62−2 都
「はあ? 材料がないだと!?」
「手配に行き違いがあったようで、材料が届いていないんですよ」
細身の灰色の髪の若い男が、わざとらしく肩をすくめた。メイドらしき女性たちが、後ろでクスクス笑っている。
「料理長ならば、そちらでなんとかしてください」
あざける者たちを前に、料理長のこめかみに怒りマークが見えた気がした。
しかし、そこで手を出したり口を出したりしない。バカにした者たちがいなくなると、料理長が大きな舌打ちをした。
「なんです? あのおバカちゃんたち。ぽこっちゃわないんですか?」
「ははっ。おバカちゃんか」
玲那の言葉に、料理長が怒りの顔をやめて笑い出した。一緒にいた他の料理人たちも吹き出している。
おバカちゃんはおバカちゃんだ。あんなのぽこぽこにしてしまえばいいと思う。しかし、どこかの貴族である可能性があるため、すぐに文句を言うことはできなかったようだ。料理長もこの屋敷に来るのは初めてで、誰がどの身分なのかわからない。料理長より身分が高ければ、不敬になる。身分が低ければ、それなりに対処できると言って。
身分、面倒臭い。
オクタヴィアンの一声でどうにかならないのだろうか。
「仕方ねえなあ。食材買いに行くか。レナ、ついてこい。お前らも行くぞ」
そういうわけで、町探索が始まった。
ここ数年、領主が都の屋敷に足を伸ばすことはなかった。前に領主が訪れたのは、オクタヴィアンの父親が領主を継いだと王に報告した時。それ以来、長く誰も訪れなかった。オクタヴィアンがこの城に来たのも、赤ん坊の頃だったという。
だから、ここの主人は領主ではない。管理をさせていたボードンのものなのだ。
「料理長、これ、なんですか?」
「これはスオーレの実だ。食い物じゃないぞ」
食べ物でなければなにに使うのだろう。注意を受けながら、市場に並ぶ野菜や実を見つめる。
市場には薪や蝋燭などの日用品から、野菜らしき葉っぱや実が並んだ。平民は肉を食べる機会が少なく、野菜などを食べることが多いそうだ。肉は高価だからだろう。
村では見たことのない品が並んでいて、口を開けながら観光気分で食材を見回した。
「オクタヴィアン様が食べられそうな食材はないな」
料理長はため息混じりだ。
あの屋敷の料理人も申し訳なさそうな顔をしていた。頼んでいた具材が来なかったのは本当らしく、あの若い執事のような男がキャンセルしたのではということだった。
仕方ないので買い出しに来たが、その料理人たちは案内に来なかった。協力するなと命令されているのだろうと、料理長はため息混じりだ。
あとでオクタヴィアンにこぴっどく怒られないのだろうか。それでも大丈夫だと思っているのか知らないが、くだらない嫌がらせをしてくるものだ。
料理長が言うには、オクタヴィアンがまだ子供なため、舐めているのだろうということだ。そして、オクタヴィアンの性格を知らないからできることだと、満面の笑みだった。
オクタヴィアンが知ったら、解雇されるのではないか。なので、ここで短気をおこして問題を起こすより、放っておいた方が得策だとか。なるほど。夕食の用意ができていなければ、食いしん坊オクタヴィアンはぶちぎれるに決まっている。
ともかくも、夕飯の肉が必要だ。人数分を確保するため、あちこちの店をのぞく。オクタヴィアンどころか、自分たちの食事も危うい。
町の広場に市場が広がり、常になにかを売っているそうだが、時間が時間なので、必要な食材が手に入らない。
そんなことも計算していたのか、嫌がらせは悪質だ。
オクタヴィアンにこのことを伝えようとしたそうだが、忙しいらしく、フェルナンの父親たちとすぐに会議に入ってしまった。一緒に来た騎士たちも忙しそうに屋敷を厳重に調べて、危険がないかを確認していた。オクタヴィアンの命令なのだろう。怪しい者たちばかりなため、警戒をしているのである。
しかし、ここに一人だけ、騎士がいた。
「フェルナンさん、この辺でお肉売ってるとことか知ってます?」
「知らない。市場で肉が並ぶのは午前中という話は聞いたことがある」
「だそうです」
「くそう。わかっててやったんだろうな。ああ、わかってたさ!」
料理長が大声を出して頭をかいた。手伝いの者たちも辺りを手分けして食材を探しているが、冬のこの時間。もう午後も遅い時間に、肉などは売っていない。夕方近いので空も暗くなってきていた。
