69 無茶振り
うんざりする。心の底からうんざりする。
男たちの視線を受けて、ため息も出ない。なんでこんな小娘が? そんな視線を一身に受けても、玲那のせいではないのだから、恨む相手は玲那ではないとはっきり言いたい。
王子アシュトン。狩りの褒賞の場で、無駄に目立った格好で、玲那の料理が素晴らしかったとベタ褒めした。だから、この狩った獲物を使い、玲那の料理を王に味わわせたい。などとほざいた。
焦ったのは玲那だけではない。オクタヴィアンですら青ざめた。王子が屋敷に来て菓子を所望するのとは違う。王や王妃、その他大勢の貴族たちを呼んで、玲那の料理を食べさせたいなど、嫌がらせどころの話ではない。
周囲はワッと騒ぎ立てた。
田舎の料理人が王子に指名された。領主代理のオクタヴィアンがまだ子供だと侮っているのか、周囲から嘲りの混じった視線が届く。アシュトンにどんな手を使って媚を売ったのかと疑う者たちもいた。その声が届いて、玲那がブチギレそうになったが、オクタヴィアンが横で玲那の足を思いっきり踏んづけてきたので、かろうじて声に出さず睨むだけに留められた。
「この娘は魔法が使えません。指示をするだけですので、我が領の料理人を一人、同行させていただきたく存じます」
狩り場を出る前に、オクタヴィアンはアシュトンの前で直訴をした。
玲那だけではなにをするかわからないこともあったが、せめて料理長をつけて、フォローさせたかったのだろう。玲那も料理長がいれば安心できる。
アシュトンは目をすがめて、オクタヴィアンを見下すように見やった。あの顔、殴りたい。
「魔法が使えない? 料理人なのにか?」
「味付けなどに工夫を凝らし、珍しい料理を考案する力がある反面、釜に火を点けることもできません。そのため、他の料理人がこの者の指示を聞き、調理を行うのです」
「その料理を作った褒美で、グロージャン家の銀聖を与えられたのではないのか?」
アシュトンは玲那の首にかけられていたネックレスを顎で指した。
なんでそうなるのか。そんなこと言ったこともないのに。玲那がオレードからもらったことを、そんなふうに曲解するとは。
ネックレスは首にかけられていたが、表には出していない。オクタヴィアンはなんでそんなことを知られているんだ。という顔を我慢し、微かに咳をしてごまかす。
「魔物の住む森近くに家を構えているこの娘を思い、施しを与えていただいただけにございます」
オクタヴィアンはそれらしい答えを返す。しかし、間違っていない。オレードはもしものためにと玲那にくれたのだ。
玲那は言い返すことはせず、口を閉じたままその話を聞いた。オクタヴィアンに、絶対に話すなと言われていたからだ。
アシュトンは信じていないか、さらに目を細めた。
「ならば、あの氷菓子を作ったのは、別の者か」
「製作したのは、他の料理人になります。この娘は調理ができません」
なんとかしてそちらの方に話を向けたいと、オクタヴィアンは玲那が調理をするのは無理があると口にする。
せめて料理長。料理長を連れていってくれ。そんな切実な願いが聞こえてくるようだ。
「ならば、指示すれば良いだけのことだろう。王宮の料理人たちに、お前が指示すればいい。そうだろう?」
それって、言うこと聞いてくれるのか?
アシュトンは笑顔で玲那に答えを求めてくる。オクタヴィアンは歯噛みしたいだろう。玲那が断ることなどできない。
できますとしか言えないこの状況。玲那は静かに頷いた。
「というわけで、明日の晩餐のメイン料理だが、アシュトン殿下が狩られた獣の肉を使い、この娘の指示に従って提供するように」
「玲那と申します。よろしくお願いします」
説明の後、玲那が挨拶をすると、前にいる男たちは無言で玲那を鋭く見つめた。
絶対言うこと聞かないでしょ。
なんで、こんな小娘が、晩餐会のメイン料理を作るのか。口に出さずとも態度で示してくる。
聞いたでしょ。あのアホ王子が命令したのよ。言うこと聞かなきゃいけないことくらい、わかるよね?
