67−3 不安
オクタヴィアンが緊張した面持ちをしながら、王子と玲那を交互に見やった。
呼ばれて入った部屋の中で、王子が足を組んでソファーに不遜にふんぞり返っている。なんでここにいるのか。問いたいが、オクタヴィアンが目だけで、余計な真似をするなよ。と威圧してくる。
「急に押しかけたのは悪いかと思ったが、出かけているとは思わなかった。少々待たせてもらっていたんだ」
少々。のところが強調されている気がする。ティーカップはなみなみと注がれているが、おかわり何杯目とかなのか。王子は玲那の視線に口元だけで笑う。なまじ人形顔。口元だけの笑みはどうにも嘲笑に思える。
「料理人と聞いたから、味を確かめにきたんだ。なにか作ってくれ」
無茶振り!
王子が言うと、オクタヴィアンが視線だけでさっさと行けと扉を指す。玲那は頭を五度下げて、そのまま部屋を出た。呼ばれていたのか、料理長が廊下で待っている。
「お、王子をもてなせと聞いた。茶菓子でいいそうだ」
「王子にお菓子って、普通なに出すんですか!?」
「知らん! 王城で出される菓子なんて知らん! さっきはただの焼き菓子を出した。口は付けられていない!」
料理長と玲那は話しながら走り出した。とにかく早くなにかを作れという命令で、料理人たちがみんなキッチンでスタンバイしているそうだ。王子はもう一時ほど待っていて、オクタヴィアンはその相手をしていたらしい。オクタヴィアンに同情する。なにを話していたのだろう。
「どこで知り合ったんだ!?」
「お城です!」
「オクタヴィアン様にそれ伝えてたか!?」
「すっかり忘れてました!!」
だからと言って、まさか屋敷に訪れるとは思わないだろう。わざわざ玲那の料理を食べに? 冷やかしとしか思えない。
「こっちって普通どんなお菓子食べるんですか!?」
「硬い焼き菓子だ! 甘いパンみたいなもんだ。果物や実を入れる! お前が作るような、あんな上品なものじゃない。それか刺激がある甘い菓子だ」
刺激ってなんだ。スパイシーなケーキってことか? それはともかく焼き菓子で、それらを作るにはオーブンでじっくり焼かなければならないと言う。時間がないため、即席でお菓子を作らなければならない。
しかも、王子を満足させる必要があった。
「時間がない! たたでさえ待たせていたんだ。短時間で、相当なものを作らないと!」
「嫌がらせすぎる」
急に来て、勝手に待って、お菓子を作ってたもれって? 勘弁してほしい。
しかもその辺のお貴族様ではない。王子だ。わがままは当然。粗相があったらオクタヴィアンの立場に傷が付く。最悪、首が飛ぶ。
「氷を作ってください! 大量に! ミルク、卵! あと砂糖!」
「すぐ用意しろ!!」
「なんか、果物ないですか!?」
「出せるもの、すべて用意しろ!!」
料理長の言葉に、料理人たちが動き出す。
玲那は小麦粉と卵を用意してもらい、薄焼きを作らせた。それからジャム。ベリーで作ったジャムだ。これは作ってもらっていたものだ。今日のおやつにスコーンを焼くつもりだった。スコーンを焼いている暇はない。それに、手で食べることになるので、王子に出して良いのかわからなかった。
「ミルクを温めて! 沸騰させないで、かき混ぜて! 果物はこれですか!?」
軽く切って味を確かめると、酸っぱいどころか苦味すらある。マーマレードのような味だ。他に甘い果物はないのか。しかし、この世界で甘い果物は本当にない。レモンほどではないが、リンゴのような果実も甘さより酸っぱさが強かった。
「ううっ。これは別でなんとかします! 氷の用意を!」
玲那は料理人の作業を見ながら指示をする。玲那がやるより、彼らが魔法で動いた方が早くできあがるからだ。
温めながら砂糖を入れて、泡立てたミルクに卵を混ぜ、布でこす。
「氷の用意ができた!」
「氷に水入れて、そこに鍋入れて、高速で混ぜてください。とにかく急冷! 鍋をがんがん冷やして!」
手が冷たいなど言っていられない。魔法で凍らせて、それをかき混ぜさせた。
とにかく冷やす。冷やしまくる。自力で混ぜるわけではないが、キッチンの中も冷えてきた。しかし我慢だ。
