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60−3 本

「そんな簡単にいくんでしょうか」

「一定の効果はあるでしょう。要は不満を発散させたいだけですから。その結果、人心を掌握できるかもしれません。この不幸は異世界人のせいだと錯覚させるだけで、指導者は不満の矛先から逃れられるのです」

「この国もですか?」


 そんなことを言われたら、疑問に思ってしまう。使徒は四人を異世界人と言ったのだから、間違いはないだろうが。

 そうであろう、ローディアは否定した。


「我が国の異世界人は本物ですよ。初代ヴェーラーが予言した、癒しの力を持つ聖女。二代目の物を作る聖女。超人の勇者。最後が魅了の力を持つ聖女です」

「最後だけ、救済には思えないですけれど」


 別に救済でなくていいのか。異世界人が特別な力を持っているのではなく、彼らにとって普通で、こちらに来たらそうではなかったという話なのだから。

 他国とは違う。有事でもなんでもないのに現れる、異世界人。そもそも使徒のミスで現れるのだから、救済もなにもない。彼らを都合よく解釈するのはこの世界の人々だ。


「私はお会いしたことはありませんが、魅了の聖女が現れた時、王はその場にいらっしゃったそうです。光に包まれ、突如現れた美しい女性。当時の王を魅了し、王太子は彼女の虜になりました。現王も女神が現れたと思ったほどだったと」

「現王?」


 そういえば、今は誰が王様なのだろう。聖女の虜になった王の息子が王を殺し、自ら王になり、聖女を妻に迎えた。その後の王。


「聖女が現れた頃の王に息子が二人。一人が王を殺し聖女を妃にしました。もう一人の息子、弟の方が現王です」

「聖女って、亡くなったんですよね」

「処刑されました」


 人々を魅了し、金にまみれた聖女だ。国を混乱に陥れたのだから、処刑されても仕方がない。

 とはいえ、


「最後の聖女は魅了の力で国を傾けたけど、他の人は悪に思えなかったんですが」

「世論ですよ。勇者のお話もしましたが」

「じゃあ、他の人も本当は悪じゃない可能性も? 最後の聖女も?」

「善か悪かは、歴史が決めることですから」


 ローディアは微笑む。勝てば官軍、負ければ賊軍か。当時の世論より未来の世論。

 その時代によって解釈が違うのかもしれない。嫌な話だ。その時生きていた異世界人は、その時にしか生きていないのに。


「どうしてこの本を私に? 代々のヴェーラーの歴史ですよね。そのヴェーラーの時代に現れた、異世界人の話も込みで」

 異世界人に興味を持っているからと言って、わざわざ持ってきた? 鍵を壊して侵入して?

