66 王宮
私の窓拭き使ってる! ほんとに使う人いた!
廊下を歩きながら、認可局に認可された窓拭きを使うメイドに気付き、玲那は歩きながらその様を眺めた。別の建物の窓を拭いているので遠目だが、間違いない。窓拭きモップだ。
お金だけ払って、ーーー払ったのはオクタヴィアンだが、使用されることなどないと思っていた窓拭きモップを、まさか城で見ることになるとは。
そう、お城である。どこのお城って、王宮のお城だ。
なぜ玲那がここにいるのか。それはオクタヴィアンが出かけた後のことである。
騒ぎがあった後、オレードと共に、フェルナンの部屋に行った。フェルナンはまた眠っていたのか、顔色悪く部屋から出てきた。ケーキは食べてくれたようだが、それ以外に食事をしていないと聞き、急いで簡単に食べられる物を作り、フェルナンが食べるのを待った。その頃にはオレードは帰ってしまい、お目付け役のようにフェルナンの食事を見守った。
オクタヴィアンと出かけるため、フェルナンはだるそうに用意をしていたが、さすがに着替えは見守れないので外で待機。騎士の衣装に着替えたフェルナンに拍手して、顔色の悪いままのフェルナンと、おめかししたオクタヴィアンを屋敷の者たちで見送った。
もちろん玲那が付いていくことはない。フェルナンが帰ってきた時に軽い夜食でも作っておくかとメニューを考えていた頃、使いが来たのだ。
誰の使いって?
ローディア・ヴェランデルだ。オクタヴィアンが出かけた後に来るあたり、計算したのだろうか。使いに理由を聞いても教えてくれない。玲那に断る理由もない。ローディアの身分を考えれば、玲那に拒否権はない。玲那は仕方なく使いの乗ってきたガロガ車に乗り込んだのだ。
白のローブを羽織り、玲那は見慣れぬ廊下を歩く。
サイズの合っていない服の上、足元を隠すほどの丈の長い服なため、足元が見えにくい。階段になると裾を上げて登らなければ転んでしまいそうだった。
「転ばないでくださいね」
玲那の動作に微笑みながら言ってくるあたり、嫌味に聞こえる。足が短いと言いたいか。身長が低いと言いたいか。どちらもか。
そもそも、ローブは厚めの服なので、動くのに重いのだ。こんな服を着せてまで、ローディアはどこへ玲那を連れていく気なのか。
屋敷に来た使いは玲那を城に運んだ。絞首台の跡を通り過ぎ、門から入ったがそこからも馬車に乗ったまま。しばらく走り、降ろされた場所から使いと共に歩き、たどり着いた建物の中にローディアはいた。その前に馬車の中でこのローブを渡されていたのでローブを羽織っていたが、同じような服を着ている者たちと何度かすれ違った。
これがなんの衣装なのか、なんとなくだが想像がつく。ここは神殿で、神殿に入る者が多く着る衣装なのだろう。
まったく、どうしてこんなところに連れてこられなければならないのか。
異世界人。その言葉が頭の中によぎる。ローディアは玲那を完全に異世界人と疑っている。
神殿で異世界人とわかる方法でもあるのだろうか。不安しかない。
「そう警戒することなどないですよ。見せたいものがあるだけですから」
にっこり笑顔が寒気しかしない。その見せたいものがなんなのか、ローディアは口にしなかった。
「あちらに見えるのが、本日パーティが行われている離宮ですよ」
窓から、広い庭園と豪華な建物が見えた。ガラス張りの廊下なのか、人が歩いているのが見える。その先がホールなのだろう。いくつかのバルコニーが並び、そこにも人が見えた。庭園に出ている者もいる。もう外は暗くなっているのに、灯りが灯されていて煌びやかだ。庭にオーナメントでも飾られているのか、キラキラしている。クリスマスパーティみたいだ。
あそこにオクタヴィアンがいるなら、助けを呼びたい。騎士たちもあの建物にいるのだろうか。フェルナンは元気にしているのか、気になる。
周囲を見張る騎士たちも多いが、フェルナンの衣装とは違った。王宮の騎士なのだろう。
「ローディア、パーティには出ないのか?」
歩いていると前から来た男がローディアに声をかけた。癖毛の銀髪で、エメラルドグリーンの瞳をしている。ローディアほどとは言わないが、顔の整った人だ。女性には見えないが、ローディアのように人形みたいな美しさがある。後ろに数人の騎士がくっ付いていた。身分が高そうだ。
「後ほど顔だけ出すつもりです。殿下こそ、こちらにいてよろしいのですか?」
「連日集まるのだから、少しは遅れて出ても問題ないだろう。王族がいない方が話も弾むのでは?」
「ご冗談を」
人形同士が笑い合っている後ろで、玲那はどっと汗が吹き出しそうになった。
殿下、って言った。殿下って。殿下だ。王族だ。ローディアは第三継承権があると耳にしている。王がいて、王子、ローディアの父親、ローディアの順番なのだから、王子は一人。殿下となれば、王子。ローディアの血縁らしく、同じ髪色。ローディアより若いようで、二十歳前後に見えた。
つい見つめれば、王子が玲那を視界に入れた。
やばい。じっと見ちゃったよ。
すぐに顔を伏せて視線を逸らしたが、遅かった気がする。しかし、王子は気にしなかったか、軽く挨拶をしてそのまま行ってしまった。
「先ほどの方が、アシュトン殿下です。運が良かったですね」
どこが?
口には出していないのに、ローディアが、滅多にお目にかかれる方ではありませんよ。と付け足してくる。顔に出すぎているようだ。両頬を両手で上げて口を閉じておく。
二度とお目にかかれないでほしいと思っていることは、顔に出ていないことを祈る。それにしても王族は美人の集まりなのだろうか。アシュトン王子とローディアが兄弟だと言われても納得する。
再び歩きはじめると、騎士やローブを着た者がローディアに気づいて足を止め、壁際で待機する。傍にどき、ローディアが通るのを待ったが、後ろにいる玲那に気づけば顔をしかめた。誰だ、あいつ。の顔である。
王子もそう思っただろうか。さすがに気づかないか。
歩いていると、警備している騎士が増えてきた気がした。巡回している騎士も多い。
大体、どこへ連れていく気なのか。未だ話はない。
そうして歩き続けて、ローディアはやっと足を止めた。
かなり奥の方へやってきただろう。荘厳な扉の前、騎士が数人槍を持って立ちはだかる。ローディアに気づけば傍に避けた。
「こちらは?」
傍には避けたが、玲那の存在は問うようだ。一人の騎士が玲那を鋭く睨んだ。ローディアはその視線を気にもせず。ただの手伝いですよ。と返して、扉を開けさせた。騎士は渋ったような顔をしたが、ローディアの微笑みの前に扉を開く。
ゴゴ、と大仰な音が鳴る。騎士二人がかりで開けられた。部屋の中は階高のあるホールのような部屋で、球状のドーム型の天井の下に、円形のプールのような泉があった。正面には男性の彫刻があり、杖を突き出した格好をしている。
あ、めっちゃ帰りたい。




