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61 ローディア

「おお! 魔法の本がある!」

 若い女性の声が耳に入り、ローディアは顔を上げた。

 誰かと話しているのか、しかし一人の声しか聞こえない。移動しながら話しているのか、声がこちらに近づいてきた。


「勇者、勇者」

 呟きは潜めることなく届き、女性がなにを探しているのか容易に想像できた。


 異世界人の話は、多くが禁句だ。禁止されているわけではないが、嫌悪される者たちの総称のようなもので、それを口にするだけで白い目で見られる。殊にこの領地では、勇者のせいで生活が苦しいと言われるほどだ。表立って勇者と口にする者は少ない。勇者に嫌悪がなくても、はばかれる単語だ。


 独り言を話しているのは、レナという少女だ。

 インテラル領には都への転移装置が設置されていない。そのため、他領からガロガに乗り移動しなければならなかった。不便な土地。果ての領地。取り残された、勇者の朽ちた場所。

 勇者のおかげ魔物の生息地は減ったと聞いていたが、念の為確認して人里に近い森に入ったところ、少女が一人、たたずんでいた。


 森の中で一人、子供がなにをしているのかと思えば、頭の上にリリックを乗せている。道を聞くふりをして、話しかけた。村の子供がどうやってリリックを手にできるのか、疑問だったからだ。見た限り、作り主は違う。

 不可思議な子供。魔力は感じず、平凡な村人で、しかし村人とはなにかが違う雰囲気を持っていた。

 城にいれば、再び出会った。領主のオクタヴィアンと親しく、気兼ねしない会話を行う。彼女が何者なのか聞けば、ただの村人だと返ってくる。そのくせ、狩りに出かければ、リリックを頭に乗せたまま、当たり前についてくる。謎の存在。


 その謎の村人が、領主の書庫をうろついている。


「わー。貴族っぽ。えー、めっちゃおもしろそ。算術、幾何学。天文学とかないのかなー。宗教になっちゃうのかな」

 声をかければ、びくりと肩を揺らし、驚きをあらわにした。


 平民に畏怖されることは多いが、警戒心を持たれたのは初めてだ。

 レナはその警戒をすぐに隠そうとした。話をすればそれを忘れたかのように異世界人について耳を傾けたが、しばらくすればまた警戒してくる。

 警戒しつつ、渡した本に目を通す。難なく読めるのだろう。時折首を傾げて、ページをめくる。


「他に気になることはありますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。理解できました」

 そう言って、そそくさとその場を去っていった。

 逃げるようにという言葉が似合う、去り方だった。


「あの平民について調べてください」

 控えていた神官見習いに命令し、閉じられた本を開いた。

 レナに渡した本は歴史書で、学院に通う学生が読むような本だ。


 文字を読めない村人は多い。貴族相手の商人ならまだしも、村に住むような者は、文字が読めてもそこまでではない。普段購入する品の名前か値段くらいしか見ないからだ。本は高価で、町で売っていても、村人が買える値段ではない。歴史書などの長い文章を読めるのは稀だ。

 それなのに、あんな少女が、本を難なく読める。


「オクタヴィアン様が領主になるために、協力したようです。半ば強制的だったようですが」

 神官見習いが報告する。

 わかったのは他国から来て、親族を頼り村に住んでいること。神官たちの事件に関わり、オクタヴィアンから信頼を得た者ということだけ。


「神殿内の事件に協力し、その褒美として認可局への登録代金をオクタヴィアン様が負担しています」

 認可された製品の資料を渡されて、軽く目を通す。

 物作りの聖女には及ばない、誰でも作れる物だ。魔法も使わず簡単に行える。村人が考えたと言われて納得する物ばかり。


 気のせいか。

 異世界人だとは思わないが、どこか浮世離れしている。それが気になった。


 村人でありながら、書庫の本を読みたがる。学びを好む村人もいるかもしれないが、書庫を使い慣れているように見えた。本を自ら読みにくるような身分だったのは間違いない。

 他国からの密偵という考えもよぎったが、ここまで間抜けな密偵はいないだろう。目立ちすぎる行動だ。


 どうしても妙な違和感を感じた。この勘は違えたことがない。

 様子を見るか。いや、早めに白黒つけたい。自分がここに訪れた理由は、異世界人を見つけるためではないのだから。

 そうして、訪れたレナの家。


「防御壁? 強力な加護だな」

 家全体が薄い膜に覆われている。施されている加護は、その辺の神官でも作れない高等な物だ。

 誰がこの加護を作ったのか。思い当たる者は一人しかいない。


「フェルナン・アシャールか」


 総神官のジャーネルが捕えられた。若い女性を拉致し、神殿に閉じ込めていたからだ。それだけでなく、オクタヴィアンの父親である元領主に、薬を与えていた。

 関わっていた者は多く、フェルナンたち騎士が逃げた者たちを捕らえ、今は牢に閉じ込められている。捕らえられたジャーネルに話を聞けば、神殿に女性たちが捕らえられていたことについては口を閉じ、薬については陰謀だ、誤解だ、フェルナンのでっちあげだと訴えるばかり。


