67−4 不安
「そうそう、ローディアが領地に神官として参ったのには驚いた。今回の神官の悪事には神殿も大騒ぎだったからな。ローディアが出るだけの理由はある。対処に間違いはないと思うが、彼の働きぶりはどうだ?」
「領地に来て間もありませんので、情報を整えているようです。他の神官たちの再教育にも力を入れております」
「……そうか」
王子は一見にこやかだが、妙な圧迫感があった。オクタヴィアンはなんてことのないように答えているが、冷や汗までは隠せない。王子は気づいているだろう。
この男、なにしに来たの? ただ玲那の食事を食べにきたわけではなさそうだ。
「時間をとらせたな」
王子が立ち上がる。執事が急いで扉を開けた。王子が通るため玲那たちも頭を下げると、玲那の目の前で王子が足を止めた。
「レナと言ったな」
「……はい」
「覚えておく」
やめてくれ!
王子はそう言って、部屋を出て行ったのだ。
「お、ま、えーっ!! なにをした! どこでなにをして、なんで王子がここに来る羽目になった!!」
「知りませんよおっ! なんで私のせいなんですか! あだっ! 痛いですよ!」
「うるせえっ! 痛くしてんだ!」
王子が帰った途端、オクタヴィアンが吹っ飛んで玲那の元にやってきた。人の両頬を引っ張って、頭突きしてくる。
「ひどいい」
「お前しかいないだろうが! お前がなんかやったんだろうが!!」
「お城でローディアさんと一緒にいた時、会っただけですよ。その後お城で迷子になって、王子が門まで案内してくれたんですよっ」
「なんでそうなるんだよ! おかしいだろ、お前! なんで王子がお前を案内すんだよ!!」
そんなこと、玲那だって聞きたい。知りませんよお! を連呼したが、オクタヴィアンが拳を握りしめたまま、今にも殴りたそうな顔をした。
「ああああっ! くっそ。パーティの時には感じなかったが、さすがに王族だよ。へらへらしてたくせに、当たり前のように脅しにきやがる。だいたい、探りに来るのになんで直接来るんだよ!」
城ではへらへらした王子だったらしい。ローディアと会った時にそんな雰囲気はなかったが。
だから王族なんて嫌なんだ。とオクタヴィアンがぼやく。
「料理食べに来るを言っといて、なんか探りにきたんですかね?」
「だろうな。くそ。知らねえよ。お前らだけでやれよ!」
オクタヴィアンはなにを探りに来たかわかっていると、悪態をついた。
話の内容からすると、王子が気にしているのはローディアだ。
「王子さんは、ローディアさんと因縁でもあるんです?」
「王子さんとか外で呼ぶなよ? 殿下だ! 王太子殿下!!」
ものすごく目くじらを立てて言ってくる。あと、外ではローディア様と呼べ! と怒られた。
「ローディアさん、は、まずいですか」
「まずいわ! あいつは王族の血筋!」
「王子さんの前で、ローディアさんって呼んじゃった」
「ば、ああ、おお、もう、お前、まじで、ほんと。常識を身に付けろ!」
それは確かに。玲那もそう思うと頷く。なにが悪いのかもわからない。
まさかそんなことで親しいとか勘違いしたとかはないよな。と不安になる。本来なら入ることの許されない祈りの泉の部屋に入ったことも王子は勘繰っていた。大きな誤解だ。
「頭が痛え。ローディアがお前を城に連れてったのも意味わかんねえ。王子がそれでお前に目を付けて、ここまでやってきて、って。っくっそ、関わりたくねえ」
オクタヴィアンは頭を抱えた。両端にいるラベルニアとルカも面持ちが暗い。
「だいたい、なんでお前がローディアと城に行くんだよ」
「えーと、ちょっとおかしな奴がいるな。調べとこ。みたいな」
「わかる!」
オクタヴィアンが同感だと大きく頷く。そんなにおかしく思われているのは心外だが、よそから見るとおかしいのだと思うと、玲那もショックだ。目立った真似なんてした覚えなどないのに。いやローディアに関しては、まずいことばかりなのでなにも言えない。
「だからって、あんな大物釣ってきやがって。はあ。ローディアがなにを調べているのか、気になってるって感じだったな」
「なんか調べてるんですか?」
「薬のことに決まってんだろ」
オクタヴィアンの父親に使われていた薬のことだ。
ローディアが調べることに問題でもあるのだろうか。神殿での不祥事なのだから、ローディアが直接調べても問題ないのでは?
「そいや、さっき誰のこと言ってたんですか? 同じ薬使われてたって話ですよね」
「やめろ! ああっ、そんなこと聞きたくねえんだよ!」
オクタヴィアンが奇声を上げた。オクタヴィアンには話が通じていたようだ。オクタヴィアンはどさりとソファーに力無く座りこむと、大きなため息をついて頭をかいた。
「あー、関わりたくねえ。お前、次面倒なの連れ込んだら追い出すからな! 最初はローディアで、次が王子だ。わかってんな!」
ローディアは玲那のせいではない。二回目は、なんとも言えない。
「大人しくしてろ! いいな!」
オクタヴィアンはそう言いつけたが、そうは言っても、向こうからやってくるのだからどうしようもない。
「ああああ、なんでだああ」
それは玲那も言いたい。なんでだああ。
暖かな日差しが注ぐ自然の中、玲那は諦めの境地で日に当たっていた。
「おうち帰りたーい」
「同感だな。俺もだ!」
オクタヴィアンが鋭く睨んでくる。そんな顔をされても、玲那のせいではない。決して、玲那のせいではない。よそを向いて、素知らぬ顔をする。
本日は、狩りである。
そう、狩り。王族主催の、狩り大会。
なぜ玲那がこんな所にオクタヴィアンと一緒に来なければならないのか。なぜなら、服が送られてきたからである。玲那の、狩り用の服だ。そして、送り主は、
「ああ、よく来たな。それなりに似合っているじゃないか」
声をかけてきた男にうんざりの顔を見せてやりたい。オクタヴィアンの睨みで、玲那はすぐに頭を下げる。
「アシュトン殿下、この度は、料理人までもご招待いただき、身に余る光栄でございます」
「料理人ならば狩りに必要だろう。良い結果を得られるよう祈っているよ」
ガロガに乗った王子にオクタヴィアンが頭を下げたまま、王子を見送る。内心、この野郎としか思っていないと思う。案の定、誰もいなくなったら、大きく舌打ちした。
「なにが目的だ」
こっち見て言わないでほしい。玲那だって聞きたい話である。
王子、アシュトンはわざわざ玲那に合う狩り用の衣装を送ってきた。オクタヴィアンがそれを見て絶叫したのは想像できるだろう。玲那も絶叫した。なんで、どうしてを繰り返し、招待状まで来ていることに、奇声を上げそうになった。
王子が料理人を招待した。しかも衣装を送ってまで。そんなこと、青天の霹靂だとか。
身長だけでサイズを合わせてきたのか、若干ズボンがきつくて、玲那は何度か足を上げ下げする。
「噂はされていないか?」
「そこまでの視線は感じません。注目させる気はなさそうです」
ラベルニアが耳打ちする。玲那のような平民に、しかも女性に狩り用の衣装を送ったとなれば、噂されて他の貴族たちの注目を浴びてしまう。目的があってそれを狙っているのかもしれない。そんなことをオクタヴィアンに言われて、さすがの玲那も緊張していたが、特に視線もないので胸を撫でおろした。
「だったら、目的はローディアか」




