67−2 不安
足取りは重く、草を踏みつける足はやけに力ない。まっすぐ歩いてはいるが、気もそぞろ。億劫な気持ちが見えるようだ。
フェルナンは、森の中、重い荷物をもっているかのように、ゆっくりと足を進めた。後ろで玲那が足を止めそうになる程ゆっくりだ。
いい天気で、ピクニック日和って感じなんだけどなあ。
目的の場所がどこだか知らないので、先に歩むわけにもいかない。先に行っても、後ろから付いてきているか確認する必要はあるだろうが。それくらい、足取りが重い。
オレードのお願い。今度フェルナンと同行してほしいところがある。その頼みを実行するべく、玲那はフェルナンと共にとあるところに来ていた。
今朝、部屋に朝食を持っていけばフェルナンは起きていて、出かける。と一言。それで理解したのは、フェルナンが目を逸らしながらわざわざ出かけることを玲那に報告したからだ。
トマトもどきうどんは食べ終えていたので、玲那は朝食を押し付けて、それを食べてくれたら出かけると告げた。フェルナンは律儀に守り、食事を終えてキッチンに皿を返しにきた。
昨日よりは顔色は悪くない。悪くないというだけで、いいわけではない。覇気がないと言うか、大人しいと言うか、とにかく元気はなく、顔は白いまま。眠れていないのか、目の下にクマが残っている。放っておけるわけがない。
ガロガ車の迎えがあり、それに乗って数十分。都の中心部から離れた郊外だろうか。民家がポツポツ見えるが広大な農村地が続く道を通る。時折庭園付きの大きな屋敷を通り過ぎたりするが、建物は少なくなった。森が続く場所を通り過ぎて、坂を登り、小山を越えて、と、たどり着いた場所。次の森の入り口でガロガ車は停まった。
森の入り口は鬱蒼としており、出口は見えない。ガロガ車から降りてから、その森の中を歩き続けてどれくらい経っただろう。お腹が鳴りそうになって、玲那はそれを堪えるようにさする。
フェルナンは無言のまま、少しずつ坂になっている道をよろよろ歩く。
余程行きたくないんだなあ。けれど、行かなければならないのか、なんとか足を動かしている感じだ。玲那がついてくる意味はないように思うが、時々足を止めるので、一緒に足を止める。そうするとため息を吐いて再び歩き出す。玲那の足音を確認しているようにも思えた。
監視がいるので、戻れないとでも思っているのだろうか。
お菓子食べます? とかも聞けない雰囲気。言ったら最後、足を止めてそのまま帰ってしまいそうだからだ。とにかく歩みが遅い。玲那はハイキングにでも来た気持ちで、周囲を見回しながら後をついていく。
ここで、草をとっていいだろうか。いいだろうか? 気になる実ができている。こちらは気候が違うため、冬の終わりかのような気温だ。そのため、春を知らせるような植物が咲いている。
実。種。新芽。リスのような動物が花をもいで蜜を吸っている。
私もほしい。
種をそそと手にして袋に入れる。横目で見えたあの赤い実が気になる。クコの実? ハマナス? フユイチゴ? 葉っぱがバラのような濃い緑色で、棘のあるものだ。バラ系か? 根からいただいてもよいだろうか? 誰かの土地であろうから、ダメか?
日の指す場所には、八重のように花びらが重なっている花が咲いている。淡いピンク色。玲那の頭の中の植物辞典が開く。冬の終わりに食べられるものはインプットしてある。花は可憐で愛らしいが、食べ物が第一。
しかしあれは食べられない。根に毒があるはずだ。花は香りが良いため、リラックスに良い。フェルナンの部屋に置いてやりたい気分である。お花は摘んではダメか? 別の場所には食べられる花があった。
良心よりも、新しい植物! 腕の中に花を抱えて、うきうきと足を進める。
森は誘惑が多すぎる。殊に冬の終わり。採ってくれと言わんばかりに咲いている。
しかし、どこまで行くのだろう。なだらかだった坂の傾斜がきつくなってきた。軽く山登りだ。魔物などはいないのだろうか。肉厚な葉を持つ花も目に入って、その木を見上げる。種がある。油が取れそうだ。地面に落ちているのをささっと拾う。
そんなことをしながら歩き続けていると、とうとうフェルナンが足を止めた。
「うわ。きれいー」
木々の開けた場所に、一面花が咲いている。茎の短い花が、色とりどりに咲いて広がっていた。ピンクや白。青紫。
その花畑のような場所にぽつねんと、石が積まれている。ちょうど、花に囲まれるように。
お墓?
