65−3 お出かけ
めちゃくちゃ観光を堪能してしまった。
フェルナンの話をしていないのだが。それと時間は平気なのだろうか。午前中のお出かけだと思っていたが、昼も食してしまった。平民が集まるような店にオレードが入ったため、店の中は極度の緊張状態になっていた。普段貴族が入ったりする店ではないのだろう。オレードは気にせず食事を頼み、口にした。玲那に合わせた店に入るしかなかったのだろうが、店の者たちの緊張感を見ているとかわいそうになるほどだった。
だからこそわかる、身分の差。道ゆく人から何度も振り返るように見られたのを思えば、対等に食事などあり得ないのだ。
せめて王都にいる間くらいは気をつけた方がいいのか。気をつけ方もよくわからないが。
「ずっとまっすぐ行くと、王宮になるんだ」
「おー、おっきい建物ありますね」
遠目に白い建物があるのがわかる。まっすぐな広い坂道の両脇は森になっていた。城壁の前に森とは不思議な作りだと思ったが、段々畑のように階段上になっている。ガロガなどでは上がれないような作りだ。坂道は緩やかだが、一気に駆けるには道が長い。
その直線の坂道の先に門が見える。巨大な門だ。城壁の上に兵士が歩いているのが見えて、厳重な警備がなされているのがわかった。
「それより、あれ、なんですか?」
森に入る前の広場の真ん中に噴水のような円形の囲いがあり、段になっている。そこに電信柱のような円柱が一本、立っていた。一番上に長いフックにかけられたように、紐がぶらりと垂れ下がっている。
日時計? ではないか。なんだろうと見上げていると、オレードが沈黙した。
「オレードさん?」
「こうしゅだいだよ」
「こう?」
その言葉を理解するのに、一瞬時間がかかった。
「絞首台……?」
風でゆらめく紐が輪になっている。その紐が引っかかった長いフックの上に、カラスのような黒色の鳥が降り立った。
不気味に揺れる紐を遊ぶように啄ばんで、飽きて飛び去っていく。
「聖女がここで殺されたんだ。悲劇を忘れないようにって、そのままにしているんだよ」
「ここで、絞首台ってことは、公開処刑、ですか」
「そうだよ」
時々感じる、残酷な人間性。倫理観の薄い、理解に苦しむ習慣。
ぞっとしない。
「なんでそのままにして」
「あれを置いておくだけで、人々は溜飲が下がるんだよ。もう二十年も前の話なのに、いつまでもあのままにしている。忘れさせないためにと言うよりは、王族はしっかりと後始末をした。その証拠を残したいんだ。今の王は、当時の王の弟だから」
オレードは眇めた目を向けたまま、淡々と口にした。「王族の面目のためにも、民の怒りを抑えるためにも」と。
「そろそろ帰ろうか」
楽しかった観光の終わりがあれとは。寒気を感じながらそれを背後に歩き始める。
よりによって、城門から直線上。そんな場所で公開処刑を行うのか。
日本だったら塚でも作らないと、祟られるとか考えそう。
考え方の違い。趣味が悪すぎて、嫌悪感しかない。
そこまで恨むような相手ならば良いのか。そこまで感じる相手がいないため、これが正常な感覚かはわからない。この国の人々は聖女のせいで困窮したのだろうから。
でも絶対やだけどな。門扉開けたら絞首刑の跡残ってるんだよ。絶対やだよ。
「オレードさん、聖女って絞首刑の後どうしたんですか。その、遺体とか」
「……その辺に打ち捨てられたと聞くよ」
「ああ……」
無縁仏で葬ったりとか、あるはずなかった。そういえば勇者のお墓もどうなっているのだろう。同じくその辺に捨てたのだろうか。なんなら魔物の餌。
「レナちゃんはどう思うの?」
「せめて埋めてやれよと」
「そうだね。そう思うよ」
オレードは静かに微笑むと、帰路へ着いた。
フェルナンの話をするために呼んだのかと思ったが、ただ観光を楽しんだだけだった。それに便乗して遊んでしまったが。
「えーと、それで、フェルナンさんのことで」
「そうだったね。申し訳ないのだけれど、今度同行してほしいところがあるんだ」
「同行?」
「そう。僕が言っても行こうとしないだろうから、レナちゃんに」
「はあ。今食事もしてないような感じなんですけど」
「玲那ちゃんが作った食事なら食べるだろうから、無理にでも渡してくれると助かるんだけれど」
「部屋に持ってくくらいはできますから、やりますけど」
それだけで良いのだろうか。オレードの言うことを聞かないフェルナンが、玲那の言うことを聞くとは思えないのだが。今ですら話をするのも怪しいのに。体調も悪そうだし、食事も口にしていない。持っていたバウンドケーキも食べているかどうか。
オレードは優しく笑んで、頼むよ、と言うだけ。それは構わないが、フェルナンが受けるかどうかはわからない。それは伝えておく。
オレードは実家に帰っているため帰る方向が違うが、フェルナンに会うためオクタヴィアンの屋敷に一緒に帰ってくると、屋敷の中が大騒ぎになっていた。
「帰ってきました!」
屋敷の者たちが玲那を見た途端、伝言ゲームのように他の人たちに玲那の帰宅を告げる。それがどこまで行ったのか、伝言が戻ってきて、「オクタヴィアン様がお呼びです!」と告げられた。
なんだろう。オレードも気になったか、オクタヴィアンの部屋に一緒に行くとついてくる。
お昼がなかった? 料理長がいるのに、そんなことないか。
なにか悪いことしたかな? またプリンが食べたいだけでは? 料理長がうまく作れなかったのだろうか。そんなことないか。
部屋に行けば、いつもの二人の護衛と一緒にオクタヴィアンが玲那を迎えた。
「戻ったか」
緊張した面持ちはない。少しばかりお怒りだろうか。機嫌が悪そうだが、そこまで緊迫した風はない。
どうかしたのか、問う間に、オクタヴィアンが扉にいた使用人に合図をする。なんだろう。使用人は玲那をぎろりと睨んでそそと部屋から離れる。扉が閉められたが、オレードも中に入って文句は言われない。
「めんどくさい奴らの言い分を聞いてくれ」
何事か。そうこうしていると女性が二人連れてこられた。
その顔を見て察した。
「オクタヴィアン様! どうか、この女を外へ追い出してください!」
女性は部屋に入ってくるなり、顔を真っ赤にして玲那を指差した。




