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62 都

 胸の中で、温もりが微かに感じられる。

 コートに包み、頭まで布を被せているとはいえ、泣きもしない。

 その体温だけが、生きているのだと確かめられる。


 冷たい雪が顔に当たり、感覚が麻痺しそうだ。

 ガロガを走らせて、ただ前に進む。

 この雪が足跡を消してくれるだろう。

 それだけが、救いだ。









「ほあー、おおお、ああ、えええ?」

「う、る、せ、え!」

「あだっ。ちょっと、蹴らないでくださいよ!」

「うるせえんだよ。さっきから!」


 ガロガに跨いでいるオクタヴィアンが、わざわざ近寄ってきて玲那の足を蹴り上げた。驚いたガロガがオクタヴィアンのガロガに噛みつこうとする。それをフェルナンが手綱で止めた。


 見たことのない風景を前にしてつい声を上げてしまうのが、田舎者のようだとオクタヴィアンは口にする。

 玲那だけでなく、他の騎士たちも口を開けて周りを見回しているので、完全に田舎者だと思うのだが。

 ここは王宮のある都、つまり首都である。


「人多いですねえ」

 多いと言っても、領地に比べてだが。日本の都会はこの比ではない。それでも、こちらでは多い。ガロガに乗った集団が道を進んでも歩けるくらいの道幅はあるが、端による人々の数は多かった。

 建物は高層ビルとは言わないが、そこそこ高めの建物が続く。途中広い土地に城のような屋敷を見かけたが、進むにつれて密に建物が並んだ。


「大名屋敷と庶民の家って感じ」

「あ? なんか言ったか?」

 オクタヴィアンがすかさず反応する。人の独り言に敏感である。


「領地から直接王宮近くに飛べるのかと思ってました」

「反乱の時困るだろうが」

「はー。そんな心配」


 インテラル領には首都に直接移動するワープゾーンがなく、領地から中立地と言われるワープゾーンまでガロガで進んだ。そこから順次移動し、たどり着いたのは首都の郊外にあるワープゾーン。そこからガロガで再び移動する。

 王宮のある町は城壁に囲まれていないらしい。進むにつれて都会らしく建物が並び、いつの間にか人の多い通りへ入った。途中から道が狭くなったのが気になったが、敵が攻め込んできても団体で移動できないように工夫されているそうだ。城壁がないため、迷路のような作りにし、建物で敵の往来を阻んでいる。

 所々にある広場は王宮を守るためで、自軍が待機できる場所となっていた。


「どっかの城下町みたいだな」

「なんだって?」

「今日はどこへお泊まりするんですか?」

「屋敷に決まってんだろ」


 だからそれはどこなのかと聞いているのだが。オクタヴィアンは知らんぷりで先に進んだ。

 オレードに頼まれて都への同行に頷いたのだが、オクタヴィアンも玲那を連れて行くつもりだったらしい。

 理由は、食事を作れる人がいないから。だった。


 都にある領主の屋敷。そこが安全であるとは限らないのだ。

 すっかり忘れていたが、神官事件の主犯ではないかと疑われているボードンは、まだ領地で何食わぬ顔で働いている。もちろん中枢からは外され、オクタヴィアンに関わることは減ったが、ボードンが関わっていた証拠がないため、罷免もできないらしい。古くからいる貴族として、蔑ろにできないのが現状だ。


 そして、都の屋敷の管理は領主ではない。前領主、オクタヴィアンの父親が都の屋敷を使うことはなかった。管理をしていたのはボードンの手下。危険がないとは言い切れない。そのため、料理長などのオクタヴィアンの部下が大勢連れてこられた。その料理の手伝いを、玲那にもしろという命令である。

 屋敷にボードンの手下がいる。敵の真っ只中に泊まるということなのだから、それは敏感になるだろう。


 元領主を狂わせた薬、その出所はまだわかっていない。

 総神官だったジャーネルが、牢屋で自殺したからだ。

 自殺したと言うのは語弊か。自殺した可能性であって、他殺かもしれない。着ていた服の帯を切り裂き、首を吊って死んでいたからだ。


 認可局で我が物顔をしていたパルメルは生きているが、薬の出所を知らない。薬についてはジャーネルが手に入れていた。

 未だ薬の出所は謎のまま。ボードンが証拠隠滅をはかり、ジャーネルを殺したのか、それもわからない。


 この留守にボードンを自由にして暗躍されても困るので、オクタヴィアンの信頼できる者を城に残した。

 フェルナンの父親はオクタヴィアンの信頼を得ているようだが、今回は旅に同行している。オクタヴィアンに付かず離れずの位置におり、側にオレードも控えた。


 玲那はちらりと後ろを見やる。フェルナンの顔は見えない。ワープしてから一言も話していないのが気になる。けれど顔が見えないので、どんな顔をしているのかわからなかった。フェルナンは玲那を前に乗せてガロガを操っているのだから。

