55−4 集合
「この箱、磁石でも入ってるんです?」
「じしゃ? なんだって?」
「まっすぐしっかり立ってるから。下部に重りでも入ってる瓶なんですか?」
「そんなもの入ってないぞ。聖女のカバンだ。運んでも中の物がこぼれない」
どういうこと?
料理長は蓋を開けたままにして、瓶が入ったその箱をおもむろにひっくり返した。
瓶が落ちて割れる! そう思ったのに、瓶がピッタリ箱にくっついたみたいに動かない。
どゆこと?
料理長が軽く笑った。単純な装置だが、これが役に立つのだと言って。
卵なども動かないため、そのまま入れても割れることはない。割れ物を入れてどんなに荒く動かしても壊れることはないそうだ。中が冷えたままとか、そういった機能もあり、その入れた物の温度で保存される。そのため、氷を入れれば氷の温度。お湯を入れればその温度に保たれた。
面白いのが、別の温度のものを入れると、量の少ない方の温度になるので要注意だとか。保冷したければ氷の一つでも入れておけば良いということである。
「はー、聖女ー。なんでもありですね。取る時どうするんです?」
「普通に取れる。謎だよな」
料理長が瓶を手にすれば簡単に運べた。隣にある瓶はぴくりともしないのに。聖女の製作物は、ママさんが考えたキッチン用品。みたいな感じだ。
「ほら、手伝ってくれ。今日は人数が多いからな」
「はあい」
料理長に指示されて、玲那は返事をする。玲那以外にも数人いて、料理長を手伝った。
「飯だ。飯。皆、今日は食って、さっさと明日に備えてくれ。酒はあるが深酒するなよ!」
オクタヴィアンの言葉に頷いて、皆が一斉に食べ始める。広い部屋に長机が並び、そこに座る人々は全員で何人くらいだろうか。五十人くらいか。これでも全員ではないらしい。外を見張る者たちもいるそうだ。
この人数の食事を作るのは大変だった。それでも食事の種類は多くない。いくつかの大鍋で煮込んだスープ。焼いた肉とパン。
あとは、
「にがっ。なんだ、これ!」
「不思議な味だな。酒に合いますよ」
オクタヴィアンとルカが同じものを食べて感想を言い合った。
「お子様には無理な味でしたかね」
「おい、聞こえてるぞ!」
料理長に言ったつもりだったが、聞こえてしまったようだ。机、隣でも席は離れているのに。
ここに来るまでに採った木の実。いや、芽だ。
小麦粉と卵。油。こんなところでたくさんの油は使えないので、適度の油で揚げた。お塩をかけて。人数分ないんですけど。と言って出した。
「にげーだろ、これ。お前、渋い食い物つくるな」
「思ったよりおいしいのに。この苦味がくせになりそう」
料理長も酒が欲しくなると頷く。山菜のような苦味がある。ナッツのような風味もあった。
私はこの苦味好きなんだけどなー。薬よりマシじゃない? 山菜は食べ慣れているので、この味は懐かしささえ感じる。山菜などスーパーでもあまり売っていないし、手に入らないのに、なぜか家で食べることがあったのは、母親がそういうのをよく購入していたからだ。山の幸。オーガニック云々が好きな人だったからだろうか。
「私のせいか」
「なんだ? うまいぞ、ちゃんと」
料理長に呟きを拾われて苦笑いをする。オクタヴィアンの言葉に反応したわけではなかったのだが。
「こういうのは、小麦粉と卵でつけて、油で揚げて、塩かければなんでもうまいですよね」
「小麦と卵をつけて、油で揚げることなんてないぞ」
きっぱり言われて口を閉じる。小麦はパンを作るもの。卵もパンに使うかそのまま焼くものだそうだ。天ぷらは油を使いすぎるので、浸した程度で作ったのだが、大量の油を使えば怒られそうだ。浸すくらいでもなにに使うのか驚かれた。
あの油の使用量はこちらでは難しい。贅沢な使い方なのである。
「深酒したくなるなあ」
「これ、うまっ!」
呟くルカの隣で、オクタヴィアンが舌鼓を打った。
食べているのはハンバーガーならぬ、魔物の肉の揚げバーガーだ。甘いお酒と肉汁とベリーのような実で作ったタレがかけてある。それをパンに挟んで出した。油はもちろんフライパンで薄くひいて揚げた。
「うまいぞ、これ!」
「お子様にはハンバーガーか」
「おい、またなんか言ったか!?」
「いえ、なんでも。おいしくてよかったです」
自分もそれを口にするが、甘すぎて微妙だ。ベリーのような実が酸っぱさを出すかと思ったが、さほどではなく、お酒の甘さでただ甘い。辛味が必要だ。
お醤油がないのがなあ。醤油味噌あるだけで全然違うんだけれども。お酢はあるためマヨネーズは作れる。それも混じっているのでまだマシか。オクタヴィアンには口に合ったようだ。
「ふむ。今度城でうまい飯を作る講義をするか」
「それって、私が教えるってことですか?」
「他にいるか? 異国の料理は面白いな」
まあいいけどね。ご飯がうまいのは元気のもとですよ。
今日は最後の晩餐のごとく、料理は豪華な方らしい。明日からこの建物から出発し、魔物の多い場所へ移動する。現地調達した魔物をそこで焼いて食べられればいいのだが、それでは他の魔物が寄ってきてしまうため、非常食の干からびた肉などを食べることになるそうだ。
場合によっては野宿もあり得る。魔物に阻まれてここまで帰ってこられないかもしれないからだ。
自分だけここに残ってはダメだろうか。料理係、ご飯作って待ちたい。




