57−6 雪の中
「時間の行き来は、可能という論理はある」
「へー! 過去に戻って、歴史変えられるってことですか?」
「やろうと思えばだろう。それが事実かはともかく、そんな話は、学んだな。できた者がいるとされている。異世界人が現れるのだから、可能とされるんだろう」
「なんでですか?」
「異世界人の行うことに時間の経過が関わるからだ。未来からの来訪者だから、可能ではないかという話だな」
「異世界人を未来人と仮定してるなら有り得るってことかー」
この世界とは別の世界から来た異世界人。超人的な力を持つ勇者や、誰も真似できない物作りを行う聖女。事実として彼女たちが現れたのだから、時間の行き来が可能だと仮定したのだろう。
超越的な魔法能力、物を作る力といえば進化の過程があった結果のようにも見えるが、勇者の超人的な力や、魅了の力を持つ聖女などはどうだろう。
「魔法で魅了の力って、ないんですか?」
軽い気持ちで聞いただけだが、フェルナンの目がさっと揺れた。
まずい話だっただろうか。オクタヴィアンの祖父が聖女に狂った。あの土地も聖女の魅了に囚われ不運が続いた場所。口にすべきではなかったかもしれない。フェルナンは残っていた薪を蹴って、横になった。
「魔法で魅了などない。人の心を操るとしても、人の心を捕らえる魔法はない」
人の心を奪うだけの魔法。聖女だからできたことなのか、だから聖女と言われたのかもしれない。
魅了するだけで、動くのはその魅了された人の意思。貢ぎたいと思う者は貢ぎ、ただ恋心を持つだけの人ならば、想いを持つだけ。人を操るとすれば、命じて操るもの。魅了とは違うのだ。
ならば聖女は、その想いを利用して、貢がせたのだろうか。それも盲目的に。
「もう、寝ろ。朝になって吹雪がやんでいたら、すぐに出発する」
ばさりとマントを被せられて、それ以上質問するのはやめた。もう話は終わったと言われたような気がしたからだ。フェルナンは横を向いてしまって、どんな顔をしているかわからなかった。玲那もそれに習い、借りたマントをかけて寝転がる。カバンを枕にして、もうすでに暗闇に包まれていた空を見上げた。
そうか。ここで一晩か。
まあ、私は気にしませんよ。ええ。気にしません。お互いにね。ふと思っただけです。ええ。
結界の中は仄かに明るい。結界が光っているのだろうか。外に光が漏れているわけではないので、中だけが明るいのだ。外にいる魔物に気づかれないようにするためだろうか。寝ている間も結界があるのだから、結界を続けてはる力を注がなくてよいとしても、強い魔物などが何度も襲撃してきたら結界が弱まるのかもしれない。
魔法。面白いな。原理が知りたい。
この世界の人々は玲那と持つ力が違う。それ以上に勇者や聖女は特別だ。この世界の人々よりも超越した力を持つ者たち。けれど、迫害された。なにがそこまで違ったのだろう。できることとできないことの差を知りたい。
勇者の資料って、お城に残ってないのかな。
戻ったらオクタヴィアンに聞いてみようか。勇者考察の本などはないのだろうか。イメージが悪いから、言わない方がいいだろうか。
そんなことを考えていたら、すぐに眠気がやってきた。
「う~ん」
肩が寒い。ごろんと転がりながら、たぐりよせた毛布を頬に寄せて小さくなると、固くくて温かいものに触れた。
なんだ、これ。ぼんやりと瞼を上げると、なにかが目の前にあった。なんだ、これ。
毛布だと思ったマントと一緒に、なにかを巻き込んで握っている。布が巻かれたそり立ったなにかを、じっと見つめて見上げると、見覚えのある顔が座ったまま遠くを見ていた。
「うん?」
声に気づいて、フェルナンがこちらを向いた。
「うん?」
「起きたなら、食事をしてすぐ出発するぞ」
うん??
巻き込んで握っていた温もりのあるものが、すっと玲那の手から抜けた。フェルナンの、腕だ。
「ひえ! すみません! 寝ぼけてました!」
うら若き乙女。いつの間にか眠って爆睡し、あまつフェルナンの手をがっちり自分の首元に巻き込んでいた。
「ああっ! マントもしわくちゃに!」
「寒かったか?」
「いえ! あったかかったです! 爆睡しました。図太いもので!」
隣にフェルナンが眠ってるとかー。なんて、ちょっぴーり眠る前は考えたのに、一瞬で眠ってしまったようだ。しわになったマントを伸ばして、丁寧に広げて、ささっとゴミを取って折りたたみ、献上するようにお返しする。
「ぷ」
「ぷ?」
お礼を言ってマントを返そうとしたら、フェルナンがいきなり吹き出して横を向いた。笑えることを言っただろうか。
珍しい。フェルナンが顔を背けつつも、屈託なく笑っている。口を開けて笑っているのなんて、初めて見た気がする。すぐに咳払いをしていつもの顔に戻ってしまったが、見たことのない笑い顔をしていた。
そういえば、最近ツンも見ないかもしれない。会って最初の頃は、視線も合わせず無視されていたのに。
少しは、仲良くなれたのだろうか。もともと優しい人なので、余計なことばかりする小娘に気が気ではないのかもしれないが、仲良くなれていたならうれしい。
外は吹雪がやんでいて、雪が昨日よりも積もっていた。結界が消えると途端に寒さが身に染みる。手を伸ばされて、その手を握った。魔物がいるため玲那が離れて襲われないようにするためだ。雪を溶かして歩いて、崖では背中にしがみついておんぶしてもらって上がった。崖を登るのではなく、ぴょんっと跳躍だ。フェルナンだけならばロッククライミングよろしく、ささっと上れるのだが、玲那がいるため落ちないように気をつけてくれながら、それでも普通に上るよりずっと素早く上っていった。
魔物の群れに鉢合わせないように、隠れるように先に進み、捜索しにきてくれていたオクタヴィアンの騎士たちに、やっと出会うことができたのだ。




