73−3 手伝い
「おい! 俺が先だ!」
列に入る場所で、先ほどの男が他の人を押しやって、また割り込もうとしている。もう、放置はしない。玲那は回り込んで、男に紐の外に出るように伝えた。
男は優先してもらえると思ったか、素直に列の外に出る。
「あなたは最後尾ですわよ」
「ああ!?」
「はい、あら、さっきの僕。次、行きましょうね。はい次、お母さんで」
「おい! 俺が先に!」
「指示通り並ばない方は最後尾に送ります。はい、次のあなたー、こちらに入って、ゆっくり進んでください」
「おい、ふざけるなよ! 俺が並んでいただろうが!」
「割り込みはお断りです。後ろ並んでください」
「はあ!?」
「並べって言ってんですよ。邪魔だから下がれって、聞こえませんか?」
「なんだと。この!」
男が拳を握りしめた。今すぐ股間を蹴って良いだろうか。足に力を入れた瞬間、周囲から声が届く。
「そうだ! さっきから人を押して! 後ろへ行け!」
「そうだ、そうだ!」
「くっ。二度と並ばねえよ!」
ぶつかられた人たちが多かったのか、思ったより声が多く、男はたじろぐと、捨て台詞を吐いて行ってしまった。見本のような逃げ方だ。
「よくやったぞ、ねえちゃん」
「さっきからぶつかられて、なんてやつだと思ったのよ」
役に立ててなによりだ。同じように横入りしようとしていた者が、並びから追い出される。これでちゃんと並んでくれるだろう。
「みなさん、慌てなくて大丈夫ですよー。お疲れでしょうけど、誰も抜かしたりしないから、ゆっくり進んでくださいー」
女性が布を持ってきてくれたので、他の手伝いの人たちと協力し、並びを整理する。イベント会場のように綺麗に整列されて、玲那は満足だ。あれで並んでいるのもきつかろうが、押し合っているよりずっとストレスはないと思う。おかげで建物から出てくる人が押し合いに巻き込まれずに出ていけるようにもなった。
満足げにしていると、声がかかる。
「ローディア様がお呼びですよ」
「はーい。今行きまーす」
先ほどより中も人が減って、心持ち気楽に進めていそうだ。
神官は一日中この人数をさばくのだろう。魔法を使うのだし、疲労はどれほどのものなのだろう。
「神官も大変だな。休みあるのかな。お呼びですかー?」
「外の者たちを整列させたようですね」
「おしくらまんじゅうだったんで」
ローディアが一瞬間顔になる。意味が通じるわけがなかった。
「押せ押せ。してましたので」
「よくあのような方法を思いつきましたね。とっさに考え、布の用意をさせたのですか?」
「まあ。はい。許可もらいましたよ。ちゃんと。いらない布くださいって」
「そうですか」
別に悪いことなどしていないので、そんなじっと顔を見る真似はやめてほしい。
おかしなことをしたのだろうか。よくわからない。布で区切りをつけるくらい、考えつかないか? 普段から見慣れた整列だが、こちらだと妙に思われるのだろうか。
どこでもなんでも並ぶ文化だ。むしろ烏合の衆のように集まられた方が不快なのだが、並ぶという文化がないとかはないと思いたい。
「その顔、どうしました?」
「顔?」
「ええ、顔ですよ」
ローディアは言いながら、玲那の頬に手を伸ばした。温かさを感じると、ヒリヒリしていた痛みが消えた。爪で引っかかられた傷を治してくれたようだ。
「ありがとうございます」
礼を言ったが、ローディアはまだ玲那をじっと見つめる。もうなにも付いていないと思う。
ローディアの視線が痛くてよそを向くと、ぐー、っとお腹から悲鳴が上がった。スタッフの真似をしていたらお腹が空いてしまった。
大きな音だったので、一応羞恥してローディアを見上げると、ローディアがニコリと微笑んだ。
「あ。おやつの時間ですか?」
「違います」
「ちっ」
だから呼ばれたのかと思ったが、ローディアはにっこりを深めた。そんなわけがなかった。舌打ちして、じゃあ、なにかやることがあるのかと問えば、壇上から部屋をゆっくりと眺める。
「並べていただいたおかげで、目処がつきそうです」
「目処?」
つくのだろうか。あんなに並んでいて。整列しても人数が減っているわけではない。まだ随分人が待っていて、階段上から眺めると、広場は埋まったままだ。全員を並べるとなると、相当な布が必要になるだろう。他の人たちが手分けして布を集めていたが、全員を整列させるには時間がかかる。
「だったら、中もやりますか? 布、余ってるかな」
「そうですね。その方がわかりやすいですから」
「わかりやすい?」
なにがわかりやすいのだろう。玲那が見上げれば、ローディアはいつもよりずっと不遜で、不穏な微笑みを見せた。寒気がするような、冷淡な笑み。
なにか、あるのか。
玲那はつい同じように広間を見回す。部屋にいる者たちは建物に入ったことで安堵しているのか、静かに並び、自分の順番が来るのを待っている。待つのに疲労があるのか、俯いている者や、次は自分だと浮き足立つ者がいる。
人々はおそらく平民で、着ている物はインテラル領の町の人とあまり変わらない。薄い色の上着やパンツ。女性はスカート。色の合わせを気にしていないような、上下の組み合わせ。
おかしいところはあるのか。つい凝視する。
「リリックは手放さないように。お客様が来るならば、ここでしょうから」
「え?」
「ほら、いきますよ」
「あ、さっきのおねえちゃん」
先ほど転んでいた男の子と母親が、明るい笑顔を見せながらカーテンの後ろから出てくる。母親の治療が終わったのか、顔色が良くなっている。男の子が玲那に気づいて走り寄ろうとした。
その時、頭の上のリリが、バサリと羽を羽ばたかせた。
リリックが羽を広げた。並んでいた男が天井に向かって、光を飛ばした。
「伏せて!!」
玲那が男の子に覆い被さるようにして床に伏せた瞬間、地面が揺れるような地響きと、砲撃のような破壊音が轟いた。




