73−4 手伝い
「いった……」
背中を思いっきり打った。滲むような痛みに、身動きができない。
「うう、うわああーんっ」
お腹の下で、男の子が泣き叫んだ。勢いで押し潰してしまったようだ。痛みをこらえてなんとか起き上がり、玲那は男の子を起き上がらせる。
「僕、怪我は?」
「うえ、うえっ。おかあさああーんっ!」
男の子に怪我はなかったか、同じように起き上がった母親に駆け寄った。母親は大きな怪我はないようだが、顔や腕に血がついている。リリの防御があっても傷ついたようだ。他の者たちも同じく、ひどい怪我は見受けられなかったが、無傷というわけにはいかなかった。リリのおかげで無事ではあったが、広間にいた人々の多くが勢いに転がるほどだったので、泣いたり喚いたりとパニックに陥っていた。
なにが起きたのか。先ほどよりも明るくなった広間は、ぽっかりと天井に穴が空いている。男が放った光が、天井を破壊したのだ。しかし、リリがばさりと羽を広げて突風を作り出すと、落ちてくる天井を風の力で粉々にしてしまった。
男の攻撃で落ちてきた天井を、リリが壊してくれたのだ。
そのかけらが広間にいた人々の上に落ちてきて、人々を傷付けてしまったが、天井が丸ごと落ちてきたはずなのに、誰も下敷きになっていない。リリのおかげだ。
リリは、今度は炎を吹き出した。体格の良い男が炎に包まれて、悲鳴を上げながら自身に水の魔法をかけて消火する。別の場所からは光が飛んだ。消火に気を取られていた男が吹っ飛ばされ、壁に激突する。茶色の服を着た、みすぼらしい格好の男が、ずるりと床に倒れ込んだ。
攻撃をしたのはローディアだ。涼しい顔をしているが、目をすがめると、別の男にも光を飛ばす。男は防御の魔法を唱えたか、光が跳ね上がってまだ残っていた天井にぶつかった。落ちてくる天井の石材に、ローディアがなにかを飛ばして粉々にした。それがバラバラ落ちてきて下にいた人たちは悲鳴を上げたが、天井がそのまま落ちてくるよりましだろう。
攻撃を放つ男は他にもいて、ローディアだけでなく、神官たちも応戦した。こんなところで、戦いを始めるのか。狭い場所での魔法に、悲鳴が上がって人々は建物の外に逃げ惑った。
リリがそれに混じって男たちに炎を飛ばす。リリの雄叫びのような鳴き声に、男たちが後ずさった。逃げ惑う人に混じり、外から新しく別の男たちが集まってくる。
紐で整理された並びから出てくるのは難しかったか、ほとんど倒れている仲間たちに気づいて、歯噛みをした。
「ローディアを殺せ!」
男たちは入り口から魔法を放った。
ここに一般人がいようがどうでもいいと、ローディアだけでなく、他の神官たちにも攻撃を放つ。
「きゃっ!」
ローディアの側にいた玲那にまで攻撃が飛んできた。リリが防御を行い、バサリと羽でその攻撃を打ち返す。
「リリちゃん! 他の人たちに当てちゃダメ!」
リリの反撃は激しく、恐怖でうずくまっている人にまで影響が出てしまう。リリは言葉を理解したか、上部に飛び上がり、上から直接男たちに攻撃を与えた。
「愚王を生き長らえさせる、神の名を語った、ヴェーラーの手下よ!」
「天誅なり!」
いかにもなセリフを放ち、魔法陣が作り出される。しかし、その前にローディアの攻撃が飛んだ。男が作った魔法陣は制御を失ったように空中で斜めになると、なくなった天井に光を放った。
光は空へと消えていく。男は顔を歪めると、とうとう剣を取り出す。魔法を使う余力がなくなったのか、床に散らばった石を踏みつけて走り出した。だが、魔法ではない攻撃では、ローディアの前では無意味だ。光は男の腹を射抜き、悲鳴もなく飛ばされた。
しかし、手に持っていた剣がその勢いでくるくると空を舞った。
その剣の軌道に、玲那は咄嗟に手を伸ばす。
「バン!」
放たれたビットバが、剣を粉々に砕いた。さらさらと砂のようになった剣のかけらが、男の子と母親の上に降り注ぐ。
玲那のビットバが気づかれるとか、考えている余裕もなかった。剣が彼らに当たらなかったことに安堵しながらも、周囲の魔法の応酬に紛れていたと思いたい。
「捕えなさい!」
ローディアの声に、神官たちが一斉に男たちを捕縛する。
生き残っていた男たちは三人ほど。暴れたところを数人で押さえられ、力づくで床にひれ伏された男が、近づいたローディアを悔しそうに睨みつける。
「誰の命令か」
ローディアの冷ややかな声に、男は鼻で笑った。途端、白目を剥くと泡を吹き出して、力無く床に頭を下ろした。
「毒を含んでいたようです」
もう二人はまだ生きていると、口に布を詰められて連れて行かれた。ローディアは細目にしたまま周囲を見回すと、怪我をした者たちの治療を命じた。
さんたんたる有様だった。
怪我をした人々があちこちに座り込み、唸り、涙を流している。壊れた天井は崖崩れの跡のように、からからと石を落としてきた。かろうじて残っているところも、今にも崩れてきそうだ。ローディアは治療を優先しつつも、外に出るように指示をする。
一般人を巻き込んだ、テロだ。なんて、無慈悲で、愚かな真似をするのだろう。無関係な者たちばかりが、傷を負っている。
神官がいるだけましか。ローブを着た者たちが、無事だった人たちを外に連れていく。恐怖で動けない人には癒しをかけて、優しく外へ連れ出した。
玲那はふらつきながら立ち上がったが、がくりと膝を突いた。足に力が入らない。それに、やけに息がしにくくて、目が霞むような感じがした。
「おねえちゃん、大丈夫?」
「え? ああ、ちょっと」
なにか、視界が。
そう言おうとした時、誰かが玲那の名前を呼んだ気がした。
気のせいか?
今、フェルナンの声が聞こえたような気がした。
「レナ!?」
「フェルナンさん……?」
焦ったようにやってくるフェルナンが見えたような気がした。しかし、目になにかが入っているのか、白くぼやけてよく見えなかった。
「レナ!!」
フェルナンが名前を呼びながら走り寄ってくる。
けれど、視界が狭まって、その姿が霞んでいた。フェルナンの声だけが耳に届いて、視界は暗転した。




