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69−3 無茶振り

 料理も決まり、次の日になり朝から忙しい中、イザークとディエンの手伝いを得て、晩餐のメイン料理を調理していたところ、アシュトンの使いがやってきて、一言。


「前に食べた氷菓子も提供しろ」

 あの、王子めっ!!


「言うのが遅い。言うのが遅いっ!」

「どんな氷菓子なんだ? 作るのは大変なのか?」

「この時間で作るとなれば、部屋が凍ります」

「それは、問題だな」


 イザークは、白髪髭男の命令で他の者たちが一切手伝いをくれない中、ディエンと二人、玲那の料理を手伝ってくれていた。アシュトンの使いの言葉は白髪髭男にも聞こえていただろう。横目で見ながらにんまり笑っている。数人は心配なのか、ただ気になるだけなのか、ちらちらとこちらの様子を見るが手伝いはしない。


「仕方ないな。最後に出すことにしよう。先に行っておくことはあるか?」

「同時進行じゃないと間に合いません。一つは果物を砂糖で煮込む。もう一つは氷で冷やしまくる」

「ディエン、果物を煮込むのはお前がやれ」

 イザークはディエンに指示し、果物を持って来させる。玲那は見覚えのある果物を選び、鍋に切った果物を入れるところまでをディエンに頼んだ。


「別の部屋で冷やしますか?」

「ここでやる。作り方を教えてくれ」

 メイン料理はあらかたできていて、今は焼きを待っているだけだ。焼き釜はもう使用しないのはわかっていたので、焼き加減を確認しながら、玲那はアイスクリームの材料を軽く温める。


「とにかく冷やします」

 時間がないのに、時間が必要な料理を言ってくるあたり、最悪である。前回短時間で作ったため簡単だと思ったのだろうか。メイン料理も進行しながら作るのだから、考えてほしい。

 玲那は腹の中がふつふつ言うのを感じていた。あの王子の頭をしこたま殴ってやりたい。

 けれどあれが王族だ。オクタヴィアンが愚痴るように言っていた。


「ただのカス」

「なにか言ったか?」

「手が凍傷にならないように、布を巻いた方がいいです。急冷して、何度も混ぜ合わせます」

「俺は氷魔法系は強いんだ。そこでいいから、見ていてくれ」


 言うとイザークは透明の壁のようなものを作り出した。前にフェルナンが作ったような結界だ。その中で冷やし続けるつもりだ。冷凍庫の中で調理するようなものではないか。


「体、冷えちゃいますよ!?」

「俺には氷系は効きにくい。そこから指示してくれ」

 なんのチート。イザークが結界の中を冷やして調理をする。もう調理というか、我慢大会というか。隣でディエンが果物を切り終えて、玲那は砂糖で煮はじめた。再び強火。ぐつ煮である。


「はっ。なにを作るやらだな。アシュトン殿下も、がっかりされるんじゃないか?」

 白髪髭男が鼻を鳴らす。もう、うるさい。こちらはイライラが募りに募っている。次口を開いたら、その口におたまを突っ込んでやりたい。

 しかし我慢をする。ここでなにかをやれば、晩餐会の料理製作を邪魔したとか言われかねない。姑息な手を行うような相手である可能性もある。オクタヴィアンのためにも、とにかく我慢だ。


「お前みたいな小娘が、なにをできるって言うんだ。殿下も落胆されるだろうな!」

 さっきと言っていることが同じだ。語彙力ないのか?

「なんだと!?」

「私、なんか言いました?」

 おっといけない。また声に出ていたようだ。どこから声に出ていただろうか。

「語彙力云々言ったぞ」

「そんなバカな。心の中で唱えたのに」

「ぷっ」


 イザークがミルクをかき混ぜながら吹き出した。周囲でも笑い声があって、白髪髭男がそれらをぎろりを睨む。ついで、ふんっ! と精一杯鼻を鳴らして離れていった。

 ディエンは真っ青になっていたが、イザークは口端で笑っている。仲が良いわけではないのだろう。ああいった相手が上司では、イザークも思うところがあるのかもしれない。


「固くなってきたな」

「何度もかき混ぜてください。かき混ぜ方が足りないと歯触りが悪いので」

「面白い料理だな。他のもそうだが」

「ちゃんとできてればいいんですけど」


 焼き釜を横目で見て、中でしっかり焼けているか不安に思う。

 そうこうしているうちに、晩餐の料理が運び出されはじめた。









 チンチン、とグラスをスプーンで叩く音が部屋に響く。

「さあ、お待ちかねの料理だ。獲物はどのように調理されているだろうか」


 アシュトンが声をかけると、一斉にメイン料理が運ばれてくる。どんな料理が運ばれてくるのか。晩餐に呼ばれた者たちは扉から入ってくる給仕たちを見つめて、自分の席に運ばれてきた料理を呆気に取られた顔で眺めた。


「これが?」

 部屋の中でざわつきが聞こえる。

 アシュトンが眉を顰めて、部屋の端で待機していた玲那に視線を向けた。


「説明を。ただのパンに見えるが」

 緊張した空気が凍るようだった。メイン料理は、巨大な獣を丸焼きくらいのインパクトがなければならないと言われていた。しかし、運ばれてきた料理は普通の皿。しかもパンが乗っているだけ。気持ち程度にパンの周囲に野菜が飾られていたが、それだけだ。

 アシュトンが怒りにかられるのではないか。周囲の者たちがアシュトンの顔をうかがった。


「お手元のナイフで、上の方から切り込みをお願いします」

 玲那が言うと、アシュトンは怪訝な顔をしながらパンにナイフを入れる。途端、そこから肉汁が溢れ出した。

「これは、」

「中の具と共に、パンをお食べください」


 アシュトンが切ったパンと中の肉を合わせて口にする。すると不機嫌そうな顔があっという間に晴れて、大きく頷いてみせた。アシュトンは王と王妃にも勧める。

 それを見て、他の者たちも同じように上の方のパンを切り、中から溢れる汁や具と一緒に食べ始める。


「おお、これはまた」

「味も素晴らしいですな」

 ただの、ポットパンだけどね。


 丸めのパンを焼いて、上部を切り、中身を取って具を入れたものだ。

 イザークに、インパクトは出せないので、驚かすのはどうかと提案した。その度合いはちっぽけなもので、肉は出さず、パンを出すだけということに、殺されるのでは? という話にはなったのだが、要は注目されれば良いのだから、中身も見目よくすれば良いのではないかと決行した。

 だから、中の野菜も工夫をした。


「まあ、花のようだわ」

 王妃が感嘆の声を出した。

 野菜の飾り切り、薔薇の花びらのように見せる飾りが受けるならば、こちらは煮込んだ野菜を飾りに見えるようにした。人参もどきは花型に。ミニトマトに似た実は彩りに。ラディッシュのような実はまりのように。


「この肉は、味わったことがないな。なんて上品な味なんだ」

 メインの肉はワインで煮込んだが、こちらでトマトもどき煮はしないのだし、味わうのは初めてだろう。デミグラスソースほどの濃厚なソースは作れなかったが、パンに合うようにビーフシチューのような味にしている。肉はとろけるほど煮込み続けたので、食べやすいはずだ。

 皆が満足げに食べているのを見計らい、次の皿が運ばれてくる。


「もう一品ございます」

 玲那の声に皆が顔を上げる。

「また、パンか? いや、なんだ、それは」

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― 新着の感想 ―
「そんなバカな。心の中で唱えたのに。」 の所面白かったです。
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