63 お菓子
「オクタヴィアン様、かっこいいー」
「だろ」
「馬子にも衣装」
「あん?」
「なんでもないです」
衣装が貴族っぽい。とか言ったら怒られるだろうか。黒のシャツに紺色のチョッキと膝丈の上着。白パンツに焦茶のブーツ。そして黒のファーがついた白コート。っぽい。ぽすぎる。お人形さんみたいだ。
これから王宮に行くため、豪華な衣装でおしゃれをしている。お出かけ用の正装なのだろう。フェルナンの父親も一緒に行くらしく、同じような形式の衣装を着ていた。おじさんたちの貴族正装。ニマニマしたくなる。なんと言ってもかっこいいのが、騎士たちの姿だ。
「フェルナンさんもかっこいー。みなさんかっこいー」
騎士たちを褒めたら、オクタヴィアンに、お前なんでもいいんだろ。と白い目で見られたが、そんなことはない。皆さんが素敵すぎるのだ。つい拍手したくなる。実際拍手した。
フェルナンや騎士たちは共通衣装で、肩がけのコートを羽織っている。それがヒラヒラしてかっこいい。
「眼福すぎる」
「お前、感想ダダ漏れだぞ」
「常に自分の心に正直なのです」
「少しは隠せよ。お前、町で他の貴族に変なこと言うなよ? 相手によっちゃ、打首だぞ」
「全力で逃げます」
「ほんと、いい性格してるわ。お前がアホやっても助けないからな。大人しく待ってろよ。料理長、こいつ外出す時にはしっかり見張ってろ」
問題児みたいに言わないでほしい。料理長は苦笑いで返した。料理長もそう思っている顔をしないでほしい。
オクタヴィアンたちは馬車、もといガロガ車で、騎士たちはガロガに乗っていくようだ。騎士たちは数人。大人数でついていくのではないらしい。
今日は王宮に向かうので、玲那はついていかない。オレードのお願いを早速無視することになるが、さすがに王宮へは行けない。玲那は屋敷で待機だ。オクタヴィアンによれば、オレードも同じ場所に行くのだから問題ないのだろうが、会うために同行したかった。それが許されるわけないので、お留守番だ。
使用人たちが礼をして彼らを見送る。玲那もそれに混じって脇に避けて見送った。見えなくなると、使用人たちが力を抜いたように屋敷に戻っていく。
さて、ここでなにをすれば良いやら。料理長にくっついているしかないか。
「それにしても、大丈夫かなあ」
騎士の中に混じっているフェルナンだが、やけに色白だった。顔色が悪いと言うか、覇気がないと言うか。SAN値が減っているのが目に見えるようだ。
オクタヴィアンについて出かけるのは、今日だけではない。建国記念の騒ぎは何日も続く。今日はパレードに式典。明日はパーティ。明後日もパーティ。明々後日もパーティ。
パーティ何回行うのか? という話だが、数日飲めや食えやの騒ぎだそうだ。昼の園遊会、夜の晩餐。催しもあり、武闘大会もある。ヴェーラーを祀る催しもあるため、蔑ろにはできない。その間、フェルナンはオクタヴィアンの側に付きっきり。パーティの参加などはないようだが、同行は一緒にする。行き帰りの警護になるのだろう。
都が嫌いという理由がなんなのかわからないので、王宮は平気なのか、そうでないのかがわからない。帰ってくるのを待つしかなかった。
「それで、なにが作りたいって?」
「デザートです!」
待望のデザートだ。なんとこの屋敷に、お砂糖が保存されていた。しかも結構な量だ。お砂糖は茶色がかっており、花の蜜よりさっぱりした甘さで独特の匂いがあるのだが、料理に混ぜてしまうとその匂いはわからない。カカオのような実からとれるらしく、産地が近いらしい。
料理長が毒の類が入っていないか確認し、使用を許された。
「うふふふ。プリン。卵のお菓子を作りましょう! あとバウンドケーキ。焼き菓子も食べたい! 三時のおやつ!」
「なに言ってるんだかわからんが、なんでも好きにしてくれ。材料はなんだ」
「お砂糖とー、ミルクとー、卵。焼き菓子は、お粉と、バター追加で」
まずはプリンと、いそいそ用意する。バウンドケーキのためにバターは常温で溶かしておく。
「ちなみに、熱湯に入れて問題のない容器あります?」
「その辺にあるだろ」
ならば問題ない。早速プリンを作ることにした。
まずは卵。黄卵、全卵。大量に使う。ちなみに量はあまり覚えていない。うろ覚えのレシピだ。失敗は成功の元。きっと大丈夫。
「適当に作る気か? そんなに卵ないぞ? 砂糖も高価だからな!?」
「試作品ですから! オクタヴィアン様たちに作ってあげられるとは限りませんから!」
断言すれば、料理人たちが他所目にした。料理長は腕組みをして考える。
「失敗作を主人に食べさせるわけにはいかないが……」
「そう! 皆で試食して、大丈夫そうならお出しすることを考えればいいのです!」
断言すれば皆が頷いた。きっとおいしいものが作れるはず。そんな視線に玲那も頷く。
独り占めするのではない。お試しで作って、みんなで試食するのだ。
「下心見え見えなんだよ。ったく。無駄に砂糖を使うなよ?」
「お砂糖を加えて、卵を混ぜるのです!」
砂糖がなければ作れない。気にせず砂糖を使う。料理長が頭が痛いと額を押さえたが、止められなかったので良いということにしよう。
昨日使ったフォークの束の茶せんもどきを再び作り、それでかき混ぜる。大変なので、順番で卵を泡立てることにした。
がしゃがしゃ、がしゃがしゃ。皆は泡立て器を知らないため、泡立てる腕がない。見ていると卵をこぼしそうで、見ていられない。
「泡立て器作ろうかなあ」
家に帰ったら、また頼もうか。いや、これくらいなら自分で作れる気がする。カーブのかかった棒をいくつも作り、糸でまとめる。できれば柔らく、しなりのある枝。弓を作った木でできないだろうか。できる気がする。
「なあ、これって、魔法じゃまずいのか?」
「魔法?」
料理長がふと呟いて、指先を卵に近づけた。途端、小さな竜巻が起きて、容器の中を一瞬かき混ぜる。
「出た。ルール違反」
「なんだって?」
「いえ、なんでも。容器から卵飛び出さないように、気をつけてできます? あまり混ぜすぎちゃってもなので、適度にかくはんしてもらって」
「飛ばさないように、力加減を考えて、と」
容器の中がくるくると渦巻いた。卵が飛び出さないような勢いで、遠心力が働いたようにかき混ざる。
泡立て器、必要なし。あっという間にかき混ざってしまった。魔法の前の無力さ。遠い目をしたくなる。
「ダメか? 足りないか?」
「いえ、十分でございます。ありがとうございます。それでは、ミルクを温めましょう。ついでに蒸し器用の蓋付き鍋にお水を入れて、お湯を沸かしましょう」
「なんだ、その話し方」
「なんでもございません。ううっ。めちゃめちゃ簡単すぎて、うらやましいっ!」
「そういえば、レナは魔法は……」
「使えませんよ! 私はその辺の一般人です!」
「火も起こせなかったもんなあ」
そんな、哀れみの目で見ないでほしい。魔法は使えないのが普通である。あなた方と一緒にしないでほしい。