フェルナンは花畑にも足を踏み入れず、木陰から出たくないように離れて突っ立っていた。
「どなたのお墓なんですか?」
「……知らない」
知らない? それなのにここまで来たのか?
「お花、すごいですね。そうだ、さっき採ったやつ」
手に持っていた花を思い出して、玲那は人一人通れる花の道を通り、その積まれた石の前に花を手向けた。途中で拾った花だが、この花畑の花とは別の種類なので、少しは喜んでもらえるだろう。
石は積まれているだけで、特に墓石のようになっているわけではないが、間違いなくお墓だ。まっすぐこの石まで通れる道があり、花に囲まれている。花に日が当たるように、梢が影にならない場所に埋められている。考えて埋められたに違いない。
「こっちは食べられて、愛でられる優れものです」
こっちは食べられません。とお墓の前で説明して、玲那は手を合わせる。水は持っているが、口をつけてしまっていたので、代わりに先ほど採った赤い実も置く。少しは喉が潤せると思う。軽く周りも掃除しておく。石の周りに葉っぱが落ちていたので拾って遠くへ捨てた。
「大切な方のお墓なんでしょうねえ」
一通り参ってそう言えば、フェルナンは立ち尽くしたまま、なにを言われているかわからないように、眉をひそめた。
なにが? みたいな顔してくる。ずっと口数は少なく、視線も虚ろだが、その不機嫌顔はいつも通りのフェルナンだ。
「こんなにお花に囲まれているし、景色はいいですし、ちゃんとお日様当たるところにあるし、亡くなっても大切に葬られたんじゃないですかね。めっちゃいいとこにお墓ありますもん。これは素敵」
自分だったら、共同墓地かなー。うちには墓などない。自分が荼毘に付されて墓に埋められることなど想像しにくいが、さすがに墓はあるだろう。しかしその後、誰が参るかなど、思い付く人がいない。
花畑に向かってもう一度手を合わせてからフェルナンに振り向くと、フェルナンはすでに踵を返していた。
「え!? もういいんですか!?」
行きとは違い、大股で坂道を下っていく。
いや、待って、待って。そんなに来たくない場所だったのか。
行きは足が重そうで、嫌々なのだろうとは思ったが、帰るとなると足の進みが早い。
途中、お墓に上げた花や実を見つけてなんとか手に入れて、フェルナンを追いかける。森で置いてけぼりだけは勘弁してほしい。ガロガ車で置いてかれても困る。結局連日走ることになったが、ガロガ車には置いてかれずに済んだ。
しかし、その後別の問題に行き当たった。
「すぐにオクタヴィアン様のところへ!」
屋敷に戻った途端、デジャヴ。
今度はなんだ。
「身なりを整えて! 荷物を置いて!」
屋敷の者に急かされて、荷物を渡して髪の毛を整えて、促された部屋に入ろうとすると、まだ入るなと引っ張られて、混乱する。執事のような男性がコホン、と咳払いをして、扉をノックした。
「オクタヴィアン様、料理人が戻ってまいりました」
「入れ」
随分仰々しい。いつもならば玲那がノックをして気にせず入るのに。男性が扉を開けると、玲那は納得した。
オクタヴィアンの他に、銀髪がいる。
「やっと帰ってきたのか」
こちらも不遜な態度。ローディア以上の不遜さに、そのまま気を失いたくなった。
王子だ。




