58−2 勇者
宗教系の物語の本しかないのか? 参考書などは見当たらない。数学とか習わないのだろうか。
「あ、数学はあるわ。さすがに。さすがにね」
文字だらけの中に、数箇所図形が描かれている本を見つけた。物理の参考書のようだ。
「こっちは、建築学? 神殿とかの作り方。魔法陣? まさか建物魔法で作るの?」
カバンを魔法で作るのだから、あり得る。これは面白そうだ。数学と魔法の式らしきものが同列で書かれている。図形と魔法陣が一緒に載っていた。
「建物の構造計算、どうしてるんだろ。耐震とかあるのかな? お、日射量について! 斜光時間は載ってないのかな。時間の測り方教えてほしい。時計台とかないの? 時計見たことないもんね。鐘の音だけ」
参考書のゾーンなのか、他にも教育学。教養。弁論術などがある。
「わー。貴族っぽ。えー、めっちゃおもしろそ。算術、幾何学。天文学とかないのかなー。宗教になっちゃうのかな。音楽。舞踏。武闘。武闘? 剣術か。魔法学とかないのかな。閲覧禁止? 建築学はいいのか? 詩学。弁証術。なにそれ。証明ってこと? 言論系も多いな。どう言い負かすか術でしょ。プレゼン力とか、論破力みたいな感じだよね。現代に通ずるものを感じるわ。演説力みたいな。貴族っぽー。えー、楽しそー。語彙力増し増しじゃん」
て、違う。勇者だって。他にも参考書が並んでいる。しかし、医療系の本が一切ない。
魔法で治療を行うため、本がないのかもしれない。民間医療についての本も見つからない。あって薬学だ。フェルナンも習ったと言っていたので、魔法で治療しつつも薬草などは使うようだった。
それにしても、勇者の本は、まったく見当たらない。嫌な歴史だからと文字に記すことも禁止されているのだろうか。資料すら残っていないとは。
「異世界人の話もないんだよな。歴史書もないし。学校で歴史習わないのかな。そんなことある?」
地政学とかもないのだろうか。魔物の分布における、国家間の問題などはないのか? 周囲の国についても知れたらいいのだが。
「こちらどうですか?」
「え? ありがとうござ、」
すっと目の前に厚手の本が差し出されて、反射的に礼を言おうと顔を上げれば、そこにいた人物に玲那はびくりと肩を上げた。
不遜な神官、ローディア・ヴェランデルだ。
「……ありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
にっこり笑顔に背筋が凍りそうになる。
今、散々話していた独り言を、聞かれていた? 一体なにを話していたっけ? 聞かれてはならない独り言を話していただろうか?? ちらりと見やれば、恐怖の笑顔。なにを考えているのかさっぱり読めない。
「どうかされましたか?」
「い、いえ、お借りします。お、重いので、あっちで読みます!」
先ほど本棚と本棚の間に机が設置されていた。そちらに逃げようと、頭を下げならそそくさとその場を去る。
怖過ぎる。いつからいたのだろう。まさか、ずっといたのだろうか。そんな大声で独り言は話していないが、人がおらずしんとした空間なため、筒抜けだったかもしれない。
このまま逃げたいが、本を借りて出て行っていいかわからないので、さっさと確認して部屋を出ることにした。
渡された本は抱えると前がふさがれるほど大きく、辞書のような厚さのあるものだった。背表紙には刺繍がされ、歴史書であることがわかる。
女が作った潤った土地はいつしか枯れて、魔物がばっこする。その魔物を倒せと命じられた男が、女の力を得て、魔物を倒した。その男が王となり、周囲の散らばった集落をまとめて国とした。
最初はそんなことが書いてある。建国についての話だ。簡単だが当時の地図も載っていた。区切りもなにもない、名前だけ書かれた地図だ。
「協力者たちに領地を与えて、領主にした、と。この辺りはもう人の子供なんだな。さっきのは土地ができた話で、こっちは国ができた話? 初代王はこっちなのか」
神の概念はヴェーラーが教えた。だから、建国の王ですら扱いが薄いのかもしれない。魔法の始まりは神話なのに、神という言葉が出てきていない。ヴェーラーを中心として記されている本だ。使徒は他にも神がいると言っていたが、一般的にヴェーラーの一神教なのかもしれない。
「そういえば、ここってなんて名前の領地なんだろ」
「インテラル。この辺りですよ。都はここ」
後ろから指さされて、再び驚かされる。気配なく背後に立たないでほしい。ローディアがさらりと髪の毛を揺らし、麗しく微笑を向けてくる。その煌びやかな微笑みをやめてほしい。なぜか寒気がする。そんなことも知らないのか? と無言で問われている気がした。
「あ、りがとうございます」
もう部屋出てこうかな。これ以上調べるのは危険な気がする。ささっとページをめくり、逃げようと算段していると、なぜか隣に座ってきた。やめてくれ。
「森でお会いしましたね。レナと言いましたか。なにを調べているのですか?」
独り言を聞かれているのだから、嘘を言っても無理がある。仕方なく、勇者について調べていることを伝えると、どうしてなのか問われた。この土地で勇者を調べたいという考えは持たないとでも言わんばかりだ。
「自分が聞いた話が人によって矛盾していたので、実際はどうなのかなと、興味があったので」
「どんなことが聞きたいのですか?」
聞こえていただろうに。わざとらしく、こてりと首を傾げてくる。その仕草は洗練されていて、これが本物の貴族かと身震いした。どこか人形めいていたからだ。プログラムされて、その通りに動く、作られた人形。
笑顔なのに感情を感じない。それが見下されているような感じになるのは、作られた笑顔だからだ。
関わりたくないな。しかし、下手なことは言えない。
「勇者がどこに現れて、どうしてこの地に来て殺されることになったのか、その経緯を知りたいなと」
「勇者は、都に突如現れた異世界人です。今から六十年以上前、剣の腕を見込まれて魔物退治に出ました。十五年ほどかけて討伐を行い、その褒美として王から領地を賜りました。このインテラル領ですね。
しかし、この領地も安全ではありませんでした。勇者でも、周辺の魔物退治に四年かかりました。普通であれば、四年で人々が安全に住めるほどの土地にはできません。この土地の人間が長年苦しんでいた魔物を、たった四年で追いやったのです。あり得ないほどの力を持った人ですよ」
ローディアは本当に感心したように口にした。それほどの力を持った者。一度は会ってみたかったと、静かに言って。




