69−2 無茶振り
オクタヴィアンから、間違いなく嫌がらせをされ、失敗すればお前のせいにされる。と散々言われた。
その代わり、なにか入れられた場合は、料理を作った者たちに責を問うように仕向けろと命令された。玲那は調理はしないとアシュトンには伝えてある。料理人たちにもそれは説明された。余計なものを入れた時点で、料理人の責任になる。
だから、一皿にいたずらされることは良いが、料理全体にいたずらをされることだけは避けろ。ととかく注意を受けた。
オクタヴィアンは今も気が気じゃないだろう。一度屋敷に戻ったが、待っているだけでも胃が痛いはずだ。
まったく、冗談ではない。フェルナンのことを考える暇もない。
あの時、フェルナンの顔を見た時、自分はどんな顔をしていただろうか。
聖女の指輪を持っていようが、玲那にとってはなんの問題もない話で、ただ驚いただけだ。けれど、フェルナンはその驚愕の顔を、どんな気持ちで受け取ったのだろう。
それを考えるだけで、気持ちが塞いだ。
それに、気になることがある。
こんなところで時間を費やしている余裕などない。
玲那はそのまま王城に泊まることになり、朝からキッチンにいた。
ランチが作り終えそうなのを見計らって、料理の味見をして良いか問うた。
「ふんっ! おい、そこ。さっさと運べ!」
白髪髭男は無視。なんとかの小さい野郎である。
じろっと。ディエンに視線を戻せば、視線を泳がせた。王子と料理人どっちが怖いのか問えばいいだろうか。
「これなら食っていいよ」
短髪の四角い顔をした、いかにも屈強そうな男が、玲那に皿を渡してきた。ランチに出した種類を少しずつ乗せてくれたのだろうか。何種類かの料理と、コップに少量のスープもくれる。
「ありがとうございます」
もらったスプーンで一種類ずつ食べて、味を確かめる。
肉料理は味が濃いめ。二種類の肉だが、味付けは同じ。肉汁にバターを混ぜた重めのソース。肉の種類が違うため、若干味が違う。肉は牛肉と鶏肉に味が似ていた。野菜はマッシュポテト。なぜか酢味。にんじんもどきは飾り用だが、酢漬け。上にヨーグルトのようなソースがかかっている。酸っぱい。スープはベーコンを炒めたもので、胡椒で味付け。スパイシーなのに味が薄い。チーズ三種。これは普通においしい。デザートは卵に砂糖を混ぜた、謎の物体。生クリームとチーズをませて泡立てたような、不思議な味がする。とにかく甘いクリームのようなもの。あと、パン。硬めのバゲットのようなパン。バターやジャムはない。パンは素朴な味でおいしい。
肉料理は料理長の料理と同じでおいしい。お米がモリモリ食べられる味付け。お米が恋しい。スープは微妙だが、屋敷の料理とそこまで変わりはない。
ランチでも肉は多めだ。朝食はあまり食べず、昼に多く食べる。夜はさらに量が多い。ほとんど二食なのだが、城でも同じなのだろう。ならば夕食も量は多いはず。しかも晩餐となると豪華さも必要になる。
「晩餐会の料理の種類って多いんですか? それ以外のものと合わせて考えたいんですけど」
玲那が問うとディエンがその屈強な男を見上げる。ディエンの方が身長が高いのだが、猫背で丸くなっているので、どうしても上目遣いになる。男は鼻で息を吸ってから大きく出して、板を持ってくるとディエンに押し付けた。
「説明してやれ」
「は。はい」
板には文字が書いてあり、料理名だとわかる。わかるが、玲那にその料理は想像がつかない。
ディエンはメニューを見ればわかるだろうと言わんばかりにこちらに向けてくるが、説明にならない。
「どんな味なんですか。上から説明お願いします」
「見てわからないのか?」
「料理名がわかりません」
屈強な男が横槍を入れた。ディエンよりこの人に聞いた方が早そうだ。玲那が言うと、後ろで嘲笑う奴らの声が聞こえる。馬鹿にしくさってる。だの、あれでなにを作れるんだよ。だの。
「アシュトン殿下に言ってくださいな」
玲那の言葉に周囲が口を閉じた。屈強な男は肩をすくめると、後ろの男たちを手で追いやる。
「あと、お肉の味がわからないので、少しいただいていいですか? 味を知らないとどんな料理を作っていいかも考えられないので」
「問題ないさ。あんた、指示だけをするんだよな」
「そうなります。試す分は自分でやります。香辛料や野菜、果物など、使えるものも味見させてください。こちらの料理は見当がつかないので」
「どこの領地の者だって言ったか?」
「インテラル領ですが、私はこの国の人間ではないので、調理の方法が違うんです」