「もっと冷やして!」
みんながガタガタ震えるほど空気も冷える中、急ピッチでお菓子が作られた。
「お待たせしました」
玲那が部屋に入ると、オクタヴィアンが緊張した面持ちをしつつ、少しだけ安堵した顔を見せた。思ったよりできたのが早かったからだろう。料理人たちは唇を青くしながら頑張ってくれた。これで満足してくれるといいのだが。
ちゃっかり食事ができるようにテーブル席について、王子は不遜に笑ったまま、運ばれてきた皿へ視線を向ける。テーブルの上に置かれたお菓子を見て、王子が目をすがめた。満足のいく見目ではなかっただろうか。
「これは、なんだ?」
「クレープです」
「くれーぷ?」
薄焼きの生地の上に、甘酸っぱい果物を乗せた。酸っぱい果物は苦味もあるため、砂糖で即効煮て、甘くした。釜では間に合わないと思ったが、魔法で高熱で燃やし続けるという強行をし、焦げないようにかき混ぜ続け、砂糖が滲んだら急冷し、無理やりコンポートを作った。
それらを見目よく並べ、真ん中にアイスクリームを置き、ベリーのソースでおしゃれに色付けた。
そう。皆がぶるぶる震えて作ったのは、アイスクリームだ。冷凍庫の中で作業をしているみたいだった。
バニラビーンズがないので香り付けできないが、ベリーの香りと果物の香りで良いだろう。
先に後ろに控えていた男が口にする。毒味か。王子ならば当然か。男が目を見開くので、一瞬王子が刮目した。
「も、問題ありません」
本当に? 玲那まで緊張してしまう。まさか陥れられるとかあったりするか?
王子は考えたようにしながら、スプーンを口に運ぶ。
「これは……。ひんやりとして、なんだこれは!?」
王子、アイスにびびる。先ほどの男も驚いただけか。料理長とオクタヴィアンが力を抜いた。なんだよ。驚かせるなよ。という声が聞こえる気がする。
「氷菓子とも違うな。どうやって作ったのだ?」
「ミルクと卵、砂糖を混ぜて冷やしただけのものです」
王子は玲那の言葉を復唱し、アイスを口に入れる。頷いているので、気に入ったようだ。王子が食べたあとオクタヴィアンが口にした。オクタヴィアンは大好きに違いない。食べるのが早い。
苦味のある果物もコンポートにしたおかげで食べやすいだろう。ワインも入っているので、大人な味になった。本来なら弱火から中火で煮詰めないように作るものだが、ぐつぐつ煮たので、原型が崩れている。それが目立たないように刻んであるので、ごまかせているはずだ。あくも取り除いたつもりだが、若干苦いかもしれない。それはアイスで緩和できているだろうか。オクタヴィアンは苦みを感じるかもしれない。王子はどうだろう。
甘いものが嫌いだったらどうしようかと不安だったが、王子は満足そうに食べ切った。満足したのならば、もう帰ってくれないだろうか。
王子は唇をナプキンで丁寧に拭くと、オクタヴィアンを見やった。
「ところで、父君の治療は進んでいるのか? パーティでは詳しく話せなかったからな」
お菓子の話はどうした。もう気が済んだのか、玲那などどうでもいいとでも言うように、オクタヴィアンに話しかける。オクタヴィアンもいきなりそんな話が出るとは思わなかっただろうが、未だ治療の甲斐はなく、と話すにとどめる。
「長きにわたり毒を摂取したとか。量はわかっているのか?」
「食事の際に少量を与えられていました。長期間であったため、正確な量はわかっておりません」
「病状はどうだ?」
「荒ぶることもありますが、ほとんど眠っている状態です」
「ふむ。似たような症状を聞いたことがある。落ち着きがなくなり、怒りにかられることが増える。冷静な時もあるが、そうでない時の方が多い。頭痛に悩まされ、眠っていても悪夢を見る。幻覚でも見ているのか、妄想にでも取り憑かれたように、奪われまいと攻撃になる。とうとう剣を抜くほどに。毒なのか、病なのか。そのようになっては、周囲の者たちの心配もひとしおだな」
誰の話をしているのか、王子はすらすらと語った。オクタヴィアンは神妙な顔しているが、冷や汗をかきはじめていた。




