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60−2 本

「加護があったので、それを壊しましたら、思った以上に壊れてしまったんです」

 なんの言い訳。それに加護とは? なんの話をしているのかと思ったが、祈祷師に祈りを願ったのでしょう? と言われて察した。フェルナンがかけてくれた魔法のことだ。雷などで家が壊れたりしないという、あれだ。


「祈祷師の加護には家を守る力があります。かなり強い力だったので、こちらも力を入れてしまいました」

 それは笑う話か? ローディアが微笑むので、脱力する。

「どなたに加護をいただいたのですか? かなりの力の持ち主のようですが」

「フェルナンさんです」

「フェルナン・アシャールですか。狩りの時に思いましたが、親しいようですね」


 言わない方がよかったか。ローディアが一瞬目をそばめた。神官なのだから、フェルナンのことは知っているはずだ。しかし、神官でありながら神官の仕事をしていないフェルナンに当たりが強いこともある。


「一人で住んでいるので、気にしてもらってるんです。ところで、どんなご用ですか?」

 フェルナンの話は広げないようにして、もう一度用件を聞いた。相手は貴族。お茶でも出した方がいいのかもしれないが、高級なお茶っぱなんてないし、お湯を沸かしている時間を作りたくない。

 椅子に座るくらいは促して、ローディアが座ってから自分も座る。ここで礼儀云々言われるとは思わないが、最低限の礼儀はわきまえていた方がいいだろう。その礼儀も玲那の常識とは違うかもしれないのが怖いが、今更言ってもだ。


 ローディアは相変わらずの不遜な笑顔を見せた。この嘘くさいニコニコ笑顔が怖い。一体全体どうしてここに来たのだろう。どこでこの家を知ったやらだ。


「面白いものが多いですね」

 ご用はどうした。ローディアが部屋を見回す。掃除はしてあるが物の多い部屋だ。織り機や手織り機、紙を作るためのハンドチョッパーや作業途中の編み物などが置いてある。草木などは倉庫に置いてあるが、物は多い。変な物は置いてないよな。と不安になりながら、ローディアの視線の先を追った。一周回って、玲那をじっと見つめる。こちらを見つめるのもやめてほしい。と言うより、さっさと帰ってほしい。

 自分の家なのに、居心地の悪さを感じる。


「こちらにはお一人でお住まいですか?」

「そうですけど」

「元は他国の方だそうですね」

「ええ、まあ」


 そのあたりは使徒の呪い、もとい暗示が効くので、変なことを問われても修正されるだろう。それだけは安心だ。力の強い神官には効かないとかないよね?

 ローディアはふっと微笑んで、どこからか大きな本を出した。物を移動させるテレポート的な魔法だろう。突如現れて、どさりと机の上に置かれる。


「こちらの本をお持ちしました。よかったら読みませんか?」

 なんの本か言わず、玲那の前に押し出す。断る理由もないが、これが用なのかと思うと警戒心が増した。

「失礼します」

 おそるおそる触れて、厚めの表紙を開く。普通のハードブックのように目次はない。最初から文が始まって、玲那は文字を追った。ヴェーラーの本のようだ。


 しかし、読みにくい。ルビが古くさい訳になっている。堅苦しくて、なじみのない日本語だ。いとおかしとは書いていないが、言い回しが古い。古典などを読んでいるような気分になってくる。難しい本なのだろうか。


「どうして、私にこれを?」

「異世界人に興味があられたようなので」


 それは間違いではないが、そんなことのためにわざわざこの家に来て、鍵まで壊して入り込んだのか?

