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59−2 お風呂

「よし、ゆっくり運べ」

 屈強な男性たちが釜を基礎に設置する。鋳物の釜だ。相談した結果、金属だけで作った方が良いということになった。せっかく作るのだから、壊れにくいものにしようということだ。土で固めた石造りでは、劣化が早いとのことである。金属との継ぎ目などに穴が開きやすいらしい。


 釜が設置され、その周囲を煙が通れるようにレンガを積む。熱が満遍なく伝わるのだ。本物の五右衛門風呂がどうなっているのか知らないが、煙も熱を持つので、それを使わない手はないということである。

 煙が通ってこもって、焚き口から煙が来ないように煙突は逆側に設置された。トイレ側である。煙突を作るにもレンガが積まれ、高くそびえ立った。


 作るのを見ていたいが、まごまごしているとすぐにお昼になってしまう。ここはお願いしてキッチンに向かった。軽い食事は出すと伝えてあるので、なにかあったらすぐに声をかけてくれるそうだ。


「さて、やるぞー。お肉、お肉」

 朝のうちにフォカッチャの生地、茹で卵は作り終えている。皆が来るまでフォカッチャを焼いていた。朝からおいしそうな匂いが充満して、お腹が減ってきそうだ。急いで食事の用意をしていたため、肉やじゃがいももどきのつまみ食いしかしていない。じゃがいももどきはすでにマッシュにしてある。パンを焼きながらマヨネーズと塩胡椒を混ぜて味を整えた。


 大量のパンを焼き終えたら、次は肉だ。昨日狩ったリトリトの肉に下味をつけ、衣を作って油で焼く。油は木の実を絞ったものだ。油作りにはものすごい時間がかかった。


 木の実を布で巻いて棒で叩きつけて砕き、それから絞るのだが、絞るのに時間を要した。万力があればいいのだが、そんな物は持っていないので、布に棒を絡めて絞る。ある程度絞ったら、平たい板二枚に穴をあけ、布を通し、片方を固定して、棒で布を捻って万力の代わりとして搾り上げた。それでも残っている油があるため、最後はすりこぎで細かくして油を出した。


 これを何度も繰り返し、できたものはやっと五十mlくらい。油は貴重だ。薄い油で揚げ物をする。残った油も後で何度かこして、再利用するつもりだ。

 今後のために、油を作るための実や種は確保しておきたいところだ。まだ一年経っていないが、来年のことを考えて、早めに行動する必要がある。


「そろそろ、お昼どうですかー」

「おお、いい匂いがする。レナさんのご厚意だ。みんな、休憩しよう」


 残念ながら人数分の椅子はないので、箱に座ってもらったり、立ったりしてもらったままでの食事だ。男性陣は気にしないと、床に座ったりもした。スープも作りたかったのだが、この家に人数分の食器がない。スプーンなどもないため、断念した。フェルナンとオレードの食事のために、食器はせっせと手作りしていたのだが、さすがに大人数分はないのだ。飲み物は各々なぜかコップを持ち歩かれていたので、問題なかった。職人はコップを持ち運ぶのが普通らしい。この時期は雪を入れておけばそのまま飲めるからだそうだ。

 さすがにそれは寒いので、ハーブティーを出した。


「うわ、うまっ! なんです。これ!」

「ほんとだ、すげえうまいですよ! パンもさっくりしてるし、肉も、食ったことのない味がする。でもうまい!」

「それはよかった。たくさん食べてください。お皿ごとに種類違うので、食べられなかったら無理しないでくださいね」

「いや、おいしいですよ! 他国の料理ですか? 食べたことのない味ですが、これは、ボードか?」


 ボードはじゃがいももどきだ。ポテサラパニーニである。ポテサラという名の、ボードと卵のマヨネーズあえだ。それだけでは味がさっぱりしすぎるかと思い、表面を軽くバターを焦がして焼いた。歯触りがよく香りがあって、お気に入りである。


「これ、なんですか? 表面はパリッとしていて、けど中がむにむにしていて。不思議な食感なんすけど、でもうまい」

「ボードと小麦、えっと、イーオを混ぜた物です」

「イーオにボードを混ぜる??」


 イーオは小麦のことで、マッシュしたじゃがいももどきに小麦粉と水を混ぜて、バターで焼いただけのものだ。腹持ちがいいので焼いてみたのだが、初めての食感らしく、若い職人さんが不思議そうな顔をして食べている。