 そんなわけがないだろう。なんのためにここに来たのか。

 本はヴェーラーの歴史が記されているが、ローディアは異世界人の話をする。

 嫌な予感しかしない。親切でこの本を持ってきた? そんなわけがあるか。


「あなたは平民ですよね」

「そうですね」

「この本は、とても古い本なんです」

「そうなんですか?」


 本自体は古そうに見えないが。表紙の革は真新しく、カビ臭くない。柔らかさはなく、新品の革のようで色褪せていない。


「複写されたものですから。内容はとても古いんです」

 印刷技術がないため複写か。新品だが、書かれている翻訳は古臭い言い回しなので、内容は古いのだ。

 けれど、その内容の古さがどうしたというのだろう。

 疑問に思っていると、ローディアは微笑みを一層深くした。


「よく読めましたね」

「え?」

「どこで古代語を習われたのですか?」


 古代語!? やられた。だから訳し方がおかしいのか。

 古文みたいな訳され方。翻訳の仕方に違いがあるのはそのせいか。


 ローディアはじっと玲那を見つめる。鋭く睨むような顔はしていないが、心の中をのぞくような目をしていた。


「ちゃんとは読めないですよ。すごく読みにくいですから。少し触れることがあっただけです」

 言い訳など思いつかない。こちらの事情も知らないのに、下手な話はできない。読めてしまったことはバレている。どうごまかすか、考えてもわからない。


「それでも、この言語を学ぶのは貴族ばかりです。特にこれは神聖文字ですから、神官以上の貴族が読めるか読めないか、それくらいのものですよ」

「そうなんですか? 父が、商人だったので、そんな本を学んだことがあるんです」


 家のことは使徒の強制力がある。どうにかこれで混乱してくれないだろうか。神頼みだ。

 玲那はできるだけ不自然に見えないように演技をした。つもりだ。ローディアが騙されてくれるかはわからない。


「商人、ですか。お父上はどちらに?」

「もういないので」

「ご家族は?」

「誰もいません」

「それで、こちらの国に?」

「祖母を頼ってきたら、祖母も亡くなっていたので」


 ごめんなさい。ここに住んでいたおばあさん。

 亡くなった方を利用するなんて、なんて思っていながらこの家に住む時点で死者を冒涜しているのに、さらに孫のふりをする。申し訳ない。たたらないでほしい。こちらも死活問題。


「そうでしたか」

 ローディアは納得したのか、それ以上問いはしなかった。使徒の強制力がかかったのか、それとも、疑いながら質問をやめたのか。どちらかわからない。微笑むしかしないのだから、この笑みの中でなにを考えているかなど、玲那には推測できなかった。


「そろそろ、おいとまします」

 やっと帰ってくれる。安堵して立ち上がると、ローディアは本を玲那の方へ押した。

「そちらはさしあげます。お邪魔しました」


 そう言って、玄関を通ると、すっと手を上げた。ローディアが壊した扉と、鍵、割れた板が光に包まれて、修復されると、扉が閉まり、鍵がなされ、板がはめられていく。

 壊れていたものが、すべて元通りになった。魔法だ。

 ローディアの姿はもう見えない。魔法を使っている途中、扉の隙間からローディアの口元が不遜に上がっていた。


 玲那は力尽きたように、がくりと床に手をついてうなだれた。

 間違いなく、目を付けられた。

 あれは、異世界人と疑っているのか?


「でも、証拠なんてないし」

 古語か。古い言葉でも訳されるとは思っていなかった。もしかして他言語も訳されるのかもしれない。

「使徒さんに、こっちの文字の本もらわないと。文字の種類が違うなんてわかんないよ」

 呟いた瞬間、ドン、と窓が叩かれた。今度はなんだ!?


「レナ!? 大丈夫か!?」

「フェルナンさん??」

 届いた大声は、フェルナンのものだ。急いでキッチンへ向かうと、焦燥したフェルナンが裏口から入り込んできた。


「どうしたんですか!?」

「どうしたは、こちらだ。結界が壊れただろう!?」

 結界。家の加護が壊れたら、気づくのか。それでここまで来たのか?

 どこにいたのだろう。汗をかいている。どこからやって来たのだ。


「なにがあった」

 確信している声に、急に安堵感を感じた。守られている。家だけでなく、自分も。

 涙が流れそうになった。助けてくれる人がいると思うと、隠していた弱い心に気付かされる。


「ローディアさんが、来たんです」

「なんだと?」

「家壊して、家の中にいました。目を付けられたみたいで」


 なににとは言えないが。

 それを言えないのが、心苦しい。騙しているのはフェルナンもだ。こちらの人々、全員を、玲那は騙している。そう思うと、心が痛みを覚えた。


「だ、大丈夫です。びっくりしただけで。壊された扉も直して帰っていきました。あ、お茶、お茶出しますね」

 フェルナンは眉をひそめたまま、壊れて直された扉を見つめた。それから、本を見つける。

 それを、見られたくないと、一瞬考えてしまった。

 異世界人だと、知られたくない。そんな思いが心の中に滲んだ。

 異世界人だと、非難されたくない。そんなことで、嫌われたくない。


「レナ?」

「お湯、わかそ!」


 逃げるようにキッチンに入って、外に出る。井戸水を汲みながら、何度か大きく息をした。

 異世界人が何もしていなかったとしても、ここにいる人たちは異世界人を嫌っている。

 騙しているとわかっていても、それを口にしたくない。


 ただ異世界人だというだけで。


 ぶるりと震えた。寒さのせいだけじゃない。

 そんな立場というだけで、嫌悪される。その意味に、今更恐怖した。

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