62−3 都
「肉より高くついたなあ……」
料理長の呟きに、皆が苦笑いをした。
マラム豆と香辛料を大量に購入してきたので、肉より値段がいった。香辛料は他国からの輸入品もあるらしく、高価なのだ。それに、豆だけで肉の質量をまかなうには、かなりの量が必要になる。肉を買った方が安いだろう。
しかし、今日はそれがないのだし、マラム豆で代替するしかない。豆を売っていた男性に食べ方は聞いてきた。
「まず、お豆を茹でるってことですが、蒸すのもやりましょう」
「蒸す? 蒸すってなんだ?」
蒸すを知らない。せいろなどの道具がないことがわかった。料理長に蒸すを説明し、蒸した豆と茹でた豆で試すことにする。
「蒸した方が水分入らないので、水っぽさが変わると思うんですよね」
寸胴鍋に水を入れ、豆を入れた布を蓋に絡めて水に落ちないようにし蓋をする。それでふかすのだ。
「もう一個の鍋で茹でましょ。どっちがいいか、お試し」
「なにする気やらだな」
料理長は諦め気味で玲那の言う通りにした。肉がないので、言う通りにするしかないのだ。
茹でて、蒸して、をしている間、スープを作る。キッチンに残っていた少ない量の肉を焼いて香りを出す。購入した野菜を一緒に炒めて、ポトフにするのだ。
野菜は売れ残りが多かったので、色々な種類を購入してある。今日の夕飯と朝食分は必要だからだ。
じゃがいももどきボード、カブもどきコーレ。他にもにんじんもどきやら玉ねぎもどき。よくわからない野菜があり、その下ごしらえを他の料理人にやってもらう。
あとはソテーを作る。じゃがいも、にんじん、ネギもどきたちがあるのだから、焼けば良いのだ。
「見事に野菜だらけだな」
「まあまあ。お野菜もおいしいですよ」
さすがに葉物は少なく、根菜ばかり。それでも種類はある。同じ材料でどこまで別の料理ができるか、調味料を確認した。
「こっちが生姜、こっちがウコンでしょ。こっちが、セリの種、だっけ?」
なにせもどきなので、同じような形容をしていない。生姜もどきとウコンもどきの差はなく、どちらもぼこぼこした根っこで、見分けがつきにくい。色が若干濃い方がウコンもどきだろう。匂いを嗅いで確認し、香辛料を分けておく。
「料理長、これどうやって使うんですか?」
「知らないで買ってるのかよ」
「知らなくてもまあ、匂いは同じなので。このまま炒めちゃっていいのかな?」
「皮を剥け」
「これ一粒ずつ?」
手に持っていたのは麦のような種で、皮というか、もみ殻のようなものがついている。これをもみ引きするのは面倒だ。
玲那はキッチンを見回した。屋敷のキッチンだが、オクタヴィアンがこの屋敷の料理人たちを追い出した。会議を終えたオクタヴィアンに説明したところ、料理を作らせるなと通達したからだ。彼らは嫌がらせに関わっていないが、こちらに協力をする気もない。オクタヴィアンは連帯責任を取らせ、いとまを出したのである。若い執事のような男に至っては、そのまま追い出された。解雇だそうだ。それに関わったメイドたちもだ。
少しは腹の虫がおさまった。おかげでキッチンの物を好きに使える。
「お、これなんて使えるんじゃない?」
パンをこねるための棒だろうか。円柱の麺棒を見つけて、それで布越しに種を叩いた。もみ殻が取れて、種の中身が飛び出した。これはいける。
玲那はちらりと椅子の背を前にして、もたれて座ってぼうっとこちらを見ているフェルナンを見つめる。フェルナンが玲那の視線に気づき、顔を上げた。
「フェルナンさん、手伝いません?」
ぼんやりしたままのフェルナンに声をかけると、周囲の空気が凍った。ただでさえ、なんでここにいるんだ? と思っている料理人たち。フェルナンをこき使おうとする玲那を、青ざめた顔で見てくる。そんな顔を無視して、のっそり立ち上がって近寄ってきたフェルナンに、麺棒を叩きつける役割を渡す。フェルナンは気の抜けるような力で、コンコン麺棒を振り下ろした。
あれはフェルナンに任せて、玲那はウコンもどきをすり下ろす。さめ肌の皮のようなすりおろし器があってよかった。
その間にフェルナンが種のもみ引きを終えていたので、茹で上がったマラム豆と蒸し上がったマラム豆を別々に潰してもらう。フェルナンは無言で手伝ってくれる。無表情なので、機嫌が良いか悪いのか、嫌なのかなんなのか、推しはかることはできない。が、手伝ってくれているので、遠慮なく手伝ってもらう。