命令を伝えた男性がキッチンを出ていくと、料理人たちは解散した。玲那になにを聞くもないようだ。
反応すらしたくないらしい。いい大人が、少女を前に、ガン無視である。大人気ない。
それらは放っておいて、机の上に置かれた肉の塊を見つめた。そもそも、この獣の肉がどんな味で、どんな性質を持っているかわからない。試食する分はあるのだろうか。晩餐でどれだけの人数を賄わなければならないのかもわからなかった。人数すら聞かされていないのだ。
晩餐会は明日の夜。試食を行う余裕はあるが、宮廷料理がどんなものかも知らない。それを教えてくれる人がいるのかどうか。
ちらりと周囲を見やれば、数人がこちらに注目して、玲那と目があえば顔を背ける。偉そうで年のいった者たちは完全に無視を決め込んでいる。若い人でもこちらを見もしない者もいる。
さて、どうしようかな。協力者がいなければどうにもならない。見たこともない素材を使って料理するのは無理がある。
失敗すればオクタヴィアンに迷惑がかかる。オクタヴィアンはなんとしてでも、まともなものを提供するように言ってきた。玲那の失敗で、領地を没収される可能性すらあるのだとか。さすがに、荷が重すぎて胃が痛い。
まったく、こんなことしている余裕は玲那にないのに。
あれからフェルナンとは話せていない。話さない方がフェルナンにとってはいいのだろうが、このままフェードアウトするように離れるのはごめんだ。聖女のことなどどうでもいいと言いたい。フェルナンが誰の子供だろうと、そんなことは関係ないのだから。
それすらも、本当かどうかわからないのだし。
少しは情報をまとめる余裕くらいくれないだろうか。
玲那は大きくため息をついた。まずは協力者が必要だ。
「アシュトン殿下が、田舎の小娘をからかってやろうと、戯れで指名されました。高貴な方々に日々腕を振るわれている皆様には不快でしょうが、アシュトン殿下のご命令でございます。どうぞ、皆様方のお手をお借りできればと存じます」
玲那が声を張りつつも下手に出ると、説明中ど真ん中で偉そうにしていた、白髪顎髭も白の体格の良い男性が、ふん、と鼻を鳴らした。
「我々は昼食の用意で忙しい。おい、ディエン。お前が手伝え。明日までになにを作るのか、考えておけ!」
ディエンと呼ばれた赤髪の男性は、ひゃい、と反射的に怯えた声を出して玲那の側までやってくる。それで周りは玲那に注目するのはやめた。やはり数人こそこそと玲那を哀れみの目で見てくるが、白髪髭男に睨まれてすぐに自分の仕事に戻る。
細身の体のディエンは玲那より身長が高かったが、下を向いて上目遣いで玲那に視線を向けた。気の弱そうな男性だ。
「よろしくおねがいします」
「よ、よろしく」
もじもじしても挨拶はしてくれた。他の者たちよりマシだろう。まずは、と彼らが昼食を作るのを眺めた。宮廷料理がどんなものかは確認しなければならない。料理のレベルがわからない。
しかし、その場で突っ立っているだけで、邪魔だと体当たりされた。吹っ飛ばされて玲那は床に膝を突く。
「だ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
大丈夫でも、ビットバ使いたくなる。しかし我慢だ。風船割るみたいにビットバで音出してやりたい。我慢だ。大人気なさすぎて、頭の後ろでビットバ鳴らしたい。
「ディエンさん……」
「はい!」
「ちょっと、説明いただけますかね?」
「な、なんのでしょう?」
「私が作れと言われたのは王子の肉使う料理だけですが、他の方々がなにを作るのか、教えていただけますか?」
玲那が問うとディエンは左右を横目で確認した。白髪髭男がじろりとディエンを睨む。ヒッと息を呑むディエン。
「ちなみに、料理人の皆様方から協力をいただけるとおっしゃったのは、殿下ですので、協力がなされないとなると、それをお伝えしなければなりません」
「え、」
「どうか、寛大な心で、懇切丁寧に、教えてくださいます?」
え。じゃないのよ。周りも居心地悪そうに視線を逸らす。白髪髭男は鼻を鳴らして側を離れた。
ディエンはそれを見て、こくこく頷く。
周囲の雰囲気からディエンが下っ端なのは明白だ。彼が教えても大したことはないと考えたかもしれない。脅したので言うことはきくだろうが、ディエンがわからないことは多いのだろう。
まあいい。まずはレベルを知りたい。ランチができたら一品ずつ味見させてくださいね。の言葉に、ディエンは引きつった顔をしながら頷いた。




