73−2 手伝い
「はい、押さないでください! ちゃんと並んで! いった!」
もう、サイン会である。本当に病気の人たちなのだろうか。元気が有り余っている気がする。押し合いへし合いの中、手が伸びてきて、玲那の頬を傷つけるほどだ。爪は凶器である。
建物の中に入って押し合いされると怪我人が出るので、なんとか建物の前でその人混みをさばく。
「ローディア様は、まだいらしているのでしょう!?」
「神官様にはお会いできますか?」
アイドルのファンらしき者もいるが、その横で老齢の女性が心配そうに聞いてくる。
「お会いできますから、ちゃんと並んでくださいね」
神官らしき者たちは数人いて、並べられた椅子に座っていた。癒しを行うためだけではないようで、話をしていたりもする。相談でも受けているようだった。
お医者さんの役目だけじゃないのかな。人生相談とかしているのかも。
だから一人がやけに長いことがある。外で待っている人たちがやきもきするのもわかった。いつ自分の番が来るのか、今日中に診てもらえるのか、そんな不安があるのだろう。
とはいえ、ちゃんと並んでほしい。
「どけ、俺が先だ!」
言っている側から横入りする男が出た。押された勢いで男の子が前のめりで転んだ。
「ちょっと! 子供になにするの! 後ろに並べって言ってるだろが!」
玲那が強めに言っても、男は舌打ちするだけ。扉の方を向いて、前の人をぐいぐい押している。
列から出てしまった男の子が膝を突くのを、玲那は急いで起き上がらせてあげた。
「僕、立てるかな? 痛いところはない?」
「うん」
四、五才くらいの男の子で、泣かずに立ち上がり手を払う。怪我はなさそうだ。この子供もどこか悪いのだろうか。顔色からはその悪さは見えなかった。元気そうに見える。後ろに母親らしき女性がいて、その女性が子供の頭をなでた。
「すみません。ありがとうございます。神官様がいらっしゃっているから、静かにね」
神官の前で争う気はないと、玲那を見て軽く細目にする。問題ないと言いたいのだろう。しかし、女性の方は顔色が悪い。体調が悪いのはこちらのようだ。
病院のように椅子があれば良いのだが。人は多く、立っているだけで疲れるだろう。そんなところに後ろから押してくる奴がいるのだ。
先ほどの男に、玲那はギロリと睨みつけたが、まったく無視だ。列から出して後ろに並ばせたくなる。
「はあ、ちゃっちゃとやってくれりゃいいのに」
男が愚痴る。周りも男をちらちら見やった。彼らから見ても非常識なのだろう。
「ちゃちゃなんて。無料なんだから」
「当たり前だろ。そのために並んでるんだ!」
隣にいた別の男性がたしなめると、言われた男がすぐにがなる。
どの世界にも、ああいうのはいるようだ。
「お声をいただけるっていうのに。ああいうのは来ないでほしいわ」
「お声って、病気とかで並ばれてるんじゃないんですか?」
「あら、ここにくるのは初めて?」
少し離れた場所にいた女性の呟きに玲那が反応すると、女性は遠くから来たのね。と今日のイベントについて教えてくれた。
年に一度だけ、神官が集まって町の人々を無料で診てくれる。普段はお金がいるのだが、今日だけは無料だからと町の外からも人がやってきた。怪我や病気の治療だけでなく、話も聞いてくれ、そして、祝福をもらえるのだ。一年間、無事に過ごせるようにと。
お金がある者は、ここで並んだりせずに個々に祝福をもらうのだろう。しかし、支払う体力のない人は、この日に集まり、神官から無料で与えてもらえるのだ。だからこぞって集まってくる。
「ありがたいことですよ。神官様たちはお忙しいでしょうに。祝福をいただけるのであれば、黙って並ぶものです」
女性はぴしゃりと言った。その声が聞こえていたか、先ほどの男はフンッと鼻で息をついて顔を背けた。
祝福と言うと、厄払いのようなものだろうか。フェルナンが行った、祈祷のような。
だからこんなにも人が集まっているのだ。椅子を並べてどうにかなる人数ではない。
「おい、どけ!」
先ほどの男がまた人を押している。さすがにどうにかした方がいいだろう。
玲那は建物の中に入って、辺りを見回した。
誰か、あいている人はいないだろうか。
広間では奥の方にカーテンで仕切られた場所があり、そこに人々が並んでいる。ローディアはその後ろの壇上にいて、別の神官たちと話しては指示をしていた。時折後ろからカーテンのある方へ降りていくので、対処できないことがあるとローディアが出るようだ。とはいえ、ほとんど壇上にいる。
そのローディアと目が合うと、なんでここにいるんだ。のにっこり笑顔を向けてきた。さぼっているわけではないので、そうやって微笑まないでほしい。
「すみません。いらない布とかないですか。切ってもいいやつ」
「は、知るかよ」
うろついていたローブの男に声をかければ、素っ気なくあしらわれる。ローディアに直接言った方が早いか。ローブは着ていないが、手伝っている女性に声をかけた。
「古い布ですか?」
「あと、椅子を何脚かお借りしたいんですけど。外で使いたくて」
「椅子は構いませんが。裏に、汚れたカーテンがあるので、それでも良ければ」
カーテンは何枚かあり、茶色く汚れていた。長年洗っていないようだが、問題ない。
「十分です。全部いただきます」
玲那は裏の倉庫らしき場所に垂れ下がっていたカーテンをもらい、椅子を何脚か外へ持っていった。さぼっていたと思われてまた怒られたが、気にしない。
カーテンを紐状に切って繋げ、椅子に結ぶ。先ほどの女性がなにをするのかと寄ってくるので、その人に紐を結んでいない椅子を見てもらい、玲那は並んでいる人たちの逆側にもう一脚の椅子を置いた。
「はいはい、すみません。ここで止まってくださーい」
玲那は列を分けるために紐を使って人混みをかき分ける。いきなり紐で通せんぼされて、人々が往々に文句を言い始めるが、それを無視して女性の椅子まで紐を伸ばした。
「ちゃんと案内するんで、待っててくださいねー。神官様たちのご迷惑になりますから、静かにお待ちください。大声出されると、集中切れて、もっと待たされてしまいますからね」
「一体、なにをされるんですか?」
「ここ、押さえててください」
女性に椅子を押さえてもらいながら、人が進むのを待って、開いた場所に椅子を運び、紐を繋げた。作業をしている間に、怒号が飛んでくる。
「おい! なんで動かないんだ!」
「なんだ。もう終わりなのか!? 早くないか!?」
「たくさん人がいるので、進みやすいようにしますから、今はこの状態でお待ちくださいー」
椅子を使い、紐を使い、玲那は割り込みできないように、扉まで一人通れるだけの道を作り上げた。
そうして女性が待っている椅子を動かし、一人だけ通るように促す。
「一人ずつ進んでくださいー」
「まあ、すごいですね。紐を使って、こんなに綺麗に並べるようにするなんて」
「人が押し合わないように、ここで止めましょう。布の分作りましたけど、もう少し布があれば広げられます」
「探してきますね!」
女性が走るのを見送って、玲那列から人が割り込みしないように、他の手伝いの人たちに椅子の見張りを頼む。これで少しはスムーズに進むだろう。さっきから押し合って割り込むので、ちゃんと待っている人たちに順番が回ってこなかったのだ。




