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65−2 お出かけ

「これ、おいしーです」

「それはよかった」


 焼き栗のような実をいった食べ物に、玲那は舌鼓を打った。素朴な味がしておいしい。葉っぱに包まれた屋台のお菓子で、道端で立ったまま剥いた実を口に入れる。


「ほこほこ」

「手が汚れるのが難点なのだけれどね」

「どうぞ」


 持っていたハンカチを差し出すと、オレードは微笑んで受け取ってくれる。ハンカチはいつも三枚以上持っているので、自分の物もカバンから取り出した。ティッシュがないので予備が必要なのである。鼻がかみたくなったらハンカチを使うしかないからだ。さすがに携帯用ティッシュは作っていない。折り畳んでもかさばる。


「洗って返すよ」

「大丈夫ですよ。お汚れようのゴミ入れも持ってるんで」

 カバンの中にゴミを入れるようの袋も入っている。なにせあちこちで採集するので、袋はいくつもカバンに入っていた。汚れた物を入れるのはいつものこと。焦げた液体で汚くなったハンカチをそこに入れる。オレードは、最低限の礼儀があるから、洗って返すよ。と返してはくれなかったが。


「じゃあ、そっちのゴミください」

「どうするの?」

「捨てる場所ないんで、お屋敷持って帰ります」

 ゴミ袋に今食べた実のゴミも入れようとしたら、じっと見つめられる。

「持って帰るの?」

「捨てる場所ないんで」

「……なるほど。そうだね」


 ゴミ箱は見当たらない。だったら持って帰るしかない。これは習性のようなものだ。けれど、こちらはそうではないのだろう。オレードがチラリと横目で見た先にあるゴミたちよ。こちらの人は食べたらその辺にぽいっと捨てるのが常識らしい。掃除を行う者でもいるのかもしれないが、それは日本人として恥ずべき行為。お断りする。オレードのゴミを引き取って、袋に入れてカバンに突っ込む。なんなら道端のゴミも拾いたい気分だ。


「レナちゃんは、自分の家も綺麗にしているよね」

「そうですか? 無菌室にいたこともあるからかな」

「むきん?」


 いつも入っていたわけではないが、病院が汚いことはない。それに慣れてしまっているからだろうか。退院して部屋が汚いこともなかったので、母親の影響かもしれない。母親は掃除好きだった。今の家で糸の屑などがあると気になるので、性格かもしれない。


「お掃除は大好きですね」

「家の前を掃いているのを見かけたよ。道も掃除していたよね」

「玄関前が汚いとか、許せませんからね! 落ち葉すごいし。集めたら焚き火できるのでちょうどいいー」

「はは、そっか」


 周囲は森。葉っぱは無限に落ちてくる。門扉の前の道にもそれは大量に飛んでくる。それを放置するのは許せない。ついでに集めた落ち葉でじゃがいももどきが焼ける。最高である。アルミホイルが欲しくなる。アルミホイルはさすがに作れない。


「グロージャン様ではありませんか」

 ふと、女性の声が届いた。若い女性だ。ウエストを絞ったデザインのドレスで、帽子を斜めにかぶっていてかわいらしい。女性は玲那からすればお姫様の格好で、ほんのり赤い口紅や頬紅が初々しく、お人形のように思えた。そんな女性から様付けで呼ばれたオレードは、いつも通り背筋を伸ばしたまま。特に返事をしなかった。女性の勢いの方があったからだろうか。


「お久しぶりですわ。このようなところでお会いできるなんて。よろしければ、お茶などいかがですか?」

 デートのお誘いだ。これは邪魔してはならない。玲那が若干下がると、オレードはそれに気づいたかのように、一瞬玲那に首を傾けた。

「悪いが、人といるんだ。おいで、レナちゃん」

「あ、グロージャン様!」


 ええ、断るの!?