 都に来るとメンタルに支障が出る。普段からあまり話さないフェルナンなので、病んで黙っているのか、普通に黙っているのか、玲那にはわからなかった。


 それにしても、今回も同行している、ローディア・ヴェランデル。

 横目に見ればすぐに視線に気づき、微笑まれるので、見ないようにしている。

 神聖文字を読めたことを、オクタヴィアンたちには言っていないのか、城に集まった時になにか聞かれることはなかった。今後とも会いたくない人なのだが、オクタヴィアンと行動を共にすると、必ずローディアが一緒にした。


 オクタヴィアンからすれば、ローディアに領地に残られた方が面倒らしく、ついてきてくれて安心しているようだった。なまじ身分が高い人なので、留守にする間ボードンが寄っても困るのだろう。オクタヴィアンの地位は、未だ強固ではない。


「オクタヴィアン様、あれが屋敷です」

 フェルナンの父親の声に、オクタヴィアンが顔を上げた。

 たどり着いたのは、庭のある、五階建ての平べったい建物だった。


「銀座とかにありそうなビルだな」

「ああん?」

「いえ、なんでも」


 オクタヴィアンはいちいち呟きを拾ってくれる。それだけ玲那の独り言が多いので、口を閉じておく。

 昭和初期にでも建てられた銀行のような意匠だ。柱が特徴的で窓が多い。アーチ型の大きな玄関扉。二階部分まで太い柱で支えられているが、それ以外の階から上は凹凸の少ない壁で窓がいくつもある。


 部屋の割り当てはされていると、その場でフェルナンたちとは別れた。オレードは実家に戻るとそのままガロガに乗って行ってしまった。ローディアも神殿に行くと言って、そのままいなくなった。


「ここを使いなさい」

 屋敷のメイドに案内されて、玲那は五階の一部屋にやってきた。小さなベッド、小さな机。天井が斜めになっているので、屋根裏部屋のようだ。一つあった窓は出窓になっている。部屋に一歩入ると、後ろから鼻で笑われた。一瞬目があったが、ふん、と鼻であしらわれて、大仰に扉を閉められる。


「感じわるーい」

 玲那が平民だと知られているのか。メイドでもない料理人の手伝い要員。身分からすると一番底辺だろうか。そのせいで当たりが強いのかわからないが、歓迎されていないのはわかる。

 オクタヴィアンはそんな扱いは受けないと思うが、心配していただけあるようだ。


「まあ、いいや。おーう、すごい景色いー。しかも屋根裏っぽい部屋。これは、ありがたいのでは? こういう部屋って憧れだよね」


 むしろご褒美。観音開きの窓を開け、屋根に出られるか確認する。屋根の傾斜は緩いため、屋根に出ても問題なさそうだ。なんなら昼寝もできそう。ベッドに腰掛ければきしむ音が聞こえるが、寝心地は悪くない。気になるのは暖房がないところか。毛布が薄いので、寝る時寒いかもしれない。コートをかけるしかないか。


 この都が領地に比べて暖かい分ましだ。ワープでどれくらいの距離を移動しているのか知らないが、体感温度は上がっている。コートを脱ぐか迷うくらいだった。


 部屋の隅に荷物を置いて、貴重品をどうするか考える。お金の入ったポシェットは肌身離さずにいた方がいいかもしれない。なにせ鍵がない。内鍵はあるが、部屋を出て行って鍵を閉められない。廊下からの鍵がないのだ。

 なにか事件があって、部屋に物を置かれる可能性もある。妄想体質なので、ありとあらゆる可能性は考えておく。なにせここは理不尽な世界。偉い人がこいつが犯人ですと言えば、その通りになってしまう。

 部屋に戻ってきたら家探しを心がけよう。


 まずは料理長を探すかと、階下に降りる。使用人たちのいる場所はどこだろう。玲那のあてがわれた階には他に人がいない。階下できょろきょろ散策していれば、料理長に会えたので安堵する。すぐに料理の用意に取り掛かるつもりだったようだが、ここで問題があった。

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