「この国の人間じゃないのか」
「ただの平民だろ」
後ろから再び声が届く。男がぎろりと睨みつけると、茶々を入れた者たちが焦ったように口を閉じる。
この人はまともそうだ。
男の名前はイザーク。副料理長。やはり先ほどの偉そうな白髪髭男が料理長だそうだ。あとでアシュトンに言いつけたい。料理長が役に立たないって。
玲那は釜を借りて肉を軽く焼くことにした。生では食べられない肉らしいので、しっかり焼かなければならない。
「申し訳ないですけど、釜に火を点けてもらってもいいですか? 私、魔法が使えないもので」
その言葉にイザークが目を丸くした。そのまま頷いて、パッと火を点けてくれる。さすが、料理人。簡単でうらやましい。
いくつかの部位を切り、一口分を全て焼いて、そのままを口にする。
「牛系か。硬いな、筋っぽ。こっちも硬い。んー、全部硬いの?」
「大物だからな。煮込むのが主流だ」
「なるほど。じゃあ、他の物の味見もさせてもらえますか?」
「ディエン、あるもん全部持ってこい」
「わ、わかりました!」
「助かります。みなさん、本日の夕食の仕込みとかはされないんですか?」
ランチの調理は終わったので、他の料理人たちは片付けを終えてキッチンを出て行った。数人残ってはいたが、ほとんど出ていったので、少しは気楽にできる。白髪白髭男ももうとっくにいない。ランチを作ってすぐに出ていってしまっている。あとで本当にアシュトンに告げ口したい。
パンの仕込みを行なっている者や、豆の皮剥きを一心に行っている者、じゃがいももどきを煮ている者は残っていた。夕飯の仕込みだろう。肉の仕込みはしないのか。他の肉料理がどんなものかも見たかったのだが。
「他の奴らが外でやっている」
「外?」
「肉の解体と、野菜の皮剥きだ」
肉の解体は大きい物だと外で行う。野菜の皮剥きはじゃがいももどきなどの皮を剥いているかと思ったが、野菜は飾り付け用だそうだ。飾り切りの得意な者たちがいて、包丁ならぬ魔法で飾り切りをする。見せてもらったがそこまで繊細なものではなく、薔薇のような花を作るのがメインだ。皮を薄く向いて、丸め、花のように見せる方法だった。
あとで洗って盛り付けるため、外でいいそうだ。衛生観念に一抹の不安を覚える。
メニューを教えてもらった限り、ランチと構成は同じで、肉料理が何種類か、飾りだけの野菜料理、スープにデザートが何種類か。あとはパンとチーズ、ワインとなっている。コース料理とは違うが、食べている途中に少しずつ皿を持ってくるタイプで、メインの肉料理は食べ始めてから半ばくらいの時間に出される。そのため大皿で、なんなら豚の丸焼きくらいの派手さがあった方が良いそうだ。
「メニューだと、肉を焼くだけのものと、肉と豆の煮物。……、こっちも肉と豆の煮物」
「味付けが違うんだ」
「あと肉のワイン煮。味がわかんないな」
「使う香辛料がこれだ」
イザークはディエンが持ってきた材料から葉っぱや実をよこす。香りは月桂樹のような爽やかさがある。ワインは飲めないが、注いでもらって色や匂いを確かめる。軽くなめて、味も確かめた。野菜や果物。見たことのあるものも多いので、安堵した。宮廷料理といえど、材料は多くない。おそらく冬の終わりなので、乾燥物以外は種類が少ないのだろう。
どの料理にどの香辛料を使うのか、ワインはどれを入れるなどを教えてもらい、玲那は料理の想像をつけた。
「ハンバーグが一番楽なんだけどな。インパクトがないか」
「なんだって?」
「いえ、獣丸焼きは無理なので、派手さはないなと」
「野菜や果物で飾りつけるしかないな」
「飾りか……。ちょっと何種類か作ってもいいですか? とりあえず軽く作るので、味の感想教えてもらえるとありがたいです。明日の夜の、いつ頃までにできればいいんだ?」
「晩餐の半ばだ。その頃はここもごった返すから、悠長にはできない。人数分の料理を作るには、他の奴らに手伝わせる必要があるが、料理長が邪魔をするかもしれない」
そうなると、早めに作り終えた方がいいのか。最後は温める程度で終えられれば良さそうだ。
「今日も夕餉の用意が始まったら、あんたは出ていけと言われるかもしれない」
「なら、時間はないですね。すぐに始めます」
鍋に水を入れて塩胡椒で味付けした肉を焼き、トマトもどきとじゃがいももどきを入れて炒め、煮込む。できるものを端から試すしかない。まずはなにを作るのか考えなければならないのだから。