 大根でもじゃがいもでも、小麦粉や片栗粉などと水を混ぜて焼けば、なんでもおいしいのだが、こちらではそういった料理はないらしい。

 気になったか、他の人たちも食べて、その食感を確かめていた。人によってはあまり好まないのかもしれない。微妙な顔をしている人もいた。スープに入れるくらいの方がいいのかもしれない。


 フォカッチャとパニーニは口に合ったようだ。パンだけでもおいしと褒めてくれたのでとてもうれしい。マヨネーズが食べられない人もいるかと思ったが、お酢を少なめにしたので、そこまで気にならないようだ。料理長の料理を食べて、こちらの料理の味が濃いめなのもわかっているので、味付けは濃くしてある。それが良かったのだろう。


「あの風呂の提案も素晴らしいですよ。うまくいけば、中流の家でも作れますからね。釜の値段がそれなりなので、村人たちには高価になりますが」

 金額の話をされると、耳を塞ぎたくなる。たしかに釜の値段はそれなりに高かった。鍋よりも大きく、厚めの釜だ。そして特注。ものすごく高価、ではないにしても、そこそこの金額だ。場所があれば作れるという代物ではないかもしれない。


 食事を終えて、再びお風呂の設置が始まる。釜が置かれて、それを固定した。入った時に後ろ側にお湯がこぼれないように、釜より少し高めのレンガを組んでくれた。最後に煙突用のレンガに繋げて釜をすべて埋める。お風呂にしては高い場所になるので、階段が必要だ。そのレンガも組んで固めてくれる。


 当初、お風呂を囲うための板と屋根は自分で作るつもりだったが、おまけでやってもらえることになった。なんともありがたい。

 いつの間にかオーダーメイドばかり頼む、良質客になっているらしい。


「これが、底の板で、こっちが蓋になりますよ」

「取っ手もつけてくれたんですね」

「これくらいなら容易いですよ」

 蓋は板を何枚か釜に合わせたものでいいと思っていたのだが、取っ手のついた二枚の蓋になっている。底は一枚の板は入る時に底にする。窯を熱すると底が熱くなるため踏みつけて入るのだ。


「焚き口はここで、薪を入れたら蓋ができるようになっています。炎を調節するのに片方閉めるなどしてください」

 薪を入れる焚き口は、観音扉になっていた。しかもその扉がじゃばらのように折れるので、空気の調節が可能だった。プロはたくさん考えてくれている。


「さて、一度水を入れて少し沸かしてみましょうか」

 クオールの一声に、職人たちが井戸から水を運んだ。水は半分ほど入れて、薪を入れて燃やす。少しすると、煙突から煙が出てきた。

 薪で水をお湯にするまで、どれくらい時間がかかるのだろう。沸騰させるわけではないので、お湯加減が難しそうだ。ピッ、でお風呂ができましたー。とはならないのだから、季節によって薪の量などで沸き加減を覚えておく必要がある。追い焚きもできるが、入りながら自分で追い焚きすると、風邪を引きそうだ。


 職人たちが周囲を見ながらお湯が沸くのを確認する。水漏れはないか、熱伝導率は問題ないか、鋭い目で隅々までチェックする。

「ふむ、問題なさそうだな。しっかり水を入れて沸かそう」

 一度沸かしてみて、どれくらいで冷えるのか、それも確認する。


 待っている間に、職人たちがお風呂の囲いを作るための準備をする。浴室の床はコンクリートのように、レンガを組んで土で固めてある。排水用の細い道も作ってもらった。浴室の外に流れるように囲いに隙間も作ってもらう。土に侵食して基礎が弛まないように、あとで下水路を作るつもりだ。これは自分で行う。

 石鹸の実を使うからね。排水はしっかり行いたい。


 囲いのレンガは腰高ほど。それから上は木材で作る。上部にある小さい窓は木枠の窓で、上部に押し上げて開けられるように設計した。あまり大きなものだと寒いので、長方形の小さなものだが、長めに作ってもらった。かびないように空気が通るための窓は必須だ。


 職人たちが作っている様を見ながら、よくこれを自分で作ろうと思ったな。などとしみじみ思ってしまった。自分で行なっていたら一日では終わらない。玲那の腕では隙間もできて、浴室の熱がこもらなかったかもしれない。

 ヒートショックは怖い。ここで心臓止まったら、湯船でふやけてしまう。裸で水脹れて発見されたくない。

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