゃんは!?」
「はああっ」
なぜかフェルナンが頭を抱えて座り込んだ。手を横にかざすと、ふわりとリリが現れて、玲那の頭に乗ってくる。無事だったようだ。安堵して頭の上のリリをなでれば、じゃれるようにくちばしで玲那の指を突っついた。重みはないが、リリがいてくれると安心できる。
フェルナンは膝を抱えて、顔を隠すように座り込んだままだ。フェルナンの頭をのぞくと、気のせいかな、違和感を感じた。艶やかな黒髪は癖もなくさらさらだが、その黒さが気になった。
日本人形のような黒さ。
もしかして、染めているのか? まじまじとつむじを見るほど、じっくり上から髪色を見ることはなかったので気づかなかったが、艶やかな黒だとしても黒が濃すぎる。だが、染めているのならば色々合点がいった。
聖女が金髪。狂った王子が銀髪ならば、もしかしたら、フェルナンは金か銀の髪色なのかもしれない。銀髪でこの顔ならば、王族と血が繋がっていると想像つきやすいか、色を変えたのだろう。目元を髪で隠しているのも、その理由に違いない。もしかしたら、元王子の目の色に似ているのかもしれない。




