66−4 王宮
「いや、帰れるから。帰れるし」
来た道はそこまで複雑ではなかった。この神殿からは出られるだろう。神殿からは出られる。問題はその後だ。この神殿まで門からガロガ車に乗った。
神殿から出て、建物の間や森の中を通ったのを思い出しながら、歩き出す。王宮ってどれだけ広いのか。身近な王宮。皇居の広さを思い出してみれば、目が回りそうになった。ガロガ車は思ったより長く乗っていた気がする。
「いや、覚えてるから。覚えてるし!」
いや、迷った。
すでにどちらに行けば良いのかわからない。似たような建物が多すぎる。しかもかなり暗くなってきた。王宮で遭難とか、嫌すぎる。フェルナンたちがいる建物まで戻った方が良いのではなかろうか。彼らの乗ったガロガがどこかにあるはずで、オクタヴィアンはガロガ車に乗って帰るのだし、他の客のものでも後を追えば門の外まで出られるかもしれない。
「ダメだ。戻ろう。その方がいいわ」
ガロガ車に乗っている時に見た覚えのある塔が、右手に見える。長い間あの塔が見えていたので、方向は合っているはずなのだが。
「敷地の中でも馬車なのがいけないんだよ。歩きなよ。健康のために」
ぶつくさ文句を言いながら戻ろうとすると、後ろから声が届いた。
「そこの」
そこの? 男性の声に足を止めると、玲那は悲鳴を上げそうになった。
どうしてこの人が草むらから出てくるのか。頭に葉っぱをつけて、彫刻のような美人が垣根を跨いでくる。
王子だ。名前、名前なんだっけ!
そして、どう対応すればいいのかわからない。オクタヴィアンのように接するわけにはいかない。こんにちはー、とかじゃダメな気がする。絶対ダメだ。
ど、どど、どうすれば??
混乱しながら焦っていると、王子がぬっと近寄って来た。身長高い。フェルナンくらいある。見上げて口を開けそうになって、すぐに頭を下げた。間抜け顔をして見上げるのはさすがにまずい気がする。直接見てはいけない気がする。
「先ほどローディアといたな。ローディアに頼まれごとでもあったのか?」
ローディアに聞いてくれよ!
「いえ、なにも」
心の声を封印して、視線を合わせないように王子の腰辺りを見つめる。わあ、ベルト豪華ー。とか、現実逃避したくなる。脇にある銀色の剣が目に入り、緊張が増した。パーティ行くのに剣を持っていくのか? 踊ったりしないの? 邪魔じゃない? 物騒だから、置いて行った方が良いのでは? 緊張しているのに、余計なことが頭をよぎっていく。
王子は沈黙している。
ええ、なんなのーっ! もう行っていいのかな!?
「では、なぜ神殿へ入ったのか」
どうして知ってるんだよ。突っ込みたい気持ちの中、言い訳を考える。異世界人って疑われているから。なんて言えない。
「私があまりにも無知なため、神殿について教えていただいたのです」
嘘は言っていない。王子は納得しているのか、すぐに別の質問に変えた。
「ふむ、そうか。ところで、見ない顔だが、どこの人間だ?」
「インテラル領の者です」
「……そうか」
なんか、今間があった。つい顔を上げると、彫刻の顔をばっちり見てしまった。すぐに視線を横に逸らす。
思ったより若いかもしれない。十代か? 玲那と年が変わらないかもしれない。少し上か?
