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66−3 王宮

「聖女を妻にしたのは、王太子の望みだったでしょうが」

「魅了されていたのは王子だけってことですか?」

「聖女の肖像画は見たことがありますか?」

「……ないです」


 ローディアは何を言いたいのだろう。玲那の質問をことごとく無視して、答えをはぐらかしてくる。

 聖女は多くの者たちを虜にした。金銀財宝。差し出してくる者たちが、聖女の前に大勢集まった。

 聞いている話。異世界人の悪行。ローディアは、まるでそれは嘘だと言わんばかりな誘導をしてくる。


 それを玲那に言ったところでどうなるのだろう。同じ異世界人ならば、怒りをもてとでも言うのか? 異世界人が陥れられたとしても、それが事実かもわからない。ローディアの言っていることが本当とは限らないからだ。

 今の所、勇者は善人であった可能性が高いが。


 ローディアは踊り場のように広くなった一角で足を止めた。

「歴代の、異世界人ですよ」

 まるで、隠されているかのように、それらはあった。暗がりの中に、巨大な絵画が飾られている。


 最初が白黒の絵。癒しの力を持つ聖女だろう。千年も前に現れた聖女だからか、濃淡が少なく、実物には見えないのっぺりした絵だ。どんな顔をしているかと問われても特徴がなく説明しづらい。神話レベルの聖女だけある。


 二人目が物作りの聖女だ。年代が離れているためカラーだが、一人目の聖女と色が違いすぎて、その差に驚く。なんと言っても髪色がすごい。ワインレッドだ。地毛なのか? かつらか? 凛々しい女性で、剣でも握っていそうな勇ましさを感じる。ドレスではなく、乗馬服のような衣装で、ピタッとしたパンツを履きこなしていた。身長も高そうだ。


 三人目が勇者だ。これはカラーだが薄暗い。浅黒い肌の黒髪の精悍な顔の男性。プールの監視員みたいだ。彼らに比べればもう少し肌の色は明るいが、日焼けなのは間違いない。顔に比べて首元が白かった。長い間戦い続けたせいかもしれない。

 黒の鎧。マントは黒緋色。物作りの聖女に比べて、全体的に暗く、表情ですら暗さを感じた。

 本当に魔物を倒し続けた勇者なのか? と疑問に思うほど細身の男性だ。やはりなにか能力があったのだろう。


 そして、最後の聖女。王となった王子の妻らしく、華やかなドレスに豪華な装飾品を着けている。椅子に持たれて、視線はうつむき加減。表情はないが、どこか物悲しさを感じた。


「ヴィルフェルミーナ。彼女が王太子を狂わせた聖女です。美しい方だったのは確かなようですよ。誇張されているわけではないそうです」

 ローディアの言う通り、美しい人だと思う。流れるような金色の髪。儚いような雰囲気もあり、けれど伏せたまつ毛が色気を感じさせる。瞳の色は淡褐色。イエローとグリーンが混ざっていくような色をしている。弱々しいような、守ってあげたくなるような細さ。

 ただ、疑問は残る。


「なにか不満でも?」

「いえ、綺麗な人だと思いますけど、王族さん関係みんな美人さんだから、あまり変わらない綺麗さと言うか、そこまで凄さを感じないと言うか。みなさん美人だから、王子さんたちがそこまで騒ぎ立てるほどだったのかなって」

「ぷ。ははっ」


 ローディアは笑うが、この聖女とローディアを比べたら、もしかしたらローディアの方が美人ではないだろうか。先ほど会ったアシュトン王子も似たような美貌だ。おそらく父親や聖女に首っ丈になった元王子も似たようなものだろう。