 長年元領主に与えられていたのは、精神系を狂わせる毒。その治療を行っているのが、フェルナンだ。

 長い間薬を与えられていたとして、治療にどれくらいかかるのか。それでも状態を診るに、フェルナンの癒しの力はかなりの効果が得られていた。


 あれだけの能力を持つ神官はそういない。

 それなのに、神殿に所属していない。神官の資格を持っているだけ。総神官の所業に気づいたのも、フェルナンが最初だった。


 アシャール家の私生児。九年通い受ける神官の試験に一発合格し、その存在をあらわにした。本来ならば試験合格後、神官見習いになるが、かつてない成績を収めたため見習いは免除されている。都で神官として働くのかと思えば、この領地に戻り、神官の仕事を全く行わずに討伐隊騎士になった。

 なんのために神官の資格を得たのか、私生児であるため、都で働くのを避けただけと言われたが、この土地でも神官の仕事をしていないことから、私生児ならではの理由で得たのだろうと結論付けられた。


 とはいえ、宝の持ち腐れだと噂された。オクタヴィアンがフェルナンを都に奪われるのを阻止しているのだろうか?

 オクタヴィアンはフェルナンを信用している。オクタヴィアンが懇意にしているのだから、あの男がレナと関わってもおかしくない。狩りでも親しそうにしていた。崖下に放り出されたレナを、顧みもせず助けるために飛び降りたのだから。リリックを与えたのもあの男だろう。


 そのフェルナン・アシャールの加護。

 家に侵入するのは容易いが、この加護を壊せばフェルナン・アシャールは気づくだろう。特別な加護だ。その辺で行う防御魔法とは違う。なにかがあれば気づけるように、魔法が何重にもかけられている。

 やけにレナを構っているようだが、なにか関わりがあるのか、疑問に思う。


 そのレナは、魔法は使えないと弓を引いていた。つがえていた矢は子供騙しのような貧相なものだったが、侵入者を射抜くくらいの気概を持っていた。

 度胸のある少女。神官を射抜こうとして、しかしこちらを確認すれば、平謝りすることなく、警戒した。


 なぜここまで警戒するのか。加護を壊して侵入されたら当然と思うが、畏怖よりも警戒心の方が強い。

 貴族であり、神官である自分を目の前にして、恐れがない。神官が家に入り込んでいれば、平民であれば畏怖する。他国の平民だからか? 自分の身分を知っていれば、貴族でも畏怖を持つ。それなのに。


「最初の聖女って、いつぐらいの話なんですか?」

「千年ほど前になりますね」


 レナは警戒しながらも、渡した本の内容を確認して顔を上げた。知識の前では警戒も緩むのか、こちらの話を真剣に聞く。

 文字をしっかり追って、疑問を口にした。何度も往復することはない。一度目を通し、当たり前のように読み解いた。しかも、時間もかけずに、軽く目を通しただけで、古文書、特に難しいとされている神聖文字を読んだのだ。


 この文章を簡単に読める平民。今では使われていない古語の神聖文字を、気にもせず読む力。貴族でも流暢に読むことはできない。よほどの教育を受け、神官を目指し、特別な学びを得た貴族ならまだしも、平民が読める内容ではない。


 何者だ。

 その辺の神官より学びがある。神官でも神聖文字を読めない者がいるにも関わらず。


「よく読めましたね」

「え?」

「どこで古代語を習われたのですか?」

 レナは一瞬閉口した。しかしすぐに言い訳を述べる。

「父が、商人だったので、そんな本を学んだことがあるんです」


 商人が神聖文字を娘に学ばせる。その可能性がないわけではない。例外として、神殿に関わるような商人であれば、神聖文字を学ぶことがあるからだ。それでも、王宮に関わるような商人に限るだろう。

 胡散臭さは拭えない。


 レナは警戒したまま。これ以上話しても警戒心を強めるだけだろう。壊した鍵や扉を直し、その隙間からレナの表情を読み取ろうとした。魔法が使われて唖然とする顔。こんなこともできるのかという、驚きの表情。間抜けな顔をしていた。


 魔法を知らないくせに、神聖文字が読める、その妙な釣り合いのなさ。

「異世界人か?」

 それとも、別の要因を持ったいわく付きの人物か?


 どちらとも現実的には思えないが、拭いきれない違和感だけが心の隅に残った。

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