「どこへ行くつもりだ?」
「屋敷に帰るところです」
「こんなところにいて?」
「迷子なんです」
「ふむ」
なにが、ふむ。さっさと行ってくれないかな! もう暗いし。早く帰らないと、屋敷に戻るのに夜が更けてしまう。こんなところで夜を過ごしたくない。
「ついてこい」
「え、」
王子が踵を返した。マントがばさりとひるがえり、重厚な布地がはためく。
かっこいー。マントかっこいー。えんじ色のマントがオシャレすぎて、拍手したくなる。
なんて考えている場合ではなかった。王子の足が長すぎて、あっという間に先に進んでしまった。急いで追いかける。本当に案内してくれるか不安だが、ついていかなくて手打ちにするとか言われるよりましだ。
王子の後ろを急ぎ足でついていくと、なぜか王子は建物に入った。建物の中を通った覚えはない。
王子に気づいた者たちが、うやうやしく両手を前に組んで微かに頭を下げる。ほんの五度くらい。視線を合わせない程度に傾いだ。あれくらいで良いらしい。がっつり頭を下げて、なんだ、こいつ。と見られた経験があるので、やりすぎない程度のお辞儀が必要なようだ。
王子はずかずか歩いていく。階高のある廊下。豪華な通路。廊下という幅ではない。幅員が部屋の広さだ。
さすがに王族がいる城。壁面や柱の装飾が比べ物にならないほど細かい。税金の集まりに違いない。
いや、王子。どこまで行くのか。本当に案内してくれているのか?
はあはあ言いながら追いかけて、なんなら汗もかき始めた頃、中庭がのぞめる外廊下へたどり着いた。
「ほら、あれが外門だ」
指さされた先、それでも広い庭が広がっていたが、その先に、門が見える。間違いない。後ろには森がある。疲労困憊で、肩を揺らしながら息を整えて、玲那は王子に礼を言った。疲れ切っていたので、頭を深々下げたのには気づかなかった。
「ありがとうございます。無事帰れます」
「ちょっと待ちなよ」
「な、なんでしょう」
「その首にかけているものはなんだ?」
首にかけているもの? 先ほどのお辞儀で服から出てしまっていた。首にかかっているものを思い出して、ただのネックレスですと答えたが、王子はよこせと言わんばかりに手を差し出してくる。断ることはできない。
仕方なく首から下げていたネックレス、オレードにもらった銀聖を渡した。あれから使うことはなかったが、持っていてね。とオレードに言われていたので、首にかけていたのだ。この体だとそこまで重くないため、常につけているが、王子は気になったようだ。
あまり見せたくないと思うのは、仕方ないだろう。王子は銀聖を手にすると、目をすがめる。
「……インテラル領から来たということは、オクタヴィアンについてきたのだろう? なんの仕事を担っているんだ?」
特になにも言われず返されて安堵するが、今度は役目について問われた。
「料理をしています」
「料理人?」
「そうです」
料理のためについてきたのだから、間違っていない。普段から城で料理をしているわけではないが、そこは言わなくていいだろう。
「ローディアにも提供したのか?」
「ローディアさんには、狩りの時に、何度か。領地の城では提供したことないです」
普段神殿にいるのだろうが、神殿の食事は誰が作っているのか知らない。事件以降食事を城で作ったことがないので、狩りぐらいしか食べる機会はなかったはずだ。ローディアは屋敷に一度も来ていないのだし。
なにか気になったか、王子は再び沈黙する。
なんか変なことを言ったか? 言ったか??
いちいち黙らないでほしい。怖すぎる。
「お前の名は?」
「玲那と申します」
名前聞かれるの嫌なんだが。王子はわかったと言って、今来た道を戻ってしまった。
「やだもう。怖すぎるんだけど」
なにかヘマをしただろうか。よくわからない。よくわからなすぎて、寒気がする。ローディアに初めて会った時も変に思われたから名前を聞かれたのだ。王子がリリに気づいたわけではないと思うが。
リリはいつも頭の上にいるだけで、特になにかをするわけではない。危険などないので、食事の時に頭から離れるくらい。狩りの時も玲那が目潰しの粉を投げたりしなければ、リリが助けてくれるはずだったとフェルナンに言われた。だから次になにかある時はリリを信じて動かない予定だ。
「王子に斬られそうになって、リリちゃんが動いても困るけどさ」
王子の姿はもうない。とにかく今は帰ろうと、門まで走ることにした。