 他に目的がないとは思えない。なにか企みがあるのか、それとも異世界人ではないかと疑われているのか。どちらもあり得て、緊張で身体に力が入る。

 怖すぎるのだが。


「この国で、どんな異世界人が現れたのか、ご存知ですか? ほら、ここに」

 ローディアはページをめくった。一文を指差して、ここから読めと促してくる。


 目的がわからない。疑り深くローディアを確認してから、玲那はその文を読み始めた。

 この国の最初の聖女の出現。ヴェーラーが預言者となったきっかけについて書かれている。ヴェーラーが、王に語る一説だ。


『この女性は、この国を救う力を持っている』


 初代聖女は、ヴェーラーがいた頃と同じ時期に現れた。時代とすればかなり昔の話なのだろう。始まりの神たちの話のように、物語調に書かれている。


「最初の聖女って、いつぐらいの話なんですか?」

「千年ほど前になりますね」

「あれ? 二番目が物作りの聖女ですよね。五十年以上前でしたっけ?」

「行方不明になったのが、五十四年前。聖女が現れたのは八十四年前です」

「最初の聖女から次に来た聖女まで、長い間聖女は現れなかったんですね」


 初代ヴェーラーがいた頃に現れた聖女だ。相当昔なわけだが、それに比べると二代目はずい分直近だ。初代から二代目聖女までの間が長く離れている。


「二代目聖女から現代に至って、異世界人が多く現れすぎなのですよ。八十四年間で三人です」

「そっか。直近で三人か。その前は全然現れてないんですね」

 聖女二人、勇者一人。計三人の異世界人が、この八十四年で現れている。その三人が連続で問題になっているのだから、イメージが悪くなるわけだ。


「他の国では現れていますがね」

「そうなんですか?」

「自国に現れていないのですか?」

「さ、さあ。どうでしょ。私、病がちだったので、世間の話を知らなくて」


 異世界人はこの国の話だけではなかった。あはは、と空笑いをするが、ローディアは目を眇めてきた。誤魔化せていなすぎる。


「他国の異世界人出現の話は入ってきますが、本当かはわかりませんね」

 ローディアの微笑みに寒気しかしない。しかし、本当かはわからないというのはどういうことだろう。眉を傾げると、国が傾きそうな頃に出やすいので、と口にした。なおさら意味がわからない。


「他国では国の有事に現れることが多いんです。どうしてだと思いますか?」

 使徒のミスが偶然重なっただけだと思うが。それは言わず、それっぽい答えを探す。

「救済の役目を持ってるからじゃないんですか? すごい力を持つ人たちばかりだから」

「いいえ、国民を欺くためです」

「欺くため? それは、本物じゃない、ってことですか?」


 ローディアは正しい答えだと、不遜に笑った。玲那に対してではなく、他国のそれについて馬鹿にした顔だ。異世界人が現れたと発表する他国のやり方を、ローディアは馬鹿にしているのだ。


 どうして異世界人が現れたと偽るのだろう。

 異世界人が現れたと偽る理由? しかも有事に限りだ。


 戦争などの危機に面した時に、力のある異世界人が現れたと言えば、国民は歓喜するだろう。この国は救われる。戦争に勝てる。けれどそれは偽物だ。なんの力もない。そうしたら、国民は気落ちする。期待とは違い、使えない異世界人が現れただけ。

 国がそれを行う理由。なんとなく想像できて、嫌悪が顔に出た。ローディアがクスリと笑う。


「あなたの考えた通り、国民の不満を発散させるために名乗らせるのです」

 異世界人はこの世界の者とは違うが、多種多様。ひとえにどんな力が期待できるとは言えない存在。とはいえ、そんな存在でも特異な力を持った者ばかり。それが有事に現れたと発表される。


 国民は期待するだろう。やっと救済される。そう思い期待したら、それほどではなかった。その時、国民はどんな行動をするだろう。期待した分、落胆は大きい。そうなれば、


「憎む相手として断罪されて、国民は溜飲が下がるんです」

「それって……」


 ガス抜きのための、人身御供だ。国の中枢への不満の矛先を、その偽の異世界人に向けさせる。

 異世界人という目立った存在を使い、矢面に立たせる。それが本物であろうが偽物であろうが、関係はない。力のない救世主を不満の捌け口にして、国民の憤りを異世界人に向けさせることで、国の体制を整えるのだ。

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