「パンをちぎって、ミルク入れて、卵入れて、フェルナンさん、その潰した豆ください」
綿棒で潰して伸ばされた豆をそこに入れ、ウコンもどきの粉を少々。もみ引きした種を潰して細かくしたものを少々混ぜる。それから、匂いのしないきのこを刻んで入れ、玉ねぎもどきもきざみ、炒め、それらを混ぜてこねて塩胡椒し、タネを作った。茹で豆、蒸し豆、二種類のタネだ。
料理長は興味津々だ。お試しなので量は少なく作る。タネを成型し、フライパンで焼き始める。そのフライパンに、茹でたにんじんもどき、じゃがいももどきを入れ、蓋をした。
焼いている間に、ワインとマラム焼きに使われていた花の蜜、炒めた玉ねぎもどき。そして見つけた、トマトのような果実。これを潰し、混ぜて煮込む。途中塩胡椒や香辛料を入れた。ぐつぐつと煮込めば、ソースのような匂いが立ち込めてくる。火が強いので、マグマのようにぼこぼこ鳴った。時折味を確認し、適当に他の材料を突っ込み煮続ける。
その間に焼き上がったハンバーグを二種類、野菜のソテーもお皿に乗せた。
「野菜はー、まあ、こんなもんかな」
「焼いただけじゃうまくないだろう? そういう野菜は、色どりのためにしか使わないからなあ」
「ハンバーグのタネの香辛料が油に混じってそれで焼いているので、味付きになってますよ」
追加の塩胡椒もして味を整えた。野菜ソテーを口にし、玲那は頷く。完璧である。料理長もおそるおそる食べてみて、ぱっと顔色を明るくした。ポテトがおいしかったようだ。
「さて、問題のハンバーグ。まずは食感ですよね」
「肉には見えないが、野菜にも見えないな」
焦げ目がついたハンバーグより色が薄く、肉のボリューミーさは感じない。もう少し焦がした方がいいかもしれないが、とりあえず味を確かめたい。木べらのスプーンですくい、口にする。まずは茹で豆の方だ。
「んー、んー」
「どうなんだ?」
「柔らかすぎかな。ちょっと水っぽいかも。こっちはどうだろ」
蒸した豆のハンバーグを口にすると、茹でた豆より歯触りが肉っぽい。けれど、もう少し硬さが欲しかった。
「ちょっと、食べさせろ」
料理長が待てないと、木べらでマラム豆ハンバーグを口に運んだ。まずは茹でた方。
「え、うまい。うまいぞ!? こっちは、こっちはもっとうまい!」
料理長が手を出せば、他の料理人たちも試食し始める。フェルナンにも木べらで渡せば、無言のまま口にした。
「んー。もうちょっと、なんか、物足りないですよねえ」
フェルナンはどちらを食べても無言だ。無表情なので、うまいのかまずいのかもわからない。他の料理人たちは驚きに顔を見合わせていた。そこまでではないと思う。
「不服なのか!?」
「やっぱり、肉っぽいだけで、肉ではないなあ。まー。お豆腐ハンバーグよりは、肉っぽい。もうちょっと蒸すのを硬めにしましょうか。味付けは、ソースをお試しして」
今度はソースを試食する。こちらも微妙だ。料理長が口にすれば、目を見開いた。
「あんまりー、ですよね」
「どこがだ!? お前の舌はどうなってるんだ??」
「コクがないんだよなー。もうちょっと煮詰めるか、別のなにか入れないと。さっぱりしすぎてて、物足りない。この間のベリーのソースよりマシだけど」
ワインを入れて、もう少し煮ようか。ケチャップとは違う味だし、トマトソースとも違う。トマトもどきに酸味がないのかもしれない。どうにも水っぽい。煮足りないだけだろうか。
「ちょっとかけて食べてみてくださいよ。あ、フェルナンさん、あーん」
自分の舌より、彼らの舌。男性たちが好む味である必要がある。
フェルナンは無表情のまま、木ベラに乗ったタレ付きハンバーグを口にした。無言で食べるので、感想がない。やはり虚ろ。心配になってくる。
「どうですか?」
「うまい」
本当かなあ。感情のこもらない声だ。瞼を下ろして、細目にする。どこを見ているのかわからない。
オレードはこの屋敷に来ないのだろうか。色々話すことができた。
「うまい。これはうまいぞ!」
後ろで料理長たちが祭りのように騒いでいる。食べたことのない味でも、気に入ったようだ。もっとおいしくなるはずなので、まだ騒がないでいいのだが。
「もうちょっと極めたい」
「そんな時間ない! すぐにこれで作るぞ!」
料理長のGOが出てしまった。側で見ていた料理人たちが一斉に動き出す。
適当に作った試作品の作り方を、側で見てすぐ覚えたようだ。さすが料理人。ハンバーグはまかせて、おまけの副菜を作ることにした。