 驚愕をよそに、オレードが玲那を促す。その時のその女性の睨みっぷりよ。

「オレードさん、いいんですか? あのお姫様」

「ただの令嬢だよ」

 そうかもしれないが、あの睨みはただごとではない。オレードに気があることは間違いない。オレードの返事が素っ気なかったので、脈はなさそうだが。


「レナちゃんもドレス着たい?」

「私がですか? いやー、見るだけで十分です」

 ドレスなど、コスプレ感が強い。馬子にも衣装すぎるし、ピアノの発表会か、文化祭の出し物か。それに、あんなに裾が長くては、階段を登るのも大変そうだ。動きづらそう一択。


「お腹鳴っちゃいそうですよね。お腹きつく締めすぎて」

「ぶふっ」

 実際鳴ると思う。くびれがしっかりしているので、コルセットなどはつけているのだろう。あれではご飯をもりもり食べられない。

「宝石とかは?」

「宝石はー、サイズ、大きさにもよりますかねえ」


 ピアスの穴は開けたことがないのでわからないが、ビーズアクセサリーは作っている子がいた。細かい物になるので病室では作れなかったが。その時にイヤリングやネックレスなど、作っていた物をつけてもらったことがある。しかし、しなれていないため、重力が気分をめいらせた。


「あんまり、着飾ることに興味がないというか。余計な物つけると、体力を削られるので。体が弱かったから、重いんですよね」

「小さな物なら大丈夫なの?」

「うーん。あるだけで疲れるから、できて指輪かなあ。落っことしちゃったら嫌ですしねえ」


 イヤリングなんて気づいたらなくなっていそうだ。それは悲しい。ネックレスは首が重くなる。ブレスレットはその辺に引っ掛けて壊しそう。つけられて指輪。糸などに引っかかるかもしれないので、それも難しいか。

「宝石も埋め込まれてるような平らな指輪なら、ワンチャン」

 どちらにしても興味はない。この生活で必要のない物だった。着飾る理由がない。最低限のおしゃれをしていれば十分だろう。


「軽いものなら大丈夫ですけど。病院いたから、あんまり興味ないのかも」

「びょういん?」

「療養するための場所です。病気の人たちを治してくれる場所で。そういうところで宝石はつけるのはちょっと」

「体、弱かったんだよね」

「今は元気ですけどね。昔はー、いつも寝てばっかりだったので。寝巻きとかに気を遣ってた子の影響で、少し気にしたくらい。一緒に病院住んでた子たちがいたんですけど、髪の毛かわいく編んだり、爪に絵を描いたりとかはしてました。宝石も、つけてる子もいたけど、私はあまり」


 なんといっても、顔色が悪い。頬がこけて、目が窪んでいる。似合わないどころではない。化粧でごまかそうという試みが友人たちの中ではやったが、母親にやめろと怒られた。痩せた顔に不似合いだったからだ。自分でも似合っていないと思っていたので、その時のことは良い思い出くらいである。


「まずは体調だよなあって。でも今元気になったけど、作業の邪魔になるから、やっぱ興味ないかも。もちろん、身綺麗にすべしとは常々思っているので、おしゃれが嫌いなわけではないですよ」

 寝てばかりだと寝癖がひどい。そのままで鏡を見ると絶望的になる。そういえば鏡が欲しい。鏡売ってないだろうか。領地にもあったが、手鏡程度だった。姿見が欲しい。


 オレードはそれ以上聞いてこなかった。服飾の店の前をちょうど通りかかったのを見て、もしかしたら連れて行ってくれようとしたのかもしれないと考える。失礼な断り方をしたかもしれない。見るのは興味はあるが、着るのに興味がないだけだ。お店は入ってみたい。この格好では追い出されるだろうが。

 店はドレスが飾られており、玲那の言う普段着は売っていなそうだった。こちらの普段着かもしれないが、あれは動けない。窓から見るにとどめて、先へ進む。


 歩いていると広場に入った。さすが王都だけあるか、大通りや広場は領地に比べて広さがある。人々が行き交い、露天もあって賑やかだ。

 道行きで通りの店をのぞいたり、露店の売り物をながめたり、王都の喧噪を感じていれば、あっという間に時間が過ぎていった。

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