肉があってもあまりものだろうと、フェルナン。
フェルナンは騎士たちと行動を共にしないらしく、屋敷の周辺を一人でうろついていたのを確保して連れてきた。オレードの、できるだけ一緒にいてほしいというお願いもあったが、町の案内も頼みたかったのだ。
町の中歩くのも嫌なのかよく分からなかったため、暇なら来ます? と一応確認すれば、返事は頷きだけで、そのままついてきたのである。
討伐隊騎士で連れてこられたのはフェルナンとオレードだけだ。だからか他の騎士とは動きが違うらしい。フェルナンは癒しが得意なので、そのために連れてこられたのだろう、と料理長。オレードはよくわからない。実家に帰るのに一緒についてきただけかもしれない。
そのせいか、フェルナンは暇をしているようだった。
まあ、少し変ではあるよね。
口数はめっきり減った。質問には答えるが、それ以外に言葉を発しない。子供のように頷くくらいで、あとはどこを見ているのかぼうっとしている。
メンタル減の要因がわからないので、避けるべき問題がなにかわからない。
オレードと話ができればよかったのだが、オレードは実家に帰ってしまった。だからなのか、玲那にお願いをしてきたのは。一人にすることがわかっていたので、玲那に見張っているよう言ったのだろう。
確かにこれは心配だ。虚ろすぎる。
「そこのお嬢さん、食べていかないかい!」
屋台にいた女性に声をかけられて、匂いに釣られるまま出された串を見つめた。平べったいベージュ色のお団子が四つ刺さっている。安いよ。と言われて、食べたくなるのは屋台マジックだ。
「これ、なんですか?」
「マラムだよ」
マラムってなんだろうか。女性の側には樽に入った豆が大量にある。女性の後ろで、その豆にミルクを入れて練って平べったい団子にしている人がいた。それを串に刺して焼いて売っているのだ。
フェルナンに食べたことがあるか聞いてみたら、首を振られた。
串を手にしてしまえば、女性がお金を寄越せと手のひらを広げた。
「三ジルだよ」
ジルは一番安い硬貨だ。それを三枚渡して、串に刺さったマラムを見つめる。
匂いは甘めだ。一口食べてみると、甘く香ばしい香りが口の中に広がった。
「あ、おいしい」
「うまいだろう?」
「おいしいです。なんだろこれ。甘めの大豆? なにか混ぜてます? ミルクだけ?」
「マラムとミルク、それと花の蜜だよ。それだけでこんなにうまいのさ」
「このマラムって売ってるんですか?」
「うちにはないけど、ほら、あっちのやつに聞いてみな」
指さされた先に、幾つもの樽が置かれている店がある。礼を言って、もう一度マラム焼きを口にする。甘くて香ばしい。空きっ腹に溜まる食べ物だ。
「この甘いのは、お花の蜜のおかげですか?」
「そりゃそうさ。マラム自体に甘みはないからね」
「なるほど。フェルナンさん、食べてみます? おいしいですよ」
じっと玲那を見る視線に気づいて、食べかけのマラム焼きを差し出した。二つを食べただけなので、横から食べればいいだろうと思って差し出したのだが、側にいた料理長の方がぎょっとした顔をした。目を見開いてこちらを見るので、あれ、まずかった? と気づく。
「あー、無理にとは」
よろしくない行為だったようなので、串を引いたが、フェルナンがさっとその手を取った。
捨てられる? そう思ったが、パクリとはんで、マラムを一つ串から抜いた。
咀嚼して食べている姿に料理長の方が驚いていた。フェルナンは気にしないらしい。安堵して、もう一個は自分で食べた。
「おいしいですよね」
フェルナンはこくりと頷く。幼児化しているみたいだ。外に連れてきたのはまずかったかもしれない。早く帰った方がいいだろうか。
「料理長、代替肉で、ハンバーグ作りましょっか」
「なんだって?」
「あのマラム、買ってみません? 他になにかないかな」
マラムが売っている店に行けば、調味料屋さんのようだった。マラムと書かれた札は二つ。そら豆のような大きめの実と、粉にされたものがある。豆ならば使い勝手がいいかもしれない。他にも気になるものがあった。
「スパイス! 料理長、香辛料売ってます!」
「なにがほしいんだ……」
「わかんない。なんかいっぱいほしい。肉がないなら、香辛料でごまかせばいいんですよ! 歯触り残すために、お豆買って、香辛料で味整えましょ!」
「お前を信じるしかないか」
肉は売っていない。ならば、代替品を使うだけだ。