 そんなレベルの人たちが、似たような、なんならそれ以上の美しさを持つ者が、そこまで心奪われるのだろうか。


「言葉巧みだったとかなんですかね?」

 ここまでいけば、顔だけではない気がする。雰囲気や言葉遣い、性格、動作、その他諸々、惹きつけるようななにかがこの聖女にあったのだろうか。

 推しみたいな感じ? わかんない。そういう感情持ってなくて。狂うほど好きになるってどんなだろうか。


「王になった王太子は聖女を奪われまいと、聖女に近づくなと牽制し続け、心配し、政務に集中できなくなり、聖女を閉じ込めたそうです」

「それで他の男を殺しちゃったんですもんね。だから魅了。魔法でそういう力はないって聞きました」

「ええ。操ることはできても、一時のことです。操って金をせしめることは難しい。殊に大人数を操るとなれば、不可能です」

 魅了の力を持っていなければ、説明がつかないといったところか。


「ですが、本人は宝石などに興味を持っていなかったという話もあります」

「こんなに煌びやかな宝石着けててですか?」


 肖像画の聖女は派手な宝石を着けている。頭の上のティアラから、髪飾り、イヤリングにネックレス。宝石のついたドレス。人差し指にある指輪なんて、何カラッとの宝石を着けているのだろう。ああいう飴を子供の頃に見たことがある。宝石がおもちゃのように大きい。


「指を見てください。質素な指輪を外そうとしなかったと」

「質素な指輪?」


 一体どこに? 指輪だけでも三つ着けている。どれも宝石だらけだ。しかし、飴の指輪の後ろに、別のリングが見えた。金にゴテゴテの装飾がされた指輪の後ろだ。その指輪はくすんだ銀色で、よく見なければ気付かないほど地味だった。色が違うため指輪なのは間違いない。言われてみれば違和感がある。


「結婚指輪とかですかね?」

「結婚指輪?」

 薬指ではないが、人差し指に着けるのかもしれないと口にすれば、ローディアはそれはなにかと言わんばかりの返事をしてきた。

 しまった。こちらには結婚指輪がないのかもしれない。結婚の証明に宝石をつける習慣がないのだ。


「えーと、王様から最初にもらった指輪とかー」

「王から渡された指輪が質素だと思いますか?」

「はは、そうですよねー。ははは。じゃー、お守りとかかなー」

「お守りですか?」

「着の身着のままこっちに来たとしたら、自分の世界の物を大切にしてたんじゃないですかね」

「一理ありますね。元の世界からの物ならば、質素でも大切にするのかもしれません」


 元の世界。異世界人は皆どこからか飛ばされてくる。前の世界のものを持っていてもおかしくない。

 玲那と違い、自分の体でこちらの世界に飛ばされる。思い出の品を持っていれば、それを手放したりしないだろう。この世界から出られなかったのならば。


「純粋に疑問なんですが。やっぱり元の世界に戻れないものなんですかね?」

「神の身技を否定することなどできません。来るべくして来たのですから、戻る道などありません」


 神のミス。間違いでこちらに飛ばされたとして、やはり戻れないものなのか。玲那のように魂ではなくその人そのものでも、帰ることはできないのか。

 どちらにしても、聖女は殺されてしまった。彼女の言い分は闇の中だ。


 それはともかく、どうしてこれを玲那に見せたのか。

 聞きたくないから黙っとこ。あなた異世界人ですよね? とか言われても困る。








「では、気をつけてお帰りください」

「えっ!?」


 行きと同じ道を戻り、扉から出たら、ローディアがそう言って扉を閉めた。

 扉の前を守る騎士たちが、玲那をぎろりと睨みつける。ここから一人で戻れと言うのか。


「ああ、そうそう」

 恨み言が聞こえたか、ローディアが扉から顔を出す。

「書庫へ案内させますね。また調べ物があるといけませんから」

 いや、いらないよ。

 返事をする間なく、行きにお使いとして来た男が玲那を促した。

 いや、いらないよ!


 玲那の反応などどうでもいいと、男は玲那を書庫へ案内する。神殿内にある書庫は一階にあって、ここは信者が自由に入られる場所だと説明を受けた。だから調べ物があれば来ても良いと言わんばかりだが、来ることはないと宣言したい。


「では、お帰りください」

 案内されただけで、男はそのまま玲那を置いていった。いつでも入っていいと言いつつ、神殿から出ていけと言う。


 ちょっと、どうやって帰るのよ! あとこのローブどうすんの??

 男はさっさといなくなってしまった。書庫の扉の前でポツンと残されて、他の同じローブを来た者たちにじろじろ見られる。


 扱いがひどすぎる。異世界人だと聞かれないだけましか。仕方なく来た道を戻ることにした。

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目的も欲求も謎なまま踏み込んでくるの不気味〜
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