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65 お出かけ

「レナちゃん、危ないよ」

 オレードに声をかけられて、玲那は後ろから猛スピードで走っていくガロガ車を避けた。道の真ん中を歩いていたわけではないのに、あのスピードで突っ込んでくるのはどうかと思う。オレードが端に寄せるように腕を引っ張ってくれた。少しばかり珍しいものを見つけて、ちょっぴり道の端から出ただけなのに。


「ああいう輩はいるからね。気をつけて」

 貴族がいる世界。普通の貴族はガロガ車に乗るので、道をのんびり歩いていることは少ないらしく、遠慮のないガロガ車が多いらしい。もし引いても平民だから問題ないということだ。ここに貴族であるオレードがいるのに。


 オレードは朝やって来て玲那を呼んだ。「レナちゃん遊びに行こう」との声に応じて、二人でお出かけだ。

 今日は午後から予定があるらしく、オクタヴィアンもゆっくりしていた。オレードも同じだと、屋敷にやって来たのだ。フェルナンに用があるのかと思ったが、誘ったのは玲那だった。

 フェルナンは見ていない。食器を取りに行こうかと思ったが、まだ眠っていたらと思って、そのままにしてきた。フェルナンの調子が悪そうだとオレードに伝えれば、申し訳なさそうに、放っておいて大丈夫だと言った。


 玲那は手作りのワンピースに手縫いのズボンを履き、購入した上着とコートを羽織って外に出た。昨日は暖かったのに、今日は若干寒く、首元が寂しかったので自分で編んだマフラーを巻いていた。

 有り合わせの服。それでもファッション感覚はあるつもりなので、カジュアルでもそれなりに見られる格好をしているつもりだ。

 それでも、本物の貴族様の格好の前では霞んだが。


 オレードはインテラル領で見る姿とは違った衣装を着ていた。スーツっぽいと言うべきだろうか。ブラウスとジャケット、ベスト、スラックスといった、スリーピースのスーツのような格好だ。ただジャケットの後ろが燕尾服のように長い。コートのようにも見えるし、長いジャケットのようにも見える。濃い緑でまとめられていて、オレードによく似合っていた。


 その隣の玲那よ。お父さんと子供。それはさすがに失礼か。この世界の事情から見れば、貴族と荷物持ちの小間使い。それが並んで歩いているのだから、周囲の人たちが注目した。目立っているのは主にオレードだが。

 貴族っぽい人が歩いてないんだよね。こっちの人は歩いたりしないの?


 オクタヴィアンの屋敷からは馬車に乗せてくれたのだが、玲那があまりにも外を眺めているので、歩くのを勧めてくれた。本来ならば貴族が歩く道ではないのだろう。だからあんなガロガ車がスピードも落とさず通っていくのだ。

 思ったより、身分に激しい差がある。

 オレードがこの道を歩くことも、玲那を一緒に連れているのも、本来ならばあり得ないのだろう。

 玲那は気にもしないが、オレードはどうだろう。周りで見ている人たちは、どうしてあんな貴族が平民の女の子と並んで歩いているのか。そう疑問に思っているのがわかるほど、こちらを見てくる。


 細い石畳の道を歩んで大通りに出ると、大きな建物が見えた。片手に本を持った男性が柵の向こうを歩いている。建物の窓からも同じような服装の男性が見えた。


「学校? あれ、学院ですか?」

「そうだよ。こちらは神官を目指す者たちが入る学院だね。フェルナンが通っていたんだ」

 これが噂の神官学院。気のせいかな、子供というより、成人男性。なんなら髭を生やしたおじさんまでいる。玲那の疑問がわかったのか、オレードはクスクス笑った。


「卒院が難しい学院だからね。長く通う者が多いんだよ。一年で出てくるフェルナンは珍しいんだ」

「へえ。フェルナンさんはやっぱり優秀なんですね」

「そうだね。隣は別の学院。あっちは貴族がよくいく学院だよ」


 あっちって、結構な遠くだ。門らしきものが見えるので、あそこがおそらく出入り口。広い学校らしく、建物まで距離がある。神官の学校に比べて広さがまったく違った。人数の問題だろうが、豪華さも違う。どちらも門の前に警備員のような者たちが目を光らせているが、庭は広大で花が咲いているし、建物も凹凸のない銀行のような建物ではなく、城のような装飾のある建物だ。神官の建物は装飾のない質素な雰囲気で、薄暗い雰囲気すらあるのに。


 大通りでガロガ車を行き来し、時折その門を通っていく。

「ガロガで通学?」

 馬車通学とは。貴族ならば当然か。お車で送迎である。


「寮に入る者もいるよ。地方から来る貴族も多いからね。王都のこの学院に入りたがる者は多いんだよ」

「オレードさんもこの学院だったんですか?」

「そうだよ。僕も、フェルナンもね」

 なるほどそれは貴族だ。意味もなく納得してしまった。建物が豪奢すぎて、こんな学校あってたまるか。言いたくなる。お坊ちゃんお嬢様が通っているイメージが頭に浮かぶ。カフェで執事がお茶振る舞っている姿が浮かぶ。


「制服ってあるんですか?」

「制服?」

「さっきの神官学校、同じ服着た人たちいましたけど、こっちの学院でも同じ服着るのかなって」

「神官は治療士として働いている者が同じ服を着ているから、それで通っているんじゃないかな。学院で同じ服はないなあ」

 それは残念。制服があるならば見たかった。


 治療士を行いながら神官学校に通っている人は多いそうだ。オレード曰く、あまり身分の高くない貴族とのこと。年齢の高い者が多く見えるのは、学院と神官学校両方に通っている者ということだ。本来ならば神官学校だけで十分だが、家によっては学院の卒業を望まれる。両方卒業するには時間がかかるので、本来通う年を超えてしまう。

 フェルナン、やはり規格外だった。ローディアもまた同じ規格外。二人を常識にしてはならない。


「あ、お姫様がいる。うわー。結婚式」

「お姫様? ああ、あれは普通の令嬢だよ」

 普通の令嬢が、すっきりとしたラインのドレスを着て、後ろにメイドらしき女性と騎士らしき男性を従えて、大通りを歩いていた。学院の生徒ではないのか、別の建物に入っていく。


 あれがデフォルトの令嬢か。領地でも何度か見たことはあるが、ドレスの広がり度が違った。領地の方が少し野暮ったいと思ったのは、広がったスカートに花柄があしらわれていたからかもしれない。小さな花の模様が散りばめられていることが多く、色もベージュなどの薄い色で子供っぽかった。こちらの令嬢のドレスは広がったスカートを履かないのか、少し細めだ。それでも玲那が知っているスカートに比べれば広がっているが。


 従姉が結婚した時に見せてもらった写真が、あんなドレスだった気がする。結婚式はグリッタードレスだが、二次会ではロング丈のAラインドレスだった。そのAラインのドレスに似ている。従姉は四着も着たらしく、母親が自慢げに見せてくれたのでよく覚えていた。こんなに綺麗な花嫁が見られて嬉しいと。

 玲那は例にもれず入院していて結婚式には出席していないので、本物は見ていない。


「ああ、ほら。学生が出てくるよ」

 二人組が建物から出て来て、脇に逸れて歩いて行った。格好は制服ではないが、スリーピースのスーツみたいな服を着ている。こちらではあれが主流のようだ。遠くて顔は見えないので、年齢もわからなかった。ここからでは学生の雰囲気はわからない。


 大学のような雰囲気に、不思議と兄を思い出した。

「……死に目にあえなかったな」

 死に目とは違うか。自分が死んでいる場合なので、玲那から見れば死に目とは違う。


 ぼんやり考えていたら、オレードの視線に気づいた。今、呟いていたかもしれない。

 オレードが労るような目を向けてくる。いや、違う、違う。死に目はこっちであっちではない。


「えと、そだ、オレードさん、それで、フェルナンさんのことですけど」

「ああ。うん。そうだね。もう少し行ったら広場だから、そこまで歩けるかい?」

「大丈夫です。行きましょ。行きましょ!」


 苦笑いで誤魔化したが、オレードはしっかり聞いただろう。

 勘違いさせてしまった。オレードは深くは追求せずに、玲那の誤魔化しにのってくれた。詳しく話したくないように見えただろうか。

 けれど、自分が死んで家族を残したと言っては、頭のおかしな子だと思われる。誤解させておいてよいのだ。少々、いやかなり、居心地が悪いが。


 こちらに来てから家族のことをほとんど思い出していなかったことに気付かされる。そんな暇もなかったからかもしれない。

 最後の方ではほとんど玲那に意識がなく、見舞いに来ていたのかは覚えていない。玲那を看取ってくれたのは病院の方々で、家族は一人もいなかった。

 そんなことも、はるか昔のことのようだった。

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