68−2 狩り
「気になる?」
なにがとは言わない。あの墓やフェルナンの態度が気にならないわけではないが、オレードも話す気がないように思えた。結局ずっと、フェルナンを見ていてほしいと言うだけで、詳しくは説明しないからだ。
それに、当事者であるフェルナンがなにも言わない。
「まあ、聞いても、ですので。それとは全然関係ないんですけどー、」
玲那はアシュトンが屋敷に来た時の話をオレードに伝えた。いきなり王子がやって来て、混乱した話。それから、オクタヴィアンの父親についての話。
「ローディアさんが、インテラル領に来たのって、神殿からの命令とかなんですかね」
「今、神殿で力を持っているのは大神官なんだ。ヴェーラーは年でね。けれどローディアほどの人を送ったのだから、おそらくヴェーラーの命令だと思うよ。でもそうか、薬か……」
「お城でそんな薬を使われた人って、他にいるんですか?」
オレードは口を閉じる。どこか考えるような仕草をして、周囲を横目で確認した。
あ、聞かない方がよかったかも。
「ええっと、ローディアさんが調べてること、王子さんが気に食わないのかなあって」
「証拠隠滅をするとか? どうだろうねえ。ローディアが動いた時点で、その疑いを持ちたくなるのはわかるけれど」
「なにか牽制したいのかなあって思ったんですけど。わざわざオクタヴィアン様に含みある言い方してたんで」
「そうだね。その言い方だと、王宮になにかしらの関わりがあると言うことになるね」
オレードもなにか知っていることがあるのか、それともなにも知らないのか。深く話すような雰囲気はない。首を突っ込まない方が良いということだろう。玲那が首を突っ込んでも、面倒に巻き込まれるだけだ。
オクタヴィアンも同じように、関わりたくないと言っていた。王族が関わることで、巻き込まれたくないということなのだから。
オレードはそれ以上の話はせず、アシュトンに提供したお菓子について話題を変えたので、その話はそれで終わった。
「狩りって、一日中やるんですね」
狩った獣はリトリトのような小動物から鹿のような中型の動物で、狩りの勝利基準は重さなため、小さなものは昼食にしてしまう。料理長がさばいている横で、玲那がお肉に味付けをして焚き火で焼いた。
オレードと一緒にいた男たちは別行動なため、もうオレードもいない。誰だったかは教えてもらえなかったが、オレードの父親とかだろう。なんとなくだが、顔が似ていた。
そうすると、噂の都の偉い貴族様になるわけだが。
その偉い貴族様が、少しの時間だったが、会話をする場を設けたのはなんなのだろう。
あの男がオレードの父親だとして、オレードの父親の妹が嫁いだ相手、フェルナンの父親アシャール。その妾の子供であるフェルナン。二人と話すことなど、なにがあると言うのだ。
「いびり?」
「なんだって?」
「いー、かんじに焼けました!」
料理長に焼けた肉を見せて、皿に盛る。昼食は自分たちで賄うので、狩りは夕方まで続く。一日かけて、一番大物を獲った者が王から表彰されるのだ。
オクタヴィアンならやる気満々で狩りを行いそうだが、優勝する気はないらしく、のんびりと狩りを楽しんでいた。うまそうな肉をいただけるだけいただくと言っていたので、持って帰ることができるのだろう。
ローディアとアシュトンを見ることはないと信じたい。表彰式に玲那が出るわけではないからだ。オクタヴィアンの陣で待機だろうし、片付けもある。
食事を終えたら再び狩りを始める。大型の動物が現れて、玲那はいつも通り木陰に隠れた。フェルナンも狩りには入らず、玲那と一緒にガロガに乗って待機だ。やはりオクタヴィアンは大物を狩るつもりがないのだろう。大型の動物、熊のように手を伸ばしたら二メートルくらい超えた獣を倒しても、重さを量るためそのまま運ぶべきところ、その場で解体させて肉の塊にしてしまった。
「フェルナン、治療してやれ」
呼ばれてフェルナンがガロガを木に繋ぎ、治療へ当たる。こちらの動物は魔物でなくとも凶暴だ。虎みたいな顔をした二足歩行の獣は、頭を振り回して飛び道具を使ってきた。頭の毛をブーメランのようにして飛ばすのだ。恐ろしすぎる。そのせいで数人がそのブーメランに当たって怪我をしていた。直径三十センチメートルくらいの大きさだ。魔法で対応していたが、避けきれなかったのだろう。
「ん? あれ、これ」
ガロガから降りて待っていたが、ガロガの足元に鎖が落ちていた。それはネックレスで、鎖が途中で切れていた。飾りになっているのは、指輪だ。
「フェルナンさんの……?」
フェルナンはいつもネックレスをしている。服の中に隠れていて見ることはないが、一度だけその指輪を見た。銀色の指輪を、鎖にかけていた。男性がするには小さめの、指輪。
銀色の指輪の内側に、文字が刻まれている。
文字の翻訳は、
「ヴィルフェ……ルミ……」
ヴィルフェルミーナ。
その名前は、聞き覚えがあった。
「……聖女?」
どうしてこれを、フェルナンが?
驚愕と疑問で頭が混乱する。
これは、聖女の指輪なのか?
聖女の指輪を、フェルナンが持っているのか?
心臓が早鐘を打つようにどくどくいった。
これは、見てはいけない物だ。フェルナンが、大切にして、いつも服の中に隠している物だ。
こんなものを持っていて、誰かになにか言われないのか? 聖女はこの国を混乱に陥れた女性。同名でもこの名を刻んだ指輪を持っていれば、なにを言われるかわからない。
だから、隠すように持っていたのか? 聖女の指輪など持っていれば、理由なく非難されるだろう。
そんなことよりも、これをフェルナンに返さなければならない。そして、その時は、なにも気づいていないと思わせなければならない。玲那がとやかくいう話ではない。
無理。
フェルナンと、目があった。
フェルナンが大股で近づいてくる。
「フェルナンさ、」
「なんて言った」
フェルナンは真っ青な顔をしながら、顔を歪めた。
「それが、読めるのか?」
その言葉に、玲那は血の気が引いた。
また、やった?




