70−4 拘束
攻撃!?
そう思った瞬間、後ろで、ぎゃっ、と悲鳴が上がった。
「盗み聞きとは、どういった了見ですか?」
空気を凍らせるような冷たい声音に、玲那は鳥肌が立った。玲那を見ることなくローディアが歩み、本棚に隠れていた男の前に立ちはだかる。いつからいたのだろう。若そうな男が片腕を包むように座り込んだ。
「え、ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
男の手が氷に覆われて、置物のようになっている。先ほどのはローディアの氷の魔法だったのか、男の手が凍ってしまったのだ。
これ、大丈夫なのか? 表面が氷に覆われているだけなのか、手が凍っているのか。もし凍っていたら、凍傷である。凍傷で済むか??
「見覚えのある方ですね。殿下の部下が、盗み聞きとは」
王子の手下が、ローディアとの話を盗み聞きとは、明らかにローディアと玲那がなにか企んでいると思って、部下をよこしたのではないか。勘弁してほしい。だからって、いきなり攻撃するか?
男は腕を抱えたまま、苦しそうにローディアを見上げた。
「誤解でございます。私はただ、女性の警護を任せられていただけです」
その言い訳は無理があるのでは? さすがに玲那もすがめた目で見てしまった。だったら部屋からついてきたことになるだろうが、玲那は部屋から出る時周囲を見回していたし、なんなら後ろも確認していた。面倒な王子に会いたくなかったからだ。見つかる前に調べ物をしたかったのだから。
なのに、警護? 尾行していたわけではないとは、無理がある。
完全に疑われてる。包丁ができるまで待てと言いながら、ローディアと秘密裏に会わないか見張っていたのではなかろうか。そして、まんまとその手に乗ってしまった。
「ううっ。誤解すぎる!」
「ふっ」
ローディアが意味がわかっていると小さく笑った。元凶はお前ございますよ。お前。
「誤解を生むようなことをするのがいけないのでは!?」
「誤解ですか?」
「誤解ですよ。巻き込まれ事故ですよ! なに争ってるか知らないですけど、人を巻き込まないでくださいよ! あと喧嘩はよそでしてください。どうすんですか、これ! と、とにかくあっためないと!」
玲那はドレスに巻いていたショールを外して、男の手にぐるぐると巻いた。温めてどうにかなるかわからないが、ぶつけた後のことを想像をするより安心できる。ガラスのようにもろかったら。考えるだけで寒気がする。
「ふむ。あなたはそういうことをなされるんですね」
「そういうこと? 見るだけで痛いんですよ。割れちゃったらどうするんですか! 手当てしてもらわないと。癒し! 神官、」
言ってローディアに振り向く。ここに神官がいた。玲那の視線に不遜な笑みを浮かべる。治療するわけないと言わんばかりの微笑み。
「ところで、なぜその布をドレスに巻いていたのですか?」
「ドレスがださ、斬新だったので、私には、似合わないかなあって」
「なるほど。どうりで個性的なドレスを着ていると思いました」
やはりださかったか。そういうことは早く指摘してほしいのだが。
ローディアが納得して、男を横目で見やる。
「殿下の客として滞在しているはずでしたが、メイドの質も悪いようですね」
それについては男に関係ないと思う。男は冷や汗をかいて、青ざめていた。寒いのか震えてもいる。早くしないと、手が壊死してしまうのではないのか?
「早く、どなたかに治療してもらって」
「仕方ありませんね。次はありませんよ」
ローディアがぱちりと指を鳴らすと、男に巻いていたショールが急にしぼんだ。くるめた置物のような手が小さくなって、男が急いでショールを取る。指が動くのを確認すると、ほっと安堵したが、すぐに立ち上がり頭を下げれば、すぐに去っていった。
逃げるの早い。
「はあ、案外短気なんですね」
「私がですか?」
「私がですよ。どうするんですか、あれ。大丈夫なんですか?」
「殿下に振り回されているのはあなたではないですか」
「だからって、誰かを攻撃したりしないですよ。言い返しはしますけどね。大体、誤解だし、私は白ですし。なんらやましいことなんてしてないですし。堂々として大丈夫ですし。でも、手を出しちゃうと、逆に面倒になりませんか?」
「手など出してませんよ」
さらりと言って、にこやかに微笑まないでほしい。治療したから今のはなかったことだと言いたいのか。
思ったより、図太い人だな。
「盗み聞きをするような者に、配慮などはいりませんよ」
「まあ、いいですけど。私はこっちの道徳心とか、倫理とか、理解できませんし、事情なんて知りませんけど、お怪我などなさらないように」
その理屈でやり返されても知らないからな。の意味で言っておいて、玲那はショールをドレスに巻き直した。まだひんやりとしている。本物の氷で、がっちり凍っていたようだ。恐ろしすぎる。ローディアの冷淡さはよくわかった。怒らせないようにしたい。
「じゃあ、私はこれで」
怒られる前に逃げておこう。玲那はそそくさとその場を後にした。先ほどの男が王子になんと報告するのか。考えるだけで頭が痛